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無くしたもの
43 変わらない




病院のベットに設置された細長いテーブルの上に愛用のノートを開き、そこに細かく書かれた文字を目で追っていく。

バスケ部員のデータが記されたそれにちょっとしたことを書き足そうとペンに視線を向ければ、利き手が使えないことに気づき大きなため息をひとつ吐き出した。






「困ったなあ」







三角巾で固定されたわたしの右腕はどうやら三週間は使い物にはならないらしい。
学校に行く以上、文字をかけなければマネージャー業務どころか勉強すら出来ない。



…いや、何のために腕が二本あると思ってる。片方を失っても大丈夫なようにだ。
そんな自己論を唱えつつ、シャーペンを左手に握れば違和感しかなかった。
いや、しかし右腕が使えない以上はこれからは君が頼りだ左腕よ。


なんとか握ったシャーペンの芯先をノートに付ければ ボキン、芯はか細い音を立ててどっかに飛んでった。
うん、最初はこんなもんだよ、
これからこれから。







カチカチ、どこかに旅立った芯に別れを惜しみつつ再び芯を出す。
慣れない感覚に握ろうとしたシャーペンは
手を滑り落ち、床に転がっていってしまった。


…これから三週間こうなのか、なんて考えればまたため息が口から漏れる。
そんな自分にうんざりしながらベットを降りてシャーペンを拾い上げようとすれば、先に伸びてきた腕にわたしのペンは拾われた。






「怪我人は大人しく寝てろよ」



伸びてきた色黒の肌に、見上げるように視線を上げれば青色の髪の彼がそこにいた。







「よう」
「……青峰」




いまは部活の時間じゃないのだろうか、意外な訪問者に思わず目を丸めれば「戻れよ」顎を使ってベットを指しつつ、わたしの手にシャーペンを握らせる。
…ただの怪我だし、寝てなくてもいいけど。




ぽかんと口を開いていれば「調子はどーよ」と眉を下げた青峰がわたしの顔を覗き込む。

その表情に思わず「あ、順調です」なんて他人行儀の言葉を返してしまった。
動揺しすぎだろ自分、そう思いつつも大人しくベットに戻れば、彼もベットの端に腰を下ろした。






「部活は?」
「お前な、部活どころじゃねーって」






昨日の黄瀬があんな状態だったから、みんなと会うのになんだか緊張してしまっていたけど。わたしの言葉に呆れた様子を見せる青峰に思わず頬が緩んでしまった。

わたしが何より望んでいる、いつも通りの青峰にとんでもなく強い安心感を抱いた。




…しかし部活どころじゃない、とはどういう事だろうか。
灰崎くんのことがバレたのかな。

わたしに視線を向ける彼に何気なく問いかければ、小さく唸り声をあげながら手に持ってたコンビニの袋に手を突っ込み、何かを取り出しわたしに手渡した。






「…アイスだ」
「ん、食えよ。3日間なんも食ってなかったんだからそろそろやべーだろ」
「さすがだね青峰」
「おう、今度なんか奢れよ」







手のひらにひんやりと冷気を伝えてくるのはアイスだった。青峰の言葉に「甘いものを欲してた」と袋を破りながら呟けば「そーかよ、」と口角を上げて笑ってくれる。






「休みになったろ、部活。黄瀬来ただろ?あんな状態で練習なんかできねーよ」






…たしかに、黄瀬の憔悴しきったあの様子を見れば練習に出させる訳にはいかないか。
あの時泣いていた黄瀬の顔を思い出して、怪我をしたわたしよりも弱ってるんじゃないか、なんて不謹慎にも笑みが漏れる。




さすがの強豪校とだけあって部活が休みなんて今までそうそう無かったのに、私のせいで休みになってしまったのだろうか。


「黄瀬だけ休みにすればよかったんじゃ…?」なんて言えば眉をひそめ「あのなあ」とガシガシ自分の頭を掻いた後、青峰の大きい手のひらがわたしの頭に置かれた。





「お前の心配してんのは黄瀬だけじゃねーだろ」
「そうなの?」
「ぶん殴るぞ」




曖昧な私の言葉に眉をひそめたまま口角を吊り上げた彼が握りこぶしを作る。
いや、もう既に怪我人なんですけど。


思わず頭を守れば青峰は拳を引っ込めた。
勝った、なんてドヤ顔をしてやれば「退院してから殴らせろ」と凄まれた。まじでか。





「テツもさつきも、少ししたらくるだろ」
「なんか緊張するんだけど」
「なんでだよ」
「…変に心配させちゃったし」
「はあ?心配するに決まってんだろ。あ、赤司は監督と話があるから夜にくるってよ」
「ぶふぉっ」
「てめっ!きったねーな!」





冷気を放つアイスを口に含め咀嚼すれば何気なく放たれた青峰の言葉に咳き込んでしまった。黒子やさつきちゃんが来るのは嬉しい。

いや、赤司くんが来ることはもちろん嬉しいしわかってるけど、ちょっと早くないか。
会いたくないわけじゃないけど心の準備が。





肩を落とすわたしを不思議そうに眺め「なんて顔してんだよ」と青峰に頬を抓られる。
ご丁寧に怪我をしてない方の。いたい。


いつものようにその手を叩き落としてやれば安心したかのように笑顔を見せる青峰にわたしもつられて頬を緩めた。
いつもと変わらない雰囲気に胸がじわりと暖かくなるのを感じていれば コンコン、病室の扉が控えめに叩かれた。


「はーい」なんて間抜けに声を出せば開かれる扉。
「失礼します」と丁寧な言葉と共に病室に足を踏み入れる人物は、見慣れた水色の頭と大好きな桃色の頭をした友人の姿だ。




「…柴田さん、目が覚めたんですね」
「ごめんね、来てくれてありがと」



病室に入ってきたのは肩にエナメルバッグをかけた制服姿の黒子とお花を腕に抱えたさつきちゃんだった。
ひゅー美女にお花って絵になるぅ、なんて呑気なことを考えてたらやんわりと微笑んだ黒子の優しい声色に思わず喉が熱くなった。





「さつきちゃんも来てくれてありがと」
「ゆうちゃん……っ…!!よかった…!!」
「あ、もう大丈ぶぇっ」






黒子の隣に立つ彼女にお礼を言おうと口を開けば、眉をひそめ顔を青くしたさつきちゃんが駆け寄ってくる。
心配させまいと大丈夫、なんて言おうとすればそのまま抱きしめられた。きゃあ。


うまく伝えることのできなかったわたしの言葉に「え?なんて言った?」なんて隣で青峰が意地悪く笑う。
腹が立ったから無視して抱きしめてくれているさつきちゃんの背中を抱きしめ返した。




肩を震わせて小さくしゃくりあげる彼女になんて言葉をかけたらいいだろうか。





さつきちゃんの優しさに思わず涙ぐんでしまいそうになったがグッと飲み込んだ。

壁に立ちかけていたパイプ椅子を持ち出すと机の横にそれを広げ、黒子は腰を下ろした。
そんな黒子に「テツもこっち座れば?」なんてベットを叩く青峰。別にいいけども。


さつきちゃんも落ち着いたのか目の下を赤くしながらわたしから離れ、黒子が用意したパイプ椅子に同じように腰かけた。

青峰にやんわりとお断りをいれ、
黒子はわたしを視界にとらえる。






「心配しました、すごく」
「この通り元気、ほらほらみてほら」
「やめてください」




普段のポーカーフェイスと打って変わって、あまりにも心配そうな顔をするから驚きだ。

心配かけまいとにんまりと笑顔を浮かべて左腕を振り回せば素早く制止させられた。
そんなわたしと黒子の様子に、さっきまで泣いていたさつきちゃんも笑みを浮かべる。






「きーちゃんもムッくんも、ずっと抜け殻みたいだったからどうなる事かと思ったよ」
「黄瀬は昨日会ったよ。うん、たしかにすごい心配かけちゃったみたい。紫原は?」
「ムッくんもそのうちくると思う、みんなすごく心配してたから…」






さつきちゃんの話によればみんなはわたしが意識を失っている間もちょくちょく合間を縫って会いに来てくれていたらしい。

気になっていた病室の机に不自然に置いてあったフライパンは緑間が持ってきてくれた恐らくおは朝のラッキーアイテムだろう。

そんでもって巨大なうまか棒の袋は紫原、
ほんとにみんな分かりやすくて助かる。
ちなみに冷凍庫には大量のアイスが入ってた。どうやら青峰が見舞いのたびに買ってきてくれていたらしい、謎だ。

「あ、そういえば」ぽつりと呟いた黒子に視線を向ければエナメルバッグの中から束になった紙を取り出しわたしに手渡す。
めくってみれば中身は以前からやると言っていた合宿の詳細だった。
うわあ、それまでに治ってるかな。
思わず眉を下げれば再び鳴ったノック音に全員が扉に目を向けた。




今日は客人が多いなあ、
頬が緩みそうになるのをこらえた。







あきゅろす。
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