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無くしたもの
41 問題は尽きない





赤司くんの言葉通り、灰崎くんはバスケ部を退部することになった。

それと同時に黄瀬は一軍に昇格。
初心者でバスケを初めて二週間で一軍入り、異例のスピード昇格を果たした。





生憎わたしはその場面に出くわすことはなかったが、黒子から聞く限り見ていて気持ちのいいものではなかったと言う。
まさかハッピーエンドで終われるとは思ってはいなかったが、想像していたよりも胸にドシンとのしかかるものがある。



何より、黒子に向かって灰崎くんが言い放った言葉にわたしは驚くしかなかった。
この部活内で起きている僅かな変化に、彼は既に気づいていたのだろう。





赤司くんへの違和感を感じたのはわたしだけではなかったようで、あの話をした後珍しく緑間と2人(ここ重要)でマジバに行った。

緑間曰く、前から違和感は感じていたが灰崎くんの話をしていたときにその違和感が確信に変わったという。
場面は違えど、前々から違和感を感じていたのは同じだ。そう伝えればお互い顔を曇らせることしかできなかった。





そして緑間はわたしに言った。
「赤司の支えになってくれ」と。





いつに増して真剣なその眼差しに断ることもできず、またわたしは無責任に首を縦に振る事しかできなかった。
わたしは精神科医でもなければカウンセラーでもない。到底なにかできるとは思えない。



それでもできるかぎりのことはやろうと決めていたし、引き受けた以上は中途半端に終わらせるつもりもない




いずれにせよ、
いい傾向に転がることは無さそうだ。















「あ〜暑くなってきたね〜」
「たしかに夏に近付いてきたっスね〜」
「う〜ねむ〜」




移動教室のために同じクラスの紫原と黄瀬と並んで廊下を歩けば日差しの強さが肌を焼く。ああ、日焼け止め買っとかないとなあ。

何気なく、隣に並ぶ彼らの顔を見上げれば相変わらずでかい。って言うか、






「どんどんでかくなってくね、きみたち」





ぽつりと呟けば隣にいた2人が同時にわたしを見下ろす。それをわたしは見上げる。
…こうして見ると一年の時からでかかったけど、二年になってからさらにでかくなった気がする。特に紫原。






「柴田っちは変わらないっスね!」
「160あるからいいかなあ、大きい方だよ」
「しばちんは横に膨れてくのに胸にはまったく肉つかない」
「……!!?」
「って峰ちんが言ってた」
「ほんとアイツなんなの?」
「太ってないっスよ!あれっスよ!!女の子らしい身体つきになったんスよ!!!」




紫原の言葉に思わず心臓が跳ねた。
たしかに。いやでも最近走ってるし、太ってないはず、体重も変わってないし。

て言うか青峰が言ってたならいつもの冗談だろう。ほんと胸の事しか言わないよね。
スルーしとこうと思ったらものすごい勢いで黄瀬にフォローされた。





「みんなと話してると首痛くなる」
「えー見上げなきゃいいじゃん」
「こら、話をするときは目を合わせないとダメなんだよ。目は嘘をつけないから」
「そーっスよ!見つめ合いが大事っス!」
「はあ?そーゆうのうっざ」




黄瀬と一緒に胸を張れば「おー、絶壁」とわたしの胸を見ながら紫原が言う。
おいそこは目じゃねえよこっち見ろ。



そういえば紫原は人とコミュニケーション取るのはそんな得意じゃないけど、嫌われてるわけじゃないよなあ。あれかな、ゆるキャラ的な立ち位置なのかな。
紫の巨人とか?マスコット?


アホなことを考えてたら自然と紫原を凝視する形になって急に黙ったわたしを見やった紫原と数秒間目を合わせる形になった。






「胸はきっとこれから育つっスよ!」
「……」
「……」
「……え?何してんスか?」
「……」
「……」
「え?なんで見つめ合ってるんスか?」





一向に視線を逸らそうとしない紫原にわたしも負けじと視線を合わせる。
そんなわたしたちを隣で凝視する黄瀬。
周りから見たらほんとに訳がわからないとおもう。なにこの状況。





「……」
「……」
「……」
「……チビゴリラバカドブス」
「え?灰崎くんの受け売り?」




負けじと見つめれば少しずつ紫原の表情が険しくなった。と思ったら聞き新しいあのあだ名を言われた。そのあだ名気に入ったの?

下から睨みつけてやれば「しばちんの顔は目に優しくない」と目頭を押さえる始末。
背中を教科書で叩いてやればあっけらかんと欠伸をこぼすだけだった。効かぬ。
隣では「オレ置いてけぼりっスか?」と口を尖らせて黄瀬が言う。

…黄瀬は誰かと目を合わせるとか慣れてそうだな。モデルやってると可愛い女優さんとかとたくさん会うんだろうし。
紫原から視線を外して黄瀬の顔を凝視する。




「なんスか?」
「……」
「え、なんかついてるっスか?」
「……」
「……柴田っち?」
「……」
「……あの……」
「……」
「やめてぇええええ!!!」
「え」




手のひらで顔を押さえてわたしから背ける黄瀬に思わず目を瞬かせれば「そんな見つめられたら…!だめっス…!!」と頬を赤らめていた。こう言ってはなんだけど大の男が照れる様は可愛いとは言いがたい。

予想外の黄瀬の反応に思わず声をあげて笑えば隣にいた紫原に頭を叩かれた。
相当うるさかったらしい。




黄瀬と紫原といると、なんだかまったりとした空気が流れるようになった。
2年生に上がった直後は黄瀬もバスケ部に入部してなかったから本当に口喧嘩ばかり(わたしを挟んで)してたけど、隣で紫原が黄瀬にお菓子を渡す光景からしてこの二人も本当に丸くなったと思う。
そしてなによりも、お互いがニックネームで呼び合っているのが証拠だ。


本当に平和になってよかった、そんな事を心に秘めて特に中身のない会話をしながら三人で階段を下りる。
最近は灰崎くんや赤司くんの件で思うようにリラックスができていなかった気がする。

久しぶりに何も考えずにのんびりできる、腕を伸ばして伸びをすれば隣にいた紫原が「あ」と小さく声を上げた。





「…よォ、相変わらず呑気そうな顔してんな」
「崎ちんじゃん」
「…ショーゴ君」
「(なんてこった)」





先ほどの穏やかな空気が一変し、わたしの胃はキリキリと悲鳴をあげ始める。

…さっきまであんなに笑ってたじゃん、灰崎くんを睨みつける黄瀬の表情に思わず眉を下げれば紫原はそんなの気にも留めない様子で「崎ちんいま帰宅部なの?」なんて疑問を目の前にいる本人にぶつける。空気読め。



頼むから口を開くな、なんて願ってたら「うるせーな」と相変わらず人を殺せるような気迫で灰崎くんは舌打ちをこぼした。










「バスケなんかよりオンナと遊んでる方が
何倍もたのしーわ」










そのままわたしたちの隣を通り過ぎる灰崎くんの表情を見れば、また胸の奥にズシンと何かがのしかかる。
そんなこと、思ってもないくせに。

思わず足を止めて灰崎くんの背中を眺めていれば「柴田っち、行こう」と先に歩き出した黄瀬に手を引かれる。






「おめーらよォ」





ふいに後ろから降ってきた灰崎くんの声に振り返れば、足を止めた彼が口の端を不気味な程吊り上げて階段からわたしたちを見下ろしていた。ああ、いつもの灰崎くんだ。

さっきの表情が嘘だったように思える。







「いつまでもお手て繋いで仲良く、なんて考えてねーよなァ」
「…はあ?」






いち早く反応を示したのは黄瀬。

灰崎くんのその言葉によって、冷めかけてた黄瀬の怒りはいとも簡単にぶり返す事になった。詰め寄ろうとする黄瀬の手を、わたしは無意識に掴む。



…怒りよりも、灰崎くんの言葉を否定できない自分に、今の現状を思い知らされた。



「崎ちんさあ」その言葉とともに紫原は一歩、わたしの前に出る。紫原のその声色に、怒りを感じているのは黄瀬だけではないのだと認識することになった。







「負け犬が何いってんの?」






紫原の言葉もまた、わたしの思考を停止させる。いつもの穏やかな雰囲気とは一転、眉を潜めてそう吐き捨てる紫原に、灰崎くんの口角はより一層吊り上がった。





授業の始まりを知らせる鐘が鳴る。
少しすればバタバタと騒がしかった校舎は静寂に包まれ、それが余計にわたしたちを不穏な雰囲気にさせていた。




踵を返して階段を降りてくる灰崎くんは「負け犬ねえ」そう呟いてわたしたちと距離をつめる。






「お前らのバカさ加減には呆れるわ」





灰崎くんの足は黄瀬と紫原をすり抜け、
わたしの目の前で止まる。







「おい、バカ女」






……なぜわたしなのか。
灰崎くんの行動に思わず目を瞬かせれば、驚いたのは私だけではないらしい。
黄瀬と紫原も眉を潜めてそんな灰崎くんの背中を見つめる。






「もうやめといたほうがいいぜ」





静かにそう告げる灰崎くんに、わたしはどうしても動揺を隠せなくなる。




「なんでそんなこと、」
「お前みてるとイライラすんだよ」




黄瀬と紫原も灰崎くんの言葉を静かに聞いている。





「誰のためにそんなことしてんだよ」
「…誰のためって、」
「どうにか出来ると思ってんのか?」








「お前にはなにもできねぇよ」







ただその一言がわたしの心にはひどく重くてしょうがなかった。
思わず目を見開けば、灰崎くんは眉間により一層深いシワを刻む。





どうにか出来るなんて自惚れてはいない。けど、それでもなにか出来ることはあるんじゃないかなんて、そんな期待を簡単に打ち砕かれた。








「ま、今さらやめれねェよな」








わたしは彼に何かしただろうか。
退部になったことで憎まれているのだろうか。だったら仕方ないのかもしれない。



目の前で舌舐めずりをする彼の仕草に背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
距離を空けようと後ずさりをすれば、後ろが階段だったことでわたしは足を止めざるをえなかった。


さて、どうするか。
彼の右足が地面から離れた。








「オレが辞めさせてやるよ」










地面から離れた彼の右足はその言葉と共にわたしのお腹に押し付けられた。

その行動の意味を理解するよりも先に、後ろにいた黄瀬と紫原が血相を変えて灰崎くんの背中に腕を伸ばす。






「柴田っち!!!!!」
「しばちん!!!」






軽く、本当に軽くお腹を蹴飛ばされたわたしの身体は支えを見つけられず後ろに倒れていく。







もう、ほんと何なのか。









それから数秒後、身体に感じた凄まじい衝撃とともにわたしは意識を手放すことになる。

ぼんやりとする意識の中で見たのは、顔を真っ青にして階段を駆け下りてくる黄瀬と、灰崎くんにつかみかかる紫原。






だけどそれよりも、俯いた灰崎くんの表情にズシン、また胸に何かがのしかかった。







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