無くしたもの
38 つられる
2年になってすぐ、私たちに大きな変化が訪れた。
一つ目は、黒子が一軍として正式にベンチ入りしたこと。
黒子の頑張りは1年生の時隣の席のよしみでよく知っているため、さつきちゃんとユニフォームを渡しに行った時の黒子の嬉しそうな表情についつい涙腺がやられてしまいそうになったのを覚えてる。さらにバスケ部は3年の引退に備えて、2年生中心体制に移行。
そして二つ目は、黄瀬がバスケ部に入部した事。
話を聞けばその理由がなにやら青峰に憧れを抱いたとかなんとか。
これまで何にも一生懸命になれない、退屈だと日々嘆いていた彼を知るわたしからしたらそれはそれは嬉しい出来事だった。
「で!青峰っちが〜…なんスよ!すごくないスか!?」
その証拠に授業中だろうがなんだろうが、彼は青峰の話をわたしによくしてくる。
たしかに普段頭すっかすかの青峰も、バスケをしていると本当にかっこよく見える。
わかるよ黄瀬、でも授業中はやめないか。
先生に頭を叩かれる黄瀬を横目で眺め、ふと物思いに耽る。
わたしが何より驚くべきは、黄瀬の成長スピードだった。入部して2週間、赤司くんの口から黄瀬一軍昇格の話が出た。
彼本人の口から「やろうと思えばすぐなんでもできちゃうぜどやぁ!」みたいな事はよく聞いていたけど、これまでとは思わなかった。
ボディバランス、スピード、瞬発力、どれをとっても並の運動神経ではない。
彼もまた、青峰たちと同じような天才肌というやつなのだろう。
パキ、シャーペンをノートに走らせれば力を込めすぎたのか芯が折れてどっかへ飛んでった。「柴田っち、芯飛んできたっスよ」小声でボソッと呟いてきた黄瀬に「やったじゃん、プレゼント」と軽く流せば満面の笑みでウインクしてきた。なんだコイツ。
「(黄瀬だけじゃない、か)」
そんな黄瀬から視線を外し、左隣で身体を丸める紫の頭を眺める。
…たしかに成長スピードは黄瀬がずば抜けてすごいけど、紫原や青峰、その他一軍のメンバーも2年になってから恐ろしいスピードで成長しているのが手に取るようにわかる。
…成長するのは良いことなんだけど。
それが私にとっては違和感でしかなかった。
「いやっス!自分よりショボイ奴に物教わるとかマジでムリっス!!」
「だからショボくねーんだってテツは!」
「じゃあ今日の練習中すげぇとこあったんスか!?」
「そりゃお前…ねぇな!!」
「ぶふぉ」
そして黄瀬の教育係に黒子が任命された。
想像はしてた。が、やはり黒子を前にした黄瀬から出る言葉は黒子を舐めきったものばかりだった。ほんと、気にくわない人にはとことん容赦がない。
黄瀬のド直球な言葉におもわず眉を下げる。そんでもって下手なフォローをする青峰に吹いてしまったけど、黒子にジト目で見られたため小さく謝罪の言葉を述べといた。
ねぇなって、正直すぎるだろ。
「テツの言うこと聞けっつったろーが」と青峰にボールをぶつけられても尚駄々をこねる黄瀬の様子にその場にいた全員が困ったように顔を見合わせる。
そういえば、と辺りを見回した赤司くんがわたしをみた。
「柴田、虹村さんがどこにいるか知ってるか?」
「…あれ、そういえばいないね」
「…そうか、すこし抜ける」と小さく頷いた彼はそのまま体育館を出て行ってしまった。
やいやいと黒子に不満をぶつけ続ける黄瀬の頭を叩けば納得がいかないといったように口を尖らせる。そんな顔しても可愛くない。
「柴田っちまで〜…このちんちくりんに何教わったらいいんスか!」
「まずは態度かな」
「オレだって敬語つかってるっス!」
「紳士的な態度とか」
「オレが余計モテてもいいんスか!?」
「ちょっと黙ろうか」
肩を掴んで詰め寄ってくる黄瀬の顔を手のひらで押し返せば「ちぇっ」とボールを指先で回し始めた。
わたしは別に構わないけど、黄瀬と親しくない他人からしたら生意気なことこの上ない。この先大丈夫なんだろうかこの子は。
駄々をこねる黄瀬をみてたらまるで母親のような気持ちになってしまう。これが母性本能ってやつ?中学生でよりにもよって黄瀬に母性本能を目覚めさせられるとは。
顎に手を当てて考える仕草をしていたら「そういえば」青峰がつぶやいた。
「柴田、黄瀬が入部するまえから知り合いだったんだろ?」
「まあそうだけど……おい、何笑ってんだ」
「お前も一緒にやればいーじゃん」
は?なにいってんの?
とんでもないこと言葉を発した青峰、いやバカ峰の顔を目を瞬かせて見ればニヤニヤとそれはもう腹が立つ笑みを浮かべてた。
「え、柴田っちもやってくれるんスか?てかむしろ柴田っちだけでいーんスけど」
「いやいやいやいや、わたし忙しいよ?あれ?バカ峰くん知らない?わたしの仕事量知らない?レポート用紙に纏めて提出しようか?ねえ?なんか言えよガングロ」
「ボクも柴田さんがいた方が安心しま、うっ」
黒子の脇腹に肘を入れれば小さく呻いて床に座り込んだ。あぶねえ、お願いだからもう誰もしゃべらないでくれ。
ギロリ、青峰を睨みあげれば「まあまあまあまあ」といやらしく口の端を吊り上げわたしの肩に腕を回してきた。
触るな、お前は敵だ。
「テツのためだと思ってさ〜」
「…それはたしかに…いやでもわたしも…」
たしかに黒子に全ての負担がいくのはわたしとしても心苦しい。
だっ…あんな小動物みたいなのに。お願いだからそんな縋るような目をしないでほしい。
うう、眉をひそめ唸るわたしに青峰がひとつため息をこぼす。
「ケーキバイキング連れてってやるよ」
「………なんだと?」
「な?行きてえって言ってたよな?」
「…いや〜最近太り気味なんだよね〜」
「ほおー、愛しい愛しいさつきちゃんと行きてえって言ってたよな?ん?どうなんだよゆうちゃ〜ん」
え、さつきちゃん付き?
「よーし黒子!一緒にがんばろ!なにやってんの黄瀬!!早くフットワーク!!」
「柴田さん…!ボクのために…!」
「さすが柴田っち!かわいい!!」
天使とケーキバイキングには勝てまいて。
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