無くしたもの
39 みんな敵
黄瀬が入部したことによる変化がはいくつかある。が、それがいい方向に進む時とそうでない時がある。
まずいい事として、彼がバスケ部に入部したことで一軍の戦力は大幅にアップするのではないかと言うこと。まあ、こう言ってはなんだが今はメリットについてはどうだっていいのだ。
目の前で行われている1on1をみてわたしは顔を歪めることしか出来ないでいる。
「………っ…!」
コートの中には床に膝をつく黄瀬と、そんな黄瀬を見下すバスケ部一問題児の彼、灰崎くん。
なんと言うか、彼らはキセキの世代の中でも群を抜く程、いや、ピカイチで相性が悪い。
その理由は練習風景を見ていれば一目瞭然、入部してきた黄瀬のポジション、プレイスタイルがひどく彼と酷似している事。
黄瀬が入部してから、この光景は何度も目にしてきた。言ってしまえば良くあることで、周りはもう口を挟むことを止めたのだ。
平和がいいよ平和が、わたしも最初こそそんな呑気なことを考えていたがどうやらそんな生易しいものではないらしい。
放っておけば掴み合いの殴り合いが始まる。
「相変わらず弱ぇーなァ、リョータ君よォ」
いつドンパチが始まってもいいように今日も固唾を飲んで見守っていれば、膝をつく黄瀬に吐き捨てるように灰崎君は言葉を吐き出した。
「ああ?」
「なんかオレ間違ったこと言ったかよ?」
黄瀬は普段見ることのないような鋭い目をし、怒りを露わにする。そんな姿に思わず眉をひそめれば、睨まれた本人、灰崎くんは気にも留めない様子で再び口を開く。
「文句あんならせめて一回くらいオレに勝ってから言えよ」
そう言って床に膝をつく黄瀬の背中を乱暴に蹴りつける。「このっ…」小さく呟いた黄瀬が立ち上がり灰崎くんに掴みかかろうとする。…それを合図に他の部員が2人を引き離し、ケンカの仲裁に入る。
うん、いつもの流れだ。
灰崎くんの言った通り、黄瀬は今までで一度も勝ったことがない。が、それは今の話だ。黄瀬の成長スピードを舐めたら痛い目にあうのは灰崎くんでしかない。
横目で赤司くんの顔を見やれば相変わらずの無表情だが何かを考え込んでいるのがわかった。
……きっと近いうちにまた何か変化が起こる。
そんな胸騒ぎを感じずにはいられなかった。
まあしかし、さすがに暴力はいただけない。けど、男のケンカに女が首を突っ込むのはあまりよろしくないだろう、そう思ってコートの外から苦虫を噛み潰しなような顔で見守っていれば「何ボサッとしてんだよ」と青峰がわたしの背中を押す。え?なにしてんのコイツ。
「ちょっと待って、なに?」
「いや、お前黄瀬の教育係だろ?」
「……いやいやいやいや」
なにいってんだよ、とでも言いたげに首をかしげる青峰をまじで殴ろうかと思った。
てか教育係って黒子だよね?あの子どこいったの?周りを見回しても彼の姿はない。
アイツのミスディレクションってこういう時に使うわけ?出てこいよ。
つまりはなに?今にも殴り合いを始めそうなあの場に割って入れと?大の男が二人共握りこぶしを作ってるあの中に?
お前がなに言ってんだよ。こっちも殴り合い始まっちゃうぞ、いいのか?
「大丈夫だって、さすがの灰崎でも女は殴んねーだろ。お前胸ねーけど」
「待て先にお前を殴らせろ」
「ほら、がんばれ」
「ちょ、!アホ峰……!!」
なにががんばれだよ、ふざけんな!ドンッと背中を思い切り突き飛ばされ思わず黄瀬と灰崎くんの間に膝をついて転んだ。
最悪だ、なにが最悪ってこの空気。黄瀬と灰崎くんを背後から締め付ける先輩達の視線。
「お前なにやってんだよ」みたいな。
そこのガングロに聞いてよほんとあとから殴るからな。
「柴田っち…!!オレのために…!!?」とか真顔で言ってる黄瀬も殴ろうと思った。
見下ろしてくるみんなの視線が痛かったためすぐさま立ち上がり灰崎くんと黄瀬の肩に手を置く。
「……まあまあまあまあ、ほらなんだ。多分あれじゃない?灰崎くんが背中蹴ったのは蚊でもいたんじゃない?黄瀬の背中に」
「いま春なんスけど」
「春仕様の蚊なんじゃない?ね、灰崎くん」
「春に蚊がいるわけねェだろチビゴリラバカドブス殺すぞ」
「お前を殺すぞ」
結果的に言えば殴られた。
あ、黄瀬じゃなくてわたしがね。頭にしっかり鉄拳を2発くらいましたとも、ええ。
わたしを殴って気が済んだのか灰崎くんは黄瀬に罵声を浴びせながら出て行った。
黄瀬は相変わらず恐ろしい形相で彼を睨んでいたけどを頭を抑えるわたしに気付いたのか「柴田っち!男のケンカに首突っ込んだらだめっス!!」と慌てて駆け寄ってきた。
わたしを戦場へ駆り出させたのはキミの憧れの男だよ。ほんと頭可笑しいよアイツ。
そのあと急に現れて「大丈夫でしたか?力になれずすみませんでした足をくじいてうんたらかんたら」みたいなヘタな言い訳をし出した黒子の腹に拳を叩き込んで「柴田っち!オレのためにあんな危険なことはもうしたら許さないっス!」と抱きしめてきた黄瀬に背負い投げをかまし「すごかった、なんて言うかチビゴリラバカドブスってすごいぴったりだな」とかほざいた青峰にはまじで顔面を殴っといた。
お前ら全員地獄に落ちろ。
「よう、チビゴリラバカドブス」
「殺、いててててて」
「ほお、やってみろよブス」
使用済みタオルを抱えて体育館の外に出ればちょうど顔を洗う例の不良に出くわした。
さっきの出来事が頭の中にフラッシュバックして思わず汚い言葉を吐き出そうとするが彼がわたしの顔を片手で掴んだことで未遂に終わった。でかい手だなおい。
今日は真面目に部活きたのか、そう顔を見れば心なしか頬が赤くなってたからきっと虹村先輩に殴られたんだろうな。いいザマだ。
思わず彼の顔を見て頬を緩ませれば嫌なタイミングで目が合って汗で濡れたタオルを投げつけられた。
頭にきて睨みつければハッと鼻で笑いニヤニヤとその口を開いた。
「リョータ君またボロ負けだったなァ」
「…蹴ったのはよくないと思います」
「だってあいつ口ばっかじゃん?」ポッケに手を突っ込みながら言う彼はなんて憎らしいことだろう。あんな憎まれ口叩かずに、普通に勝つことはできないのだろうか。
「きっと黄瀬に抜かされますよ」
「言ってろ、何回でもぶちのめしてやるよ」
そう舌舐めずりをする彼に思わずゾクリと背筋が凍った。中学生のできる顔じゃない。
わたしに興味を失ったのか背中を向けて歩き出したやさぐれヤンキー。
本当に腹立たしくて彼から投げつけられたタオルを手にとり「くさい」と呟けば聞こえてたらしい、これまでにないくらい恐ろしい顔をしてこっちに向かってきたためタオルをほっぽり出して走り回った。
バスケ部って地獄耳のやつしか入れないの?
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