無くしたもの
37 彼女とバスケ
いつも通りの退屈な授業は右から左へ、耳を通り抜けてどっかへ消えていく。
それは隣に座る彼女も同じなようで、日頃の部活のマネージャー業務の疲れからなのか頬杖をついて意識をどっかに飛ばしていた。
そんな彼女の横顔を眺めていればオレからの視線感じたのか「どうかした?」と小首を傾げて微笑んだ。
「柴田っち、明日ひまっスか?」
「……あ、部活だ」
「……じゃあ明後日」
「……部活だ」
部活、だと?ショックで言葉を失うオレに眉を下げて「…ごめんね」と申し訳なさそうに微笑む。いや、しょうがないっスよ、なんてしょんぼりとしながら言えば手のひらに飴ちゃんを握らされた。グレープ。
なんというか、自分の誘いをこうも断られる日がくるとは思わなかった。
隣に座る彼女と出会ったのは1年の春。
オレがグチを零していたのを見られたのをきっかけに話すようになった。彼女にとってオレの第一印象は最悪だったと思う。
あの頃はモデルのかっこいい黄瀬涼太くん、オレにバカみたいに絡んでくる女の子が本当に多かった。ま、今もだけど。
最初のうちはそりゃあよかった、モテたし。他の人とは違うって優越感も気持ちよかった。
だけどいつまでたってもどこにいってもわーきゃーわーきゃー騒がれれば嫌にもなる。
嫌な顔をすればすぐに変な噂を流され、バカみたいににこにこして、プライベートもクソもない。そんな毎日に嫌気がさしてた。
そんな時、一人になれる場所があの建物の陰にぽつんと置いてあるベンチだった。
あの時だってそうだった、バカみたいに騒がれて、囲まれて苛立って。
一人になりたいと思ってあの場所に向かえば、女の子が1人で弁当を食ってた。
彼女に対する第一印象は静かな子。って言うか地味。だってベンチで一人座って弁当食うなんて、相当ぼっちって事でしょ?
幼い頃からチヤホヤされてきたオレにとって女っていうのは口が軽い生き物だと昔から身をもって学んできたし、誰よりも自分を特別扱いしてほしいなんて言うプライドの高いめんどくさいもの、という認識でしかない。
こんな大人しそうな子でも変な噂を流したりするのだろうか。それはめんどくさい。
だから適当にサインでもして軽い口封じをしようとしたけど聞いてみれば彼女は俺を知らないらしい。へえ、そんなことあるんだ。
別に自意識過剰って訳ではないと思う。
だってみんなオレのこと知ってたし。廊下歩けば「あれキセリョじゃない?」「やばーい超イケメーン」なんて日常茶飯事だった訳だし。だからちょっと物珍しさを抱いて隣に座って会話を交えてみた。
女の子ってあの特有の高い声と間延びした喋り方、ていうか猫なで声?
みんなオレの前ではそんな喋り方だった。
彼女の高くもなければ低くもない、そんな声色に落ち着きを感じたのかもしれない。
他の子とは違う大人びた表情のせいなのか、オレは彼女の前では変に笑顔を作らなくて済んだ。
それがなぜか無性に嬉しかった。
柴田っちと過ごすことが多くなったのはそれからだ。
クラスでも控えめで友達と話しているところもそう見たことがないけど、話せば話すほど魅了させられるような、そんな子。
人と関わることが苦手なのか、人見知りなのかはわからない。それでも、オレにとって彼女の隣はストレスを感じない場所だった。
そんな彼女に魅了されたのはオレだけじゃなかった。次第に紫色の髪をした大きい(まじで大きい)人や、青色の髪をした肌の黒い男の人と一緒にいることが多くなった。
柴田っちの良さに気付いてくれる人がいるのは嬉しい、けど。
そこにはオレの密かな独占欲も確かにあった。オレだって同じクラスがよかったとか、一緒に帰りたいとか、つまらない嫉妬もある。
今だってほら、オレを置いていく。
「じゃ、また明日ね黄瀬」
そうオレに一言残し、肩にカバンをかけた彼女は紫の巨人と教室を出て行った。
柴田っちと出会ってたしかに毎日学校生活は楽しくなった。けど、最近はあまりかまってもらえないし。
忙しそうにする彼女を見ていると取り残された気分になってしまうのだ。主人の帰りを待つ犬の気持ちだ。悲しい。
「……かえろ」
容姿オッケー、運動オッケー、勉強もまあオッケー…けど
「(つまんねーなー)」
校門に向かってぽつりぽつり、悲しく一人で歩きながら物思いに耽る。周りから見ればなに不自由なく見えるだろう。
なんせイケメンだし。
ただなんというか、青春って感じしねえなあ。
スポーツは好きだけど、やったらすぐできちゃうし。しばらくやったら相手がいなくなっちゃうんだよなあ。
だれでもいいから、オレを燃えさせてください。手も足も出ないくらい凄いやつとかいないかなー、いんだろーどっか。
てか出てこいや!
「なーんて、いってぇえ!!」
しみじみと一人やさぐれていたら後頭部に強い衝撃を感じた。振り返れば地面に転がるのはバスケットボール。
…目ん玉飛び出すかと思った。
地面に転がるそれを拾いあげれば、足音をたててそばに駆け寄ってきた人物を見上げる。
そこに立つのは青色の髪を持つ、色黒の男。
あれ、コイツ…
片手をあげて申し訳なさそうに笑う彼には見覚えがある。
「ワリーワリー、ってモデルの黄瀬くんじゃん」
柴田っちとよく話してる人だ。そうか、そういえば柴田っちがバスケ部のマネージャーをらしてるんだったか。
色黒の彼にボールを投げ渡せば「ダチに黄瀬くんと話したって自慢するわ」と再び体育館に消えていった。
「……バスケか」
ぽつり。自然に足が体育館に向かった。
そういえばまだやったこと…ウチってバスケかなり強いって聞いたことあるな。
柴田っちいるかな、なんて体育館の扉に手をかけて中を覗き込む。
キュッ、と地面が鳴る。ボールが床で弾ける音の中で、さっきの色黒のアイツの動きから目が離せなくなっていた。
激しくボールをドリブルさせる色黒のアイツは、一人で三人ものディフェンスを軽くかわしていく。なんだこれ。
身体が熱くなる感覚に、思わずごくりと生唾を飲み込む。
「(すっげ…!!あの速さであの動き…再現できるか…!?無理…いや、頑張れば…やっべ、いたよ…)」
すごい奴…!!!
「おい柴田、タオル」
「ほらよ」
「これ雑巾だろ」
「あらら間違えた」
「このクソアマ…ん?お前さっきの…」
「あれ、黄瀬」
振り返った色黒のそいつの隣にいたのは柴田っち。だけどいまは柴田っちよりも、色黒のソイツから目が離せなくなる。
この先オレがどんなに頑張っても追いつけないかもしれない、けど、だからいい。
この人ならオレを楽しませてくれるかもしれない、この人とバスケがしてみたい。
そんで、いつか、
「バスケ部、入れてくれないっスか?!」
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