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無くしたもの
36 二度目の春



ピーンポーン




「………う…」





家に響いたチャイム音に深い眠りから現実の世界に呼び戻される。
布団の中で身体を捩らせ目を開ければ、窓から射してくる太陽の光に思わず目を細めた。
頭の上に置いてあった携帯を手に取れば時刻は7時45分。やばい、部活。
慌てて身体を起こせばある事を思い出す。




「………今日始業式だから部活ないか」





そうじゃん、始業式じゃん。
ああ、部活がない日なんて久しぶり、家から学校までそうもかからないしもう少し寝れるはず。起こした身体を再びベッドに沈めれば
再び訪れる眠気に瞼を閉じた。






ピーンポーンピーンポーン





「………」




そうだ、誰か来ていたんだ。
しかしここはわたしだって譲れない。もともと朝が弱いし、いつぶりの朝寝坊だと思ってるんだ。寝かせてくれ。





ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン




「………殴る」





わたしの負けだ。














「うそだろ、お前なんでパジャマ?」
「うそだろ、なんで青峰が?」
「ゆうちゃんおっはよーう!」




眉間に深い深いシワを刻んで低血圧丸出しの顔で玄関の扉を開ければそこにいたのはいつものガングロ少年こと青峰。
と、朝にもかかわらず眩しい笑顔を見せるさつきちゃん。なんか君たち早くない?

「早く着替えてこいよ」家を顎で指しながら言う青峰に小さく返事をして扉をしめる。
が、外でまたしておくのも悪い。仕方ないので部屋に招き入れて待っててもらうことにした。
















「で、なんでこんな早いの?」




猛スピードで支度をすること20分、綺麗に制服を着こなした(始業式だから)わたしは青峰とさつきちゃんと肩を並べながら学校の門をくぐった。




「ゆうちゃん今日クラス替えでしょ!早いとこ確認しないと混むもの!」
「オレだってもっと寝てたかったっつの。さつきがうるせーから」
「起こさないと寝坊するじゃない!」
「毎朝さつきちゃんに起こしてもらえるなんて幸せじゃん。男子全員羨ましがるよ」




「どこが」鼻で笑う青峰は本当にさつきちゃんのありがたみをわかっていないと思う。学校一のマドンナと言えるこの美女から毎朝モーニングコールがあるなんてなんて贅沢なの。
しかもさつきちゃん1年の時に比べて、





「色気が増した」
「オレのことか?」
「バカ峰黙って」
「てめーこのやろう」
「色気って!ないよそんなの〜!」




バカ峰、おっと失礼青峰のドヤ顔を軽く流しながらさつきちゃんを見やる。
入学した時に比べて顔も大人びたし、背も高くなったし、なにより、お胸が。
わたしはなんら変わりがないというのに。神様は不公平だ。ふう、一つため息を着けば新しく張り出されたクラス表の前に着いた。
早くきたつもりがみんなも同じことを考えていたのだろうか、そこは生徒でごった返していて直ぐに確認できそうもない。


…なんやかんやで緊張する。
なんてったってこのクラスで1年過ごすのだから。特に女の子の親友もいないわたしからしたら本当にこの時間は地獄でしかない。




「おはようございます」
「……ぅぉお」
「お、おおテツ…いつから…!」
「きゃー!テツくんおはよう!!」




遠くからクラス表を眺めていればいつも通りの調子で黒子が現れる。
ここ最近はずっと一緒にいたから大袈裟なリアクションは出ないようになったけど、それでもやっぱりびっくりするもんだ。「テツ、クラス見たか?」青峰の問いかけに首を横に振った。




「やっぱまだ近寄れないね」
「せっかく早く起きたのに〜い」
「ま、空くまで待つしかねーな」

「ならボクみてきます、こう言うのは得意なので」



颯爽と歩き出した黒子に「テツくん…!!かっこいい…!!」と目を輝かせるさつきちゃん。いや、確かにかっこいいのかもしれないけど。影薄すぎて人ごみでも認識されないってどうなのだろうか。
わたしだったら立ち直れない。やっぱり黒子のメンタルはなかなか逞しいと思う。

て言うか空いてきたから自分で見にいこう。
歩き出せば青峰もさつきちゃんも後を追ってついてきた。




「黒子ーどこいったー」
「ここにいます」
「どーだった?」
「残念ながら一人でした。いよいよボクを認識してくれるひとがいなくなりますね」
「テツくんと別れた……もう学校こない…」
「……さつきオレと一緒じゃねーか」
「なんで青峰くんなの!テツくんがいい!」
「毎回調理実習の時間に怯えなきゃならないオレの身にもなれよ!」




クラス表をみて各々が心の内を吐き出す。青峰に関してはきっと先生がさつきちゃんがいた方がいいと判断したんじゃないだろうか。
黒子に関しては…何も言えない。




「ゆうちゃんは?」
「あ、そうだった」
「なんで他人ごとなんだよおめーは」
「えーっと」





クラス表を端から眺め始めれば赤司くんの名前を見つける。あ、赤司くんも一人なんだ。
ふむ、緑間もそうか。まあ彼らに関してはなんの心配もないな。


自分の名前を必死に探していれば隣に並んでいた女子が悲鳴をあげて跳ねている。
「やばい!!!キセリョとおんなじ!!」「やば!!席近くにならないかな!!?」
ふむ、なるほど黄瀬か。
聞こうとしなくてもその歓喜の声は自然と耳に入ってくる。その喜びようからどうやら熱狂的なファンなことが見受けられる。

モデルともなれば大変だなあ、と思わず眉を下げ黄瀬の名前から自然を順に下げる。





「あ」
「どうでした?」
「あらー?しばちんまたクラス一緒だね〜」
「え、そうなの?」
「むっくんと一緒か〜!良かったね!」
「そうなの?って、お前は何に反応したんだよ」
「あ、いや」





黄瀬涼太、その名前の何個か下にあったのはまぎれもない私の名前。
……うん、楽しい1年になりそうだ。


















「柴田っちぃいいぃいぃ!!!!」
「げふっ」
「げっ…しばちんまたあとでねー」






紫原と教室に向かって歩いていればものすごい声量で名前を呼ばれたと同時に背中にとんでもない衝撃をうける。
振り返らなくても誰だかわかる、黄瀬だ。


そんな彼を見て思いっきり顔を歪める紫原。小さく言葉を漏らし、手のひらをひらひらと振りながらそそくさとわたしを置いて教室に向かって歩き出した。逃げた。

賑やかなのを好まない紫原からしたら黄瀬は好きなタイプにはなれないだろう。紫原に好きなタイプもクソもないと思うけど。
いやでも げっ、て。







「柴田っち!!同じ!!1年!!同じクラスっスね!!!」
「お、落ち着いて黄瀬、苦しい」
「授業中も一緒…!!!お昼も一緒…!!最近寂しかったんスよオレ〜〜!!柴田っち部活ばっかだったし…!!」
「お…おおう…わたしも嬉しい…」
「えぇえ!そんなふうに見えないっス!!」




私も嬉しい、嬉しすぎるけどもそれ以上に黄瀬のテンションが高すぎてわたしのテンションが非常に表し辛い。

全身から喜びをにじませる黄瀬についついわたしも頬を緩めざるをえない。
そりゃあわたしも嬉しい、ここまで喜んでもらえるとは思わなかったし。部活に入ったことで彼と会える時間も減っていた事だし。


まるで女子のようにはしゃぐ黄瀬に手を引かれ教室に入れば、彼の登場を待ってたと言わんばかりに女の子達が黄瀬を囲った。
「黄瀬くんと同じクラスなんて嬉しい!」
「この前の雑誌かったよ!」なんていう女の子たちにキラッキラッの笑顔を向ける黄瀬はやっぱりかっこいいと思う。対応も100点。


わたしはそんな彼の隣をすり抜け、一番後ろの席で背中を丸める紫原の隣に腰かけた。

隣に来たわたしの気配を感じ取ったのか、顔を上げた紫原にギロリと一睨みされたがスルー。
どうやら機嫌が悪いらしい、が、もう慣れたもんだ。気づかないふりで乗り切る。





「オレあいつきらい」





ばりっばりに顔面から機嫌の悪さを滲ませる彼の視線の先には黄瀬の姿。
そうではないかと感じていた、っていうか確信はしてたけどここまではっきり言われてしまうとわたしも反応し辛いものがある。

「 そんなかんじする」と一言そう告げれば「他人ごとムカつく」と机にうまか棒を投げ捨てられた。普通に渡してくれよ。
まあ貰えるものはもらう、ガサガサとパッケージを破けば、隣の席の椅子が引かれ、横目で見ればそこにいたのは黄瀬だった。






「いやー早々こんなに絡まれるとはおもってなかったっス!あ、隣いいっスか?」
「えーそこすわんの?うるさいからやだな〜」
「ちょ、紫原!」
「え?!なんでオレ嫌われてるんスか!?」




え、何てことを言うんだこの子。
紫原のあからさまに嫌そうな声色に慌てて静止すれば「事実だし」とそっぽをむく。

言っておくけど黄瀬が座ったのはわたしの隣。つまり紫原の隣ではない。
そんな傲慢な紫原の態度に「…なんか食えない人っスね」と黄瀬も不満を露わにした。

それからと言うものの黄瀬が口を開くたびに左隣の紫原から舌打ちが飛んでくる。
そんな黄瀬も紫原を黄怪訝そうに眺めるの繰り返しだった。

あれ?なんか空気おかしくない?





それから新しく担任になった佐藤先生の指示で席替えをし(くじ引き)一番後ろの席になったわたしは(めっちゃ喜んだ)散らばった黄瀬と紫原の背中を眺める。

彼らと同じクラスになったのは嬉しいけど、さっきのような空気はごめんである。それならばこのまま散らばっていてくれたほうが助かる。そんなことを思っていたら前の方に座っていた黄瀬がぴしっ、と挙手をした。




「どーした黄瀬」
「オレ身長でかいんで後ろの子が黒板みえないとおもいます!だから一番うしろいってもいいっスか?」
「おー確かになあ。じゃ、相沢変わってやれ」




先生の言葉に黄瀬は密かにガッツポーズする。クラスの女子は「気遣いができるなんて黄瀬くんかっこいい」と恍惚とした表情を黄瀬をみている。

うわあ相沢くんかわいそう、一番うしろから前に移動ってぬか喜びにも程があるじゃん、相沢くんが誰だか知らないけども。


机に肩肘をついて他人事のように話を聞いていれば右隣に座っていた男の子がカバンを持って立ち上がる。え、キミ相沢くんなの?


「柴田っち!」嬉々とした表情でわたしに近寄ってくる彼を見る限り、私の隣に座っていたのが相沢くんで、どうやら黄瀬は私の隣の席になったらしい。
まあ、これなら別にいいか。





はしゃぐ黄瀬を静めながら前を向けば、1人の女の子が控えめに手を上げていた。




「あの…紫原くん大きくて……黒板がみえないです…」






手を上げたのは紫原のうしろに座っている小柄な女の子。そりゃ見えないよね、なんてしみじみと考えていれば「じゃ、柳沢変わってやれ」と先生。
うわあ、これまた柳沢くんかわいそう。同情の意を込めて柳沢くんとやらを目で探せば左隣に座っていた小柄な男の子が席を立った。
えっ、これはどういうことなの。














「席替えしたイミねーし」






ハイ、御察しの通りわたしの両隣にカラフルな彼らが帰ってきました。
てかもうこの2人はクジ引く必要なかったじゃん、相沢くんと柳沢くんがただただかわいそうだっただけじゃん。
「これでいつでも話せるっスねえへへ!」なんて無邪気に笑う黄瀬に「うるさいから静かにしてよね〜」とガンを飛ばす紫原。

無理だ、これから毎日毎時間こうなるのか。
あまりの絶望感に頭を抱えれば「柴田っち、この人友達なんスか!?」「頭キンキンするから黙って」彼らの声が耳を震わせた。




はやく席替えしないかな。







あきゅろす。
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