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無くしたもの
35 みんながいい




「なんか大量の雑誌が出てきたけど」
「わーさすが峰ちん、そこにグラビア雑誌隠してたんだー」
「ここならさつきも文句いわねーだろ」
「紫原!なぜ食べたゴミをしまうのだよ!ゴミ箱に捨てることができないのか!?」
「あーミドチンうっせー!めんどくさいじゃん!溜まったら捨てればいーし!」
「青峰くん、この物体はなんですか?」
「そりゃあ多分パンだったものだ」
「青峰くんほんと汚い!サイテー!」
「………はあ」




ため息を1つ吐き、頭を抱える。
















今朝もいつものロードワークから始まり、死にそうな彼等となんとか1日の部活動を終えた。いつもは辺りが暗くなるまでハードな部活が続くが、今日は日が暮れてきた頃で練習を切り上げる、と虹村先輩が告げた。


みたいドラマがみれる!ゲームができる!遊びに行ける!そう各自が喜びを全身で表現する中、もちろんわたしもさつきちゃんと「駅前の美味しいカフェに行こう!」なんて女の子らしくはしゃいでいたが最後、「だれが帰っていいと言った?」と言う赤司くんの素敵低音ボイスにその場にいる全員が黙った。




それから赤司くんが話した内容はこうだ。




一年の締めくくりに日頃自分たちが世話になった部室、ロッカー内を掃除する。何よりも青峰と紫原のロッカーが汚ないから掃除しろということ。


ここまで聞いてわたしとさつきちゃんはふと考える。私たちロッカー関係なくね?
「みんな大変だね〜」なんてさつきちゃんとゆるりと笑顔を交わせば静かに口の端を吊り上げた赤司くんの顔がこちらを向く。




「お前たちも帰らせないよ」




死刑宣告された。「ロッカー関係ないとおもいます!わたしたちロッカーないです!」隣で挙手をしながら赤司くんに訴えるかわいいさつきちゃんを横目にわたしも必死に頷く。


ふ、と涼やかな笑顔を浮かべた赤司くんがキュッ、っとわたしたちの目の前に迫る。



「あいつらを野放しにはできないだろう?生憎オレは監督に呼び出されていて手が離せない。そんなお前たちに仕事だ。いいかな?……あいつらのロッカーの中に塵一つ残さないよう、しっかりと掃除をさせろ」





さつきちゃんとわたしの肩に手を置く彼の顔には、もう笑顔はなかった。












まあ言っても掃除だ。日頃使ってるロッカーがそんな汚い状態で放置されてるわけないだろう。早く終わらしてカフェいこう!とさつきちゃんと意気込んでロッカー室に来たが最後、馬鹿二人のロッカーの汚さにわたしたちの希望はいともたやすく打ち砕かれた。



簡単に言ってしまえば青峰のロッカーには大量のグラビア雑誌その他ゴミ。
紫原のロッカーには大量のお菓子そして大量のお菓子のゴミ。勘弁してくれ。

そりゃ赤司くんもあんな顔するわ。





「これいつの雑誌だ?マイちゃん髪なげーな。やっぱロングのがいいわ〜」
「青峰くんそんな古いの捨ててよ!」
「てめ、こらブス!マイちゃん捨てれるわけねーだろーが!」
「はぁ!?だれがブスなのよ!!」
「さ、さつきちゃん!どうどう!」
「桃井落ち着くのだよ!」




ロッカーの奥深くから出て来るグラビア雑誌を読み返す青峰にさつきちゃんがキレた。あまり聞いたことない彼女の怒鳴り声に思わず恐怖を感じてしまった。意外と怖い。

そんな隣では紫原がずるりとロッカーの中からしわくちゃになったシャツを取り出した。
本当に見たくない光景である。




「あららー?シャツが出てきた〜」
「…おい!それはオレのシャツなのだよ!」
「ありー、そうだっけー?」
「どこにやったかと思えばお前が持っていたのか!いつ持ってったのだよ!」
「ん〜〜………覚えてない」
「貴様…!!シミだらけなのだよ!!」
「ごめんて〜」
「その間延びした話し方をやめろ!」
「いやいやいや!ケンカはやめて!!」




どうやらシャツは紫原のではなく緑間のだったらしい。白いシャツにはおそらくお菓子の油だろう、シミがべっとりと着いている。
顔を歪ませた緑間が紫原の胸ぐらを掴むのを見て慌てて二人を引き剥がす。


密かに仲が良いのではないかと考えていたが、この二人はどうやら本当に相性が悪いらしい。ルーズで何事にも興味を示さない紫原と、何に対しても全力を尽くすド真面目の緑間だ。言ってしまえば真逆の人間、相容れぬ仲でしかない。


目に怒りをにじませる緑間をなだめれば小さく舌打ちをこぼし、自分のロッカーの掃除を再開させた。掃除ってこんな疲れるっけ?





苛立ちを見せるさつきちゃんをなだめながら青峰のロッカーの掃除を手伝う黒子はマスクにビニール手袋をし、防菌対策が完璧である。

そんなわたしは紫原のロッカーから溢れ出て来るゴミをゴミ袋に詰める。
なぜここまで放置したのか本当にわからない。ここまで赤司くんが怒らなかった理由もわからないけど。

私の隣では緑間が怪訝そうにその様子を見ていて、ちらりと彼のロッカーをのぞいてみれば、それはそれは綺麗に整頓されていた。

いやまあ、いつかみたあの踊る花とか狸の信楽焼きが並んでたのは見なかったことにしよう。





「緑間のロッカーはピカピカだね」
「ふん、当たり前なのだよ。むしろ借りた場所をなぜここまで汚せるのかが理解できん」
「ミドチン小姑みたい〜」
「当たり前のことなのだよ!」
「はいはい紫原からかわない!」





再び掴みかかりそうになった緑間を鎮めて紫原の頭を叩く。「へいへい」とダルそうにロッカーに向き合った彼はきっとなにも気にしてない。本当に紫原はネジがゆるいと思う。

赤司くん早く戻ってこないかな、そう思ったけどそれはそれで取り返しのつかないことになりそうなため死ぬ気で掃除をした。















「まあこんなもんだろ!」
「もう!青峰くんのせいですっかり暗くなっちゃった!カフェいきたかったのにー!」
「オレだけのせいじゃねーだろ」
「あ〜腹減ったな〜」
「ボクもムダにお腹すきました…」
「ちょっと紫原!掃除したとこで食うな!!」
「早く帰るのだよ」






いつ赤司くんが現れるかという恐怖に怯えながら作業を進めること2時間。
掃除が終わった頃にはもうすっかり日が落ち、あたりは暗くなっていた。
つまりわたしとさつきちゃんの放課後デートの夢はあっけなく散っていった。つらい。

片付け一つでここまで手間取らせるとは、さすがだ。この人らやっぱ頭がおかしい。
欠伸をしながら疲れ切った身体で伸びをすればロッカー室の扉が開き、赤い髪をした彼が相変わらずの凛とした姿で立っていた。



「どうやら掃除は終わったようだな。お疲れ様、柴田に桃井」




そう柔らかく笑う彼の表情に思わずさつきちゃんと顔を見合わせて眉を下げる。
忙しい赤司くんの仕事を一つ片付けられたと思えばこんな疲弊もどうってことない、きっとさつきちゃんも思っていることは同じだろう。「赤司、もう終わったのか?」後ろから顔をのぞかせながら問う青峰に、赤司くんは口角を上げたまま頷いた。




「じゃ、腹減ったしマジバいこーぜ」
「青峰くんシェイク奢ってくださいね」
「わたしもだよ!本当だったら今頃ゆうちゃんとカフェだったんだからね?」




赤司くんに一声かけ、出口に向かっていく青峰のうしろを小動物のような二人が追っていく。




「じゃ、わたしは紫原にマジパイでも買ってもーらおっと」
「手伝ってもらったし今日はいーよー」
「……珍しく素直だね、緑間は?」
「時間があるから行ってやろう」
「おお、いーね!いこいこ!」
「押すのをやめるのだよ」
「お前たち、あまり遅くなるなよ」






みんなでわいわいと歩き出せば後ろにいた赤司くんの言葉を全員が振り返る。
「…どうした?」目を瞬かせてわたしたちを見る赤司くん。…なるほど。

赤司くんは寄り道と言うものにはあまり縁がないんだった。微かに目を丸くする赤司くんの腕を引いて歩き出せば、さつきちゃんはそんな彼の背中を押して歩く。

どんな偉いとこの御子息だろうがわたしたちには関係ない。楽しいとこがあれば一緒に行きたいし、一緒に笑いたい。





「赤司くん、テツくんがいつも飲んでるバニラシェイクがおいしいんだよ!」
「マジパイって言うパイも美味しいよ。チョコといちごとー、あとは期間限定で桜味がでてたかな」
「えーいま桜味あんの〜?おいしいかな〜」
「シェイクはチョコもあります。あとは期間限定だったらさくらんぼがありますよ」
「赤司がハンバーガーにかぶりついてるとことか想像できねーな」
「そんな下品な食べ方はしないのだよ」





ぺらぺらとくっちゃべる私たちの話を黙って聞いていた赤司くんの顔を伺えば、わたしたちの考えを察したのか小さく微笑みを浮かべていた。

いつもわたしたちを引っ張ってくれる頼れる彼はプライベートでは必ず一歩引いて、私たちと同じ位置に立とうとすることがあまりない。
だけど歩み寄れば必ず答えてくれることはわかっているし、そうすることで普段大人びた表情をする彼の顔が微かにでも、柔らかく微笑むのをわたしは知っている。

きっと、赤司くんには無理やりくらいがちょうどいい。後が怖いこともあるけど。


赤司くんの腕を引いていたわたしの手は、気づいたら赤司くんによって解かれていた。




「…あ、ごめんね、触りすぎた」
「いや、こっちの方がいい」
「え、」







気を悪くしてしまったか、慌てて振り返ればそこにいたのは相変わらず綺麗に微笑む彼。

いかんいかん、赤司くんにベタベタ触るなんて恐れ多い。無意識とはいえ気をつけよう。

そう思えば手のひらに何かが触れる。







「あ、あの」
「どうした?」









どうした、って。


目を丸くして自分の手と赤司くんの手に視線を行き来させればいつもの余裕そうな表情を浮かべる。……どういう事だろうか。






手に触れるその感触が、彼の細くてしっかりとした掌によるものだと理解をするのにはそう時間はかからなかった。
















あきゅろす。
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