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無くしたもの
34 なにが大切か





「わっせっ、わっせっ」
「………」
「く、ろ、こ、が、ん、ば、れー」
「あの、ちょっとっ、黙って、もらえますかっ!おえっ」
「え、ちょっ、うわあああ」







さて、終業式が終わり教室でしんみりと一年の振り返りをしたのがまだ記憶に新しい。が、悲しいかな、もう翌日には朝から晩まで毎日バスケ部は活動し始めていた。


寒さもすっかり和らいで絶好のロードワーク日和である。やはり足腰を鍛えて体力をつけるには走るのが手っ取り早い。
そう考えてトレーニングに早速取り入れた訳だ。主将の虹村先輩、副主将の赤司くんを筆頭にその他の部員もなんとか続いていく。
最後尾には、顔を曇らせながら走る黒子の隣に位置するわたし。


黒子の体力は並以下だ。平然と先を行く彼らの体力には到底遠い。
ロードワークも回数を重ねれば次第に慣れていくものだが、やはり彼にはまだ身体が着いていかないようだ。なんとか身体を動かしているという状態の黒子は、走りながら顔を真っ青にして口元を手で覆った。














「お疲れ様、はいドリンク」
「ど、どうも、ありがとう、ございます」
「無理に話さなくていいよ、休んで」





ロードワーク終了後、体育館には床に転がる無数の屍。ふむ、中々きついらしい。
なんとか一命を取り止めた黒子ももちろん床に転がっている。

さつきちゃんが学校に残って作ってくれていたドリンクを全員に渡していけば、それはそれはもうあっという間に彼らの胃の中に吸い込まれていった。ただでさえ天使のさつきちゃんはもうみんなからしたら女神だろう。
そんなわたしはきっと悪魔でしかないとおもう。悲しい。






「おーいテツ、大丈夫かよ?」
「あれ、青峰元気そうだね」
「……青峰くん…元気なんですか…?」
「元気ではねーよ、ま、テツよりは体力あるしな」





ぴくりとも動かない黒子を気にかけて四つん這いになった青峰が彼の側により、声をかける。さすがは入学当初から一軍に昇格しただけあって、カラフルな頭をした彼らや他の一軍の先輩たちも思ったほどの疲れは感じていないようだ。逞しいものである。

汗だくになりながら「てか、」とわたしに視線を送ってくる青峰に首をかしげる。




「お前体力ガンガンあるじゃねーか」
「…一緒にやってるうちにわたしも体力ついたのかも、前はさすがにここまでできなかったし。」
「ハッ、かわいくねー女だな」
「あ、キミは明日からロードワーク追加ね」
「悪かった、ほんとオレが悪かった許せ」




頬を引きつらせて許しを乞う青峰に「冗談だよ」と口角を上げれば「冗談に聞こえねーよ」と口を尖らせた。ほう、元気ですね。


たしかに、ここ数日彼らのロードワークに着いて行ってるから(何かあった時のケアの為)自然と自分も体力もUPしていたらしい。

ここ最近はもうすっかり業務にも身体が慣れたし、家に帰ってからだって机に向かっても耐えられなくなるほどの眠気は襲ってこない。それに、おかげさまで身体が引き締まった気もするし。非常にありがたいことだ。

そのまましばらく休憩に入ればそれまでずっと微動だにしなかった黒子がやっと顔を上げた。生きててよかったよ。





「生きた心地がしなかったです」
「だよね、なんかごめんね」
「いえ、これで体力が付くなら本望です」
「脚出して、マッサージするから」
「…はい」



血色の良くなった彼の顔に安心してほっと吐息を漏らせば眉を下げて微笑んだ。
あらかじめ体育館の隅に用意していたマットを適当にひき、その上に黒子を転がす。

「お願いします」と律儀に言う黒子の脚を触れば軽く痙攣を起こしているようだった。
…体力をつけるためといえど、黒子のビジュアルだと虐めてる気がしてならない。
か弱い小動物みたいな。
思わず緩む口角を引き締めながらマッサージを続ければ、彼の身体もリラックスしているのか力が抜けてきた。





「大分楽になります、すごいですね」
「そりゃよかった、楽にならなきゃわたしがいる意味ないしね」
「柴田さんは疲れてないですか?」
「まあ大丈夫かな、最近は他のマネージャーにもマッサージのやり方は教えてるし。さつきちゃんもいるし、新入生も入ればもっとみんなの身体支えられるようになるよ」




そういえば彼はわたしに身体を預けたまま「そうですね」とぽつりと呟いた。


マネージャーは多ければ多いほど回転が良くなるから助かる。本来わたしが任されてるのは一軍のケアだけど、さすがに一人ではとんでもなく時間もかかるし。
それにさつきちゃんにマッサージを覚えてもらえば、黒子とボディタッチをすることになる。つまりより親密になるのではないか、という勝手な期待があるのだ。


それから10分程、彼の全身を軽くマッサージすればすっかりいつも通りの黒子に戻っていた。回復した黒子を練習に送り出す。


残りの一軍のケアはちまちまやっていこう、そう決め床に転がったマットに手を伸ばせばそのマットにこんがりと肌の焼けた男が座り込んだ。




「なに青峰」
「オレいつも後回しじゃねーか」



そう口を尖らせ私を見やる。どうしても優先順位は出ちゃうから、そう告げれば「ふーん」とそっぽを向く。
そんな彼に違和感を感じずにはいられなかった。動こうとしない彼の肩を掴んでマッサージをすればため息を一つこぼし、前を見る。

そういえば、例の彼女とはどうなったのだろうか。マネージャーという立ち位置にいる限りマッサージする上でのボディタッチは仕方がないが、彼女さんからしてみれば複雑な気持ちになりそうだ。練習を見に来てたりしないだろうか。

思わず辺りを見回せば、わたしの心中を察したかのように彼は口を開く。




「探してもいねーよ」
「あ、そうなの?」
「別れたし」
「あ、そうなの。……え?」




別れたの?まだ一カ月も経ってないけど。
付き合う期間が重要だとは全く言わないが、彼の様子からして何かあったのだろう。







「『わたしといるよりも柴田さんとか桃井さんといる時のが楽しそう』だとよ」
「え、まじか」





急に出てきた自分の名前に思わず言葉を漏らせばどうやら隠す気はないらしい。
わたしが問うよりも先に、彼は呆れたように笑いながら破局の理由について淡々と話し出した。



つまり、こういうことらしい。彼は第一にバスケあるいは友達、彼女は二の次、そういう優先順位ができている人間だ。


先輩の彼女もそれを承知に付き合いを求めたらしいが、理想と現実は違う。
ある日突然呼び出され、『桃井さんが、好きなの?それとも柴田さん?』と非常に訳のわからない質問をされた、と。


待て、何を言っている、と状況の理解できない青峰に彼女が言い放った言葉。
『わたしといるよりも柴田さんや桃井さんといるほうが楽しそう』らしい。







「ま、たしかに付き合って楽しいことなんてなかったしよ。お前らと馬鹿やってるほーが何万倍もたのしーわ」
「……人の恋路を邪魔しちゃってたのか…なんか申し訳ないな」





やっぱバスケがあればいーわ、そう歯を見せて笑う彼の表情は晴れ晴れとしたものだった。
どうやらさっきの表情は理不尽な理由でフられたことからきてたらしい、きっと話してすっきりとしたのだろう。


まあ、今はバスケが第一だろう。相変わらずのバスケ愛にふと笑みを漏らせば「それによ」と、指先でボールを回転させる彼は続けて口を開く。






「お前がいると彼女とかできねーわ」
「え」




どういう意味だ、と聞くよりも早く「サンキュ、楽になったわ」と一言言い残し、青峰がわたしの前から立ち上がる。







「緑間、1on1やろーぜ!」
「いいだろう、負かすのだよ」






そのままボールをドリブルさせて離れていく青峰の背中を見送れば、近くにいた緑間と1on1をやり始めた。




いくら考えても青峰の言葉の真意はわからなかったが、彼と一緒にいれる時間が増えたことに不謹慎にも喜んでしまう自分がいた。








あきゅろす。
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