[携帯モード] [URL送信]

無くしたもの
33 さよなら2組






普段制服を着崩している多くの生徒も今日はシャツのボタンを首まで閉め、壇上にて話をする校長先生の話に耳を傾ける。
今日は誰もが待ちに待った終業式なのである。


しかしそんなのもバスケ部の私たちには関係がない。終業式はあれどわたしたちはいつも通り、むしろいつもの倍、朝から夜までバスケ部は活動し放題というわけだ。
体力のないわたしからしたら相当な身体的苦痛である。



段々と春の陽気に包まれてきた今日、帝光中学校に入学してそろそろ一年が経とうとしている。


体育館に集められた生徒たちも初めこそ話を聞いていたものの、なかなか終わることのない先生の話に顔を俯かせる人が増えていた。
もちろんわたしも例外ではなく、小さくあくびを漏らせば目頭に涙がにじむ。

馴染んだ涙をカーディガンの袖で拭けば、斜め前の列に、頭一つ飛び出した見慣れた金髪の頭を見つける。黄瀬だ。
こういうのは名簿順だから、彼の後ろにいる生徒はさぞや視界が狭いことだろう。
まあ、寝たふりができると考えればそれもいいのではないかと1人頷いた。

飛びそうな意識の中、ざわざわと動き出した空気に目を開けばいつのまにか少しずつ生徒が出口に向かって歩き出していた。
ああ、終わったのか。
これから教室に戻ってまた話を聞くだけ。
せっかくだ、一年を共に過ごした彼らと雑談に花を咲かせるとしよう。













「一年あっという間だったね」
「そうですね、相変わらず柴田さんは寝てばっかりでした」
「いや、黒子も寝てたじゃん」
「ボクはバレてないからいいんです」
「ま、やっぱ一番寝てたのは紫原かな」
「えーそうー?しばちんがマネージャーになりたての時はほぼ毎時間寝てたじゃん」




担任の話が終わった後、何個かの机をくっつけその上に三人で持ち寄った大量のお菓子を広げる。
思い思いに手を伸ばし、口に放り込んでいけば会話も自然と弾み始めた。






「結局柴田さんはずっとボクの隣の席でしたね。おかげで毎日疲れました」
「先生席替えしなかったしね。紫原は席替えしても後ろの席に回されちゃうよねー」
「ん〜たくさん寝れたしいいかな〜」
「わたしばっかり毎回起こされてた」
「いいじゃないですか、いないものとして扱われるよりは」
「黒ちんにそんなこと言われたらもうなんともいえないねー。ほら、グミ食べな〜」
「ごめんね黒子、ほら、貝ひもたべな」





紫原と二人して黒子の口にお菓子を押し込めば「甘いのとしょっぱいの一緒にしないでください」と呆れたように言われた。
善意だよ、と笑ってグミを口に入れれば「オレも〜」と紫原が口を開ける。
適当に口の中に放ってやればそれはそれは美味しそうに咀嚼をした。





「オレ一緒にいて思ったんだけど、しばちんは地味にみえてコミュ力高いよねー」
「それ、ボクも思います」
「へ?そんなことないでしょ」





いや、わたし友達少ないし。
そうポテチに手を伸ばして呟けば「いや、そうじゃなくてさー」と伸ばした手にグミを握らされる。わたしが欲しいのはポテチだ。





「黒子がいたからみんなと話すようになったんじゃなかったっけ」
「…そうでしたっけ?」
「しばちんと初めて話したのいつだっけー」
「……いつだろ?」





誰一人思い出せないとはどういうことなのだろうか。三人揃ってお菓子をつまむ手が止まり、各々頭に考えを巡らせる。
…ん、わからない。誤魔化すように手に乗ったグミを口に放り込めばほんのりとした甘さが口の中に広がった。
考えこんでいた様子の黒子も口の端を小さく吊り上げ、わたしをみて口を開く。






「なんか、気づいたら一緒にいましたからね。ボクも、紫原くんも」
「…ん、覚えてないね。それだけ自然的な流れだったのかね」
「気づいたらしばちんがさっちんと峰ちんと仲良くなっててー、赤チンともミドチンとも一緒にいるようになってたんだよね〜」






そう話す彼らの顔があまりにも昔を懐かしむようで、ふとわたしの頬も緩んでしまった。

うん、気づいたら多くの時間を彼らと過ごすようになっていた。
黒子と出会って、青峰とさつきちゃんと出会った。紫原に緑間に赤司くんも。


それに、ここにはいないけれどいつも優しく接してくれる黄瀬とも。


気づいたら、青峰と一緒に緑間や黒子にイタズラを仕掛けるようになって、部活帰りにみんなで買い食いもして、みんなの支えになりたいと思うようになっていた。





「マネージャーになってよかったなー」
「え」
「どーしたのしばちん」
「いひゃい」




ぽつり、静かに呟けば普段無表情の黒子は目を丸くしわたしを見る。紫原にいたっては
わたしの頬を引っ張る始末。
え、そんな変なこと言った?






「ま、初めは正直やる気なんて毛頭なかったし断るつもりだったけど。わたしにもわたしの意地があるからね」
「…意地ってなんですか?」
「まあまあ、とにかくわたしは監督と約束したからさ。ここまできた以上途中で放り出すようなこともしないし、きみたちのバスケ人生をしっかりと見届けようと思ってるよ」
「約束ってなんなのー?」
「それは内緒」




ふふん、胸を張ってドヤ顔をしてやれば「胸…ない…」と紫原に呟かれた。余計なとこばっか見てんじゃないよ。
紫原も黒子も首を傾げていたが、それはきっと言葉では伝えきれないだろう。
これから行動で証明するものだ。





「柴田さんと桃井さんがいれば、もうバスケ部は本当に無敵ですね」
「濃い部員ばっかりだし、わたしがいなくても無敵だとは思うけど」
「赤ちんがいる時点で無双だよねー」
「間違いない」




あの赤司くんがいる限りは無双、たしかに。

三人揃ってうんうんと頷けばかすかに流れる春の香りに穏やかな気持ちになった。

「眠くなってきたー」机に顔を伏せて背中を丸める紫原の紫色の頭がなぜか無性に恋しくなって、頭に手を伸ばせばさらさらと指通りのいい細い髪が指を通る。
そのままその感触を楽しんでいれば「ねえ」と彼が腕の隙間から顔を覗かせる。





「2年になっても、一緒に飯くおーねー」
「うん、みんなで食べよーね」
「…ま、今はみんなでいーや」
「ボクのこともちゃんと誘ってくださいね」
「んー、仕方ないからいーよ」




もぞもぞと身をよじる紫原に思わず黒子と目を合わせて微笑みを浮かべる。
仲良しこよしじゃない、と緑間は言っていたけども。これはどっからみても仲がいいとしか言えないんじゃないだろうか。



かすかに聞こえてきた紫原の寝息に再び口角を上げれば、黒子がわたしの頭に手を伸ばす。

ふわりと優しく頭を撫でられたことに目を瞬かせれば、「ボクはあまり撫でたことなかったので」と綺麗な顔で微笑まれた。
慣れないその感触に、思わず顔に熱が集まるのを感じる。







「新学期もよろしくお願いします」
「こちらこそ」








さて、2年はどんな毎日になるだろうか。










あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!