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無くしたもの
31 スルースキル






「柴田さん、今日日直じゃないですか?」




だんだんと冬の厳しい寒さも薄らぎつつある今日この頃、朝練を終えていつものように欠伸をこぼしながら席に着けばわたしより先に席に座って読書をしていた黒子に声をかけられた。




「あららほんとだ。日誌取りに行かないと」
「今ならまだ間に合いますね」
「うん、ありがと。行ってくる」
「お気をつけて」





日直になった人は授業が始まるまでに職員室まで日誌を取りに行かなければならないというなかなか面倒な仕事から1日が始まる。

教室にくるときについでに寄ってこればよかった、なんてため息をこぼしながら席を立てば母親のような黒子のセリフにふと笑いがこぼれた。












「失礼します、1年2組柴田ゆうです。中村先生はいらっしゃいますでしょうか」
「ああ、奥にいるよ。入って」
「失礼します。……あれ、黄瀬だ」
「あ、柴田っち!」
「聞いとるんか黄瀬!」






職員室について扉をノックし、おきまりの挨拶をつらつらと述べる。
教師の声を聞いて職員室に足を踏み入れ担任の中村先生を探せばそれよりも先に派手な金髪が視界に入ってくる。黄瀬だ。

思わず彼の名前をぽつりと呟けばどんな耳をしているのか、彼には聞こえていたらしい。
まるで飼い主を見つけた犬のように満面の笑みを浮かべた彼がこちらを向いた。

先生にどやされてはいるものの、本人は何の気にもとめていないようだ。
そんな彼を一瞥して中村先生から日誌を受け取れば「聞いてるっスよ!」と軽く先生を流した黄瀬がわたしの元に駆け寄ってくる。





「柴田っち!今日日直っスか?」
「そうだったみたい。じゃあ、失礼します」
「おお、あとはよろしくな」



ひらひらと手を振る中村先生に背を向けて、黄瀬と二人で職員室を後にする。
廊下を歩けば彼の手には数枚のプリントが握られていることに気がついた。
自然とそれに目を向けていれば ああ、とわたしの視線に気づいた彼はそのプリントを広げてみせた。





「モデルの仕事で出れなかった授業の分のプリントっスよ。これ出せば単位くれるらしーんで」
「中々量が多くない?」
「ま、やらないで済んだらそれほど助かることもないんスけど。やるしかないっスね」






…ほお、やっぱり彼はなかなか真面目な少年である。 黄瀬の言葉に思わず感動していると前方から向かって歩いてきた女の子の肩がぶつかりバランスを崩す。


うわ、体制を立て直すよりも早く、隣にいる彼の腕が伸びてきて体を支えてくれる。
そんな一瞬の出来事にも反応できる彼の反射神経たるや。つくづくすごいと思う。





「大丈夫っスか?」
「ごめんごめん、大丈夫だから」
「…いまの絶対わざとっスよ、わざわざこっち詰めて歩いてきやがって」




私に目もくれず歩いていく彼女たちの背中を睨みつけながら言う黄瀬はわたしでも息を飲んでしまうほど鋭い目をしていた。

彼は認めた人物には本当に驚くほど懐くし、愛嬌もあれば心遣いもできる。
だけどその反面、尊敬するに値しない人物はバッサリと切り捨ててしまう、そんな冷たさを持っている。
こういう人間こそ、怒らせたら怖い。




「まあまあ、怪我もなかったし」
「それはオレが隣にいたからっスよ」
「ほら、授業始まっちゃうから行こ」
「……」



納得がいかない、そう表情で示す彼の腕を引けば大人しく足を進める。
まあ、たしかに黄瀬がいなきゃ転んでたかもしれないけど。それくらいぶつかりかたが豪快だった。
最近は黄瀬のファンの子も、わたしのことなんて眼中にないみたいだったけど。
また熱が再発したのだろうか。





「また黄瀬くんに戻ったのかな?」
「この前は赤司様と歩いてたよ」
「彼女いるの知ってるくせに青峰くんといちゃいちゃしてたんじゃないの?」





黄瀬の手を引いてあるいていれば、その光景に女の子達がぽつぽつと呟き出す。
なんにでも色恋沙汰の繋げてしまうあたり、やっぱり女の子は面倒だと思ってしまう。

この子たちは彼らが誰かと仲良くするたびにそんなことを思うのだろうか。
そんなことを気にしていたら彼らは誰とも仲良くできなくなる。
しかし、今はそれより怖いのは黄瀬だ。
1人でいるときにならなんと言われても構わない。が、今は黄瀬がいる。
わたしに聞こえるこの呟きが、彼に届いてないことなんて絶対にないのに。





「柴田っち」
「ん?」
「柴田っちのことだから、どうせ大丈夫とか言うんスよね」
「大丈夫なんスよね〜それが」
「ぶっ、似てないっスよ!」
「え」
「ちょっともっかい」
「そう言われるとやり辛い」




彼の怒りがいつ爆発するのかとハラハラしたのも束の間、後ろを歩いてる黄瀬を見ればゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。そんな爆笑するほど面白くなかっただろ今の。


女の子の呟きを振り切ってそのまま手を引いて彼の教室の前で足を止めれば腹を抱えて笑っていた彼も立ち止まる。
じっと顔を見れば「なんスか?」とわたしを見下ろす。




「ごめん正直ブチ切れて暴れるかと思った」
「やっぱり?」





「いや、ぶっちゃけめっちゃ頭にきてたっス!」舌をペロッと出しながらきらりとウインクを決めてくる彼はセリフと表情が全く一致していない。
なんだ、情緒不安定なのかな。





「まあオレが何か言っても変にダメージ受けるのは柴田っちなワケだし!ああいうめんどくさい作り話はスルーっスね!」
「そうそう、スルーだよ。私が笑顔なうちは黄瀬も笑顔でいてね」
「柴田っちかっこいいっス」
「黄瀬我慢強くなったんだねえらいえらい」
「おお、子供扱いっスね」
「犬」
「ペットだと…」













どうやら黄瀬くんはスルースキルを身につけることができたらしい。



そんな彼がバスケ部に入るまであともう少し。







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