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無くしたもの
30 帰って来る場所





「ねえねえ」
「なんなのだよ」
「暇じゃない?」
「…お前にはオレが暇そうに見えるのか?」





そんな睨まないで、真ちゃん。そうへらりと笑顔を見せれば開いていた小説をパタンと閉じ、彼はわたしの顔を凝視する。




「なぜオレのクラスにいるのだよ」




ただいま午後一時すぎ。
本日は3年生にとって大切な面談がある日のため、1年2年は午前授業で終わりなのである。おまけに部活は3時からだし、まだ時間があるわけだ。
怪訝そうにわたしを見る彼にそう言えば そんな事はわかっている、と眉をひそめた。




「廊下歩いてたら緑間が見えたから」
「オレの今日のおは朝占いのランキングは1位だったはずなのだよ」
「何が言いたいのかな」
「そのままの意味だ」
「あれ、そういえば青峰は?」
「あいつならついさっき三年生の先輩から呼び出しをされて出て行ったのだよ」
「…ついに青峰ボコられるの?」
「残念だが呼び出したのは女だ」
「え」



女の人からの呼び出しだと?
思わず口を開けたままフリーズしてしまった。つまり呼び出しって言うのはアレか、女の人からの呼び出しってアレしかないよね。




「…告白か」




ぽつりと呟いたわたしの言葉に目を丸くする緑間。なんのことだ、と小説を眺めながら言う彼は興味があるのかないのか。
て言うか気付いてなかったんかい。





「緑間くんや」
「…なんだ」
「女の人、美人だった?」
「お前の美人の定義がわからんが、一般的に考えればそうなのかもしれないのだよ」
「胸大きかった?」
「…興味がないのだよ」




そうメガネのブリッジを細い指でクイっと上げる彼の動作に品の良さがうかがえる。
たしかに緑間が巨乳が大好きキャラだったらいろいろやばい気がする。
インテリ巨乳キャラ。ただでさえおは朝信者なのに。

まあしかし、バスケで圧倒的な力を持つ彼らも立派な中学生の男の子だ。それにキセキの世代とやらは女の子からの支持も大きいし。

女の子に告白されるなんて珍しいことでもないだろう。ぼんやりと考えながら緑間が眺める小説に同じように目を向ける。
黒子もよく本を読んでるけど、彼も本の虫だったか。




「緑間は彼女とか作りたいと思ったことないの?」



ふと、さりげない疑問を目の前にいる彼にぶつけてみれば少しの間をおいて口を開く。




「そんなものは必要ない。オレにはそんな存在に割ける時間はないのだよ」
「なるほど、たしかに。好きなタイプは?」
「……歳上なのだよ」
「緑間から歳上って聞くと、アレだね」



一瞬熟女好きなのかと思ってしまった。


自分の間違いに思わず口が緩んでしまうのを感じて口を手で覆い隠した。
何が可笑しい、とわたしを見た彼に凄まれてしまった。あれ、バレたか。


はは、と乾いた笑いを漏らせば呆れたようにため息をついた彼がわたしの背後に視線を向ける。よう、と言う聞き慣れた声に振り返ればそこには先ほど会話に出てきた人物、青峰が立っていた。





「お、おかえりモテ男さん」
「あ?…なんで知ってんだよ」



緑間の机の横にどこの誰のかわからないイスを引いて用意すれば青峰はそれを座れ、と解釈したのか仏頂面で腰を下ろした。
「ああ、緑間が言ったのか」と緑間を見る青峰の顔はいささか曇りがあるように見える。



そんな彼の表情に どうしたの、と思わず声をかければため息を一つ吐き、緑間の机に肩肘をついたかと思えば頬杖をつく。
緑間は相変わらず目の前の小説の文字を追っていた。





「付き合うことになった」
「まじか」




その青峰の言葉にわたしはもちろん、緑間でさえも驚きで目を瞬かせ青峰を見ていた。
まさか承諾するとは。

彼は背も高ければ顔の作りだってそれはたしかに男前だと言われる類のものだとは思うが、まあちょっと黒いけど。
これまで彼女という存在が欲しいと聞いたことなんか一度もなかった。

だって自他共に認めるバスケ馬鹿だし。巨乳好きだけど、まさかそれだけで付き合うと決めたわけではあるまい。
不思議そうに視線を送るわたしと緑間に彼は「いい加減その顔やめろ」と眉をひそめた。





「別に深い意味はねーよ」
「…それはそれで」
「ばーか、先輩が言ったんだよ。いまは好きじゃなくてもいいから試しに付き合って欲しいって。」
「そんな中途半端な気持ちで長続きするものではないだろう」

「オレだってバスケが大事だし、ダチを優先するって言ったっつの。それでもいいって言うからよ。まあ、長続きしなけりゃそんときゃそんときだろ」





そうため息を吐く彼は心底めんどくさそうである。…まあ、そりゃあね、だって中学生だし。ついこないだまで小学生やってたような一年生を彼氏にしたいと思う先輩も中々変わっているのかもしれない。
見た目こそ確かにずば抜けて大人っぽいが、それでも中身はまだまだ子供だ。さつきちゃんほど彼と長く過ごしているわけじゃないけど、一緒にいればそれも実感できる。




「そっか。じゃあ青峰とは部活でしか会えなくなっちゃうのかなー」
「なんでだよ」
「だって帰りも一緒に帰って買い食いしたり、お昼だって一緒に食べれないじゃん」
「は?別に一緒に食えばよくね?」
「いやあ、彼女さんに申し訳ないし」
「……めんどくせーのな、付き合うって」





わたしがポツリと漏らした言葉に顔を上げて
眉をひそめる彼は、付き合うということに本当に無頓着だったらしい。
きっと彼女さんは部活終わりの彼と一緒に帰ったり、手作りの弁当を作って食べさせあったり、きっとそんな事を望んでるに違いない。

そう考えると彼と過ごす時間も減ってしまうんだろうな。なんだか寂しさを感じずにはいられなかったけど、わたしは青峰の彼女でも彼に特別な感情を抱いてるわけではないから。ここで寂しいと言うのは彼にとっても彼女さんにとっても、良いことではない。


一向に晴れない表情の彼にポッケに忍ばせていた飴を渡せば小さくお礼を述べてそれを口に放り込んだ。
無理だけはしてくれるなよ、少年。そう笑って伝えれば彼はわずかに口の端を吊り上げわたしの頭をわしゃわしゃと掻き乱す。


こら、と青峰の手を掴んだところで「大輝」と高い女の人の声が私たちしかいない教室に響く。びくりと肩を揺らして振り返ればそのには大人びた女の人がいて、青峰の顔を見ればそれが先程話していた例の「彼女」だと、わたしも緑間も容易に理解できた。


パッと慌てて青峰の手を離せば彼はそのまま教室の出入り口に立つ彼女の元に向かう。
わずかに聞こえてくる会話に、青峰が敬語を使っていることを知って驚いてしまった。
まあそれも黄瀬みたいな砕けたかんじだけども。




「情けない顔をするな」
「え」
「鏡が必要か?」
「……わたしそんな顔してた?」



ふん、と鼻を鳴らす彼の言葉に おかしいねと口角を上げれば「いつに増してアホ面なのだよ」とさっきまで読み込んでいた小説で頭を軽く叩かれる。本好きらしからぬ行為である。頭に置かれた小説を手にとってペラペラと頁をめくれば難しそうな単語ばかりが目に入り、そっと静かに本を閉じた。

彼の呆れを持ったけど優しい眼差しに思わず目線を逸らしてしまう。




「ここでわたしが寂しいと言うのは違うなあと」
「…そうだな、お前は青峰と付き合っているわけでもない」
「きっと青峰じゃなくて、黒子でも紫原でも赤司くんでも、もちろん緑間でも同じような気持ちになっちゃうんだろうな」
「…一時的な勝手な感情なのだよ。オレたちは仲良しこよしで一緒にいるわけじゃない。バスケがなければ話すこともないだろう。たまたま一緒にいるだけなのだよ」





…いや、仲良しにしか見えないけど。
発している言葉こそ鋭さを持つが、真っ直ぐにわたしをみる彼の瞳の柔らかさに思わず頬が緩んでしまう。

教室の出入り口で先輩と話をする青峰にちらりと視線を向ければ、困ったように眉を下げて笑顔を浮かべていた。
それでも表情は先ほどよりも柔らかくなっていたことにホッと安心感を抱いた。





「ひとつ変われば周りの世界もあっという間に変わっていくのだよ。最初こそ思うことはあるだろうが、慣れれば何ら問題はない」
「慣れないなあ。わたし知らない間にみんなといるのが当たり前になって、これからもそうだと思っちゃってるから」
「いずれはバラバラになるのだよ」





中学一年生とは思えない緑間の発言に、思わず眉が下がってしまう。
そんな顔をして何を言っているのか。





「みんなバラバラになっても帰ってくるのは結局ここだと思うよ。ていうか絶対そうだと思う。青峰も黒子も紫原も赤司くんも緑間もさつきちゃんも、みんな個性バラッバラで何かひとつ道が逸れればすぐ壊れると思うけど。結局なにがあっても、苦楽を共にする仲間っていうのは簡単に切り捨てられないよ。だからー、あ、」




むぐ、思わず口を手で覆う。
なんでこんなことを話しているのだろうか。口うるさいと思われないように、彼らに自分の考えを押し付けることだけはしまいと心に決めていたのだが。
ごめん、と彼の目の前の顔を見る。静かに目を伏せたかと思えば再び小説を手に取り、ページをめくっていった。





「ならば、お前が帰ってくるべきもオレたちの場所なのだよ」
「え」



いま、なんと。予想してなかった彼からの言葉に思わず素っ頓狂な声を漏らせば眉を寄せた緑間の顔と向き合うことになった。




「違うのか」
「…あ、えと」




なんだか最近、デレが多くないか。

得体の知れない気恥ずかしさに思わず目を泳がせれば、視界の隅で静かに彼の口角が上がるの感じた。
それも、次に彼の顔を見たときにはすでにいつものポーカーフェイスに戻っていたが。




「しーんーちゃーんっ」
「…やめろ」





妙に余裕を見せる緑間に言いようのない恥ずかしさを感じる。
それを紛らわすために彼の頭に手を伸ばし髪をわしゃわしゃと掻き乱せばこれまた余裕そうに一言。
それでもわたしの手を振り払おうとしないところを見ると、嫌ではないのかなと自惚れてしまう。うん、いい子だよ真ちゃん。









「なにやら楽しそうですね」







相変わらず急に現れた黒子に二人して肩を揺らせばまた妙な空気になった。













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