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無くしたもの
03 黄瀬が好き







いつものように生物室にて冷えた水に手をつける。ここに入室することを引き換えに、わたしはこの教室で飼われているミドリガメの亀蔵の世話を先生に任されている。
生物部は幽霊部員のため、ほとんど機能していないらしい。このカメ、亀蔵も今までよく生きてきたなと思う。ふう、もう辺りも暗くなってしまった。カバンを持って廊下に出れば冷えた空気が身体に触れた。





いくら水が冷たいからと言って、汚れた手を清潔にするために手を洗うのはもちろん避けることのできぬ行為である。
ふつう冬場であれば温水を使用するところだが、待てど暮らせど指先が凍ってしまうような冷水しか出てこなかった。
いやはや、寒すぎである。水に触れ酷く冷え切った手をさする。やばいよ感覚ない、死んじゃったんじゃないのわたしの両手。真っ赤に染まった両手を顔の前にかざしじっと見つめ足を進める。

次に目に入ったのは、指の間から微かに覗く綺麗な金色の髪。あの髪は、







「黄瀬」
「うおっびびったっ!柴田っち!」
「何やってるの?こんな所いたら風邪ひくよ」






そう言えば白い息を吐き笑う黄瀬涼太、さすがモデル。感心してしまう程整った顔で笑いかけられるとファンで無くとも微かにときめいてしまう。ああ、かわいいなちくしょう。






「どーせ柴田っちいるんだろーなっておもったんス。寒いじゃん?一緒に肉まんでも食べて帰らないスか?」
「おお、いいね。たまにはいいこと言う。」
「たまにはってなんスか!」
「きゃんきゃん言わないの」
「いつから俺の扱いは犬になったんスか」





そう言い反論しつつもわたしをみる黄瀬は可愛らしい犬のようでただただ頬が緩む。うーん、これはモテるわけだなあ。






「待っててくれたんだよね」
「うん」
「寒かったでしょ?」
「うん」
「ごめんね」
「うん」
「コンビニ行こうか」
「…うん」






そう言い黄瀬の横を歩き出せば腕を引かれ立ち止まる。ちょうど階段を下りるところで身体は止められてしまった。危ない、ここ地味に凍ってるんだから転んで滑ったらところどころやらかしてしまう。どうした、と視線を黄瀬に向ける。





「…黄瀬?」
「ん?」
「どうしたの?」
「立たせてほしいっス」
「え」





黄瀬を見てそう言えば、立たせてほしい。とわたしに笑顔を向けながら言う。…立たせてほしい?ほわっつ?






「今日の体育きつかったんスよ〜」
「ああ、サッカーやってたね」
「だから一回座っちゃったら立てない」
「ここに居る?」
「えええまさかの置いてくパターンっスか」






なんだこの甘えたは。その顔でそんなことをするのか。相当タチが悪い。そんなことを思いながら手首に握られた黄瀬の手をとる。つめた。








「…黄瀬、いつから待ってたの?」
「どれだけだったかなー」
「手、冷たい。教室で待っててくれたら」
「締め切られちゃってて」
「…コンビニはいつでも行ける、ごめんね」








手に取った黄瀬の手は驚くほどに冷え切っていた。黄瀬の事だから汗をかいている身体でずっとここに居たのだろう、風邪をひいても仕方ない。つくづく無理をしてくれる。それでも、待っていてくれたという事実が嬉しい、頬が緩んでしまうのをおさえる。








「だって、今日柴田っちと行きたかったんスもん。会いたいって思ったら会いたいよ」
「天然タラシ」
「えええっ」
「ごめんね、ありがとう、行こう」







ふてくされたような顔をする黄瀬の両手を握ってそう言えば、確かに握り返してくれる。きっと私の顔は赤いだろう、なんだか少し恥ずかしくてうつむく。力を入れて腕を引けば黄瀬はよいしょ、と身体を起こした。私の力がなくても立てただろ、それ。







「てか!柴田っちの手が冷たい!」
「あー水触ったからね」
「…お互い冷たいっスね〜」
「いやー残念だね、暖かいと思った?」
「まあここは、柴田っちの手…暖かい…とか言うきゅんポイントっスよね」
「さいですか」
「ふは、興味なさげ」









そんな談笑をしつつ肩を並べて歩く。私たちは決して付き合ってるわけでもないし、お互い恋愛感情というものは無い。黄瀬は私にとってなんかよくわからないけど落ち着く存在。きっと黄瀬からしても同じような感覚だろう。繋いだ手はまだ冷たい。









(ジャンケンしよう)
(なんでジャンケンなんスか?)
(負けたほうが真冬にアイス)
(受けて立つっス!)




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