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無くしたもの
29 ただの不良じゃない






「…………げっ」
「あ?ヤんぞ」
「……え…すみません…」






移動教室の授業を終え廊下を歩いていればちょうどよく現れた自動販売機が目に入った。そういえば喉が渇いたな、スカートのポッケに小銭が入っているのを確認して自販機まで足をのばす。


何を飲もうか、まだどことなく寒いことだし緑間がバカみたいに飲んでるお汁粉を買ってみようかそれとも王道のコーンスープにしようか。小銭を投入して悩んでいれば後ろから伸びてきた指が炭酸ジュースのボタンを押す。
うそだろ、誰だよそんなことする奴は。眉をひそめて振り返ればそこにいたのは以前赤司くんと対立していた灰色の髪をしたヤンキー。とんでもない奴にあってしまった。

思わず漏らした言葉にぴくりとわかりやすく目を細めた彼はでてきたジュースを屈んで取り出す。それわたしのお金なんですけど。
そう言いかけたが凄まれたため口を閉じた。





「……えと…失礼します」
「逃げんなよ」
「ぐえっ」





ごくりと喉を鳴らして水分を取る彼に背中を向けて歩き出せばそう簡単には逃がしてもらえないらしい、首根っこを掴まれてわたしの足はそれ以上前に進むことはなかった。

ジュース買ってあげたんだからもういいじゃないか、絡んでこないでくれ。
横目でちらりと彼を覗いてみれば鋭く細められた瞳に思わず目を逸らした。
こわ、ほんとに中学生かよ。

そんなわたしに彼はにやりと口角を上げる。
思わず身体を強張らせれば首根っこを掴んでいた彼の腕がわたしの肩に回ってくる。





「……いやいや、…なんですか…」
「…赤司ってお前みたいなのがタイプなわけ?なーんかイメージとちげーなあ」
「…ほんとにわたし赤司くんはもちろん他の一軍の人とも何もないんで…」
「なんもなくはねーだろ、赤司にあんな顔させといてよお」




あんな顔をさせたのは誰でもないあなただと思うんだけど。
しつこく着いてくる彼を引き剥がそうと歩き出せば彼も隣をついてくる。
ほんと腹立つくらいでかいなバスケ部の人間は。
しかしこのまま校舎に入って誰かにこの状況を見られるのも嫌なもので、そうとなれば結局わたしが折れるしかない。ぴたりと足を止めれば彼もその長い足を止めた。




「……授業始まるんですけど」
「まーちょーっと付き合えよ。お前頭はいいんだろ?一回サボるくらいわけねーだろ」
「……いやいやいやいや」
「屋上開いてっかなー。チッ、さみーけどまあしょーがねぇか。オラ行くぞ」
「寒いならやめ、いやいやいやいやいや」




勝手に話を進める彼をもうわたしはどうにもできない。がっちりと掴まれた肩にひどく鋭い瞳をする彼を振り切る度胸もなく、わたしはそのまま彼に引きずられて自販機を後にすることとなった。

それと同時に鳴り出した授業開始の鐘の音に、もうすべてを投げ出したいと思った。















「あれ、柴田と黒子はいないのか?」
「…あの、僕はいます」




すみません、と静かに挙手をすれば先生にすごく申し訳なさそうに詫びを入れられる。
入学してから何度目かわからないこの光景に、クラスメイトはもはや何も言わないし自分自身今さらどうにかしようとは思わない。





「柴田は……さぼりか?」





ふと、隣の席を見やればいつも背中を丸めて寝ている彼女がいない。
たしか移動教室が終わった時に喉が渇いたから、と自動販売機に向かっていく彼女に「授業に遅れないように」と声をかけた筈なのだが。「授業始めるか」という先生の声を皮切りにぺら、と回りのクラスメイトが教科書をめくる音が聞こえる。



たしかに彼女はめんどくさがりな面もあるが、授業をさぼるとは思えない。


…なにかあったのだろうか。ちらりと横目で後ろに座る彼の様子を伺えば、机に肩肘をつき窓の外を眺めていた紫原くんと目があった。














「あの」
「……」
「……あの」
「……」
「………あの!」
「うるせーよブス」
「痛っ!!!」




彼に連れてこられたのはやはり屋上だった。
寒いんですけど。
その上連れてきた本人は地面に座り込み携帯をいじりだしたまま何も言わない。初めこそわたしもボコられたら敵わないと黙っていたがいよいよ我慢ならない。わたしはこのわけのわからないヤンキーのせいで欠課がつくはめになった。


恐る恐る声をかけてみたが何も言わない。それならば、と徐々に距離を詰めてみたが最後、彼は握りしめた携帯をわたしの頭にぶつけてきた。意味わかんねーよ。

ギロリ、あまりの痛さに涙で視界が滲んだけどもそれ以上に意味がわからない。思い切って睨みつければ目の前の彼はあっけらかんと欠伸をこぼす。
てゆうか普通携帯で殴る?角で殴ったぞこいつ。






「なんなんですかほんと」
「おめーがなんだよ」
「おめーに連れてこられたんだよ」
「誰に口聞いてんだドブス」
「…本当にあなたが期待してるような関係は全くもってありませんよ」
「はあ?お前が赤司や大輝たちにとってただのダチじゃないことは確かだろーが」




それがなんだと言うんだ。たしかに彼らとは比較的仲良くさせてもらってるし、間違いではないと思う。けど、そういわれたところでそれが?って感じなんだけど。


わたしを殴ったその物体を軽くスライドさせる彼はわたしの話を聞いていないのだろうか。わたしの眉間の皺は深くなっていくばかりだ。




「…もしそうだとしても、それがなんだって言うんですか」





一向にこちらを見ようとしない彼に自然と声が低くなる。地面に座る彼をじっと見下ろせばわたしの言葉に口角を上げた彼が携帯をポッケにしまい込み、静かに腰を上げた。

その行動に思わず身を固めればまたバカにしたように彼は喉を鳴らして笑う。
彼の表情に思わず顔を顰めるとじり、地面が鳴ると同時に彼の長い腕がわたしの顔の横にくる。





「人のモノ見てるとほしくなるんだわ」
「は?」





目の前にいる彼は鋭い目をさらに細めて舌なめずりをしていた。

…これが壁ドンってやつか。最近流行っているらしいが相手が相手だ、なんにも響かない。っていうか普通に怖いだけである。
彼の危ない性癖を匂わせる発言に思わず言葉が漏れた。何言ってんだこいつ。

呆気にとられて黙りこくるわたしの首筋を撫でるのは彼の細い指。
これまたびくりと身体を揺らせば何が面白いのか口の端をいやらしく吊り上げた。




「え、あの、くすぐったいんですけど」
「そんなことしか言えねーの?」
「…すみませんね可愛げなくて」
「つまんねーオンナ」




ふん、とつまらなさそうに鼻で笑った彼の顔をぶん殴りたくなった。
しかし青峰でさえも認めるヤンキーにもちろんそんなことはできるわけなく、ただただ自分のスカートを握りしめるだけ。


そんなわたしの様子に心底がっかりと言った表情をする彼は小さく舌打ちをこぼし、踵を返す。広くなった視界に開放感を感じて思わず気が抜けた。

ほ、と安心感から呼吸を漏らせば「おい」と頭を叩かれる。ほんとにこいつらは人の頭をパンパンと。




「……なんですか」
「なんでマネージャーなんか入ったんだよ」
「え」



今度は何をしでかしてくるのかと思えば鋭い目でわたしに質問を投げかける。
なんでそんなことを聞くのか。思いもしなかった彼からの話題に思わずキョトンと目を丸くすれば再び凄まれる。





「……えっと…」
「お前が思ってるよりあそこにいる人間はかわいいもんじゃねえぞ」
「かわいいと思ったことなんかないです」
「うるせえ馬鹿、黙って聞けよ」
「一言余計だな」




気怠そうに話す彼は再び地面に腰をかける。普通に会話をしている以上、見下ろしながら話をするのは対等ではない気がする。

スカートを正して彼の隣に腰かければ横目でわたしを一瞥し、彼が静かに言い放つ。




「お前らがお互いにどんな思い入れがあんのかしんねーけど」
「はあ」
「そう長くは続かねーぜ」
「……嫌なこといいますね」
「ま、興味ねぇから好きにすればいいけど」




どうやら彼は人のことをよく見ているらしい。それもそうか。
聞いたところこの人も彼らと同じように一軍にスピード昇格した程の実力者らしいし、わたしよりもプレーヤーとして活動する彼らを側で見ているのだから。

…キセキの世代とやらは、こういう一面を持っているせいで憎むことができない。

思えば彼と出くわしてからずっとわたしは険しい顔をしていた気がする。眉間に寄せられたシワを指で伸ばしていれば「何やってんだおまえ」と呆れたように言われる。




「出来る限り努力します」
「…ハッ、そーかよ」



横目で隣にいる彼を見れば嘲笑を浮かべ吐き捨てるように呟く。
ふいに彼の携帯が音を立てて鳴ると耳に携帯を傾けてこれまた怠そうに電話の向こう側の誰かと話を交わす。かすかに漏れてくる高い声からして、女の子だろう。彼女かな。


それを眺めていればなんの前触れもなく立ち上がった彼にびくりと身体を震わせる羽目になった。
そんなわたしを横目で見た彼がまた鼻で笑い、携帯をポッケにしまい歩き出す。




「どこ行くんですか」
「オンナのとこに決まってんだろ」
「最初から彼女さん連れ込んでくださいよ」
「彼女なわけねぇだろ、遊ぶだけだっつの」
「……あ、そうですか」





なるほど、プレイボーイなわけだな。
ははんと鼻で笑ってやれば拳を振りかざした彼が距離を詰めてきたため慌てて侘びを入れた。殴られたけど。


…なんだかまともな会話ができたことに拍子抜けしてしまった。初めて会った時の印象が最悪だったからか、今日の彼の雰囲気は割と柔らかいものだったように感じた。


それでも授業をサボらされたのには心底腹が立ったけど。



出口に向かって歩き出した彼の隣に並べば「ついてくんなブス」と足を蹴られる。授業戻るんだよ馬鹿。
身長差があるためどうしても下から見上げる形になってしまう。そろりと横顔を伺えばやはり以前のような強い印象はそこまで抱かなかった。わたしが単純なのかもしれない。




「部活くるの待ってますね」
「気が向いたらな」






今日何度鼻で笑われただろうか。



ハッ、と口の端を吊り上げた彼に思わずわたしの頬も緩んでしまった。
「まあせいぜい頑張れや」わたしの頭を叩いて階段を降りていく彼の背中を見ながらわたしは廊下を歩き、黒子が待つ教室に戻った。







あきゅろす。
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