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無くしたもの
27 拳を









さて、時は流れて待ちわびた放課後。いよいよ部活のお時間がやってきました。
赤司くんと話をしようと決めてから色々考えたけれど、話すって何を?

避けてすみませんでした?いや、避けてはないはず。だって話はしてたわけだし。
よそよそくしてすみません?理由はなんだって聞かれたらなんて言うんだ。
実はあなたを好きな人がいて、あまり仲良くすると申し訳ないと思ったから?いや、回り回って坂本さんの恋路を邪魔することになればいよいよわたしは終わりだ。




「柴田さん」
「うおっ」



もんもんと考えて席を立とうとしないわたしの隣に気づけば黒子がいた。肩にエナメルバックをかけた彼は、どうやら部活にいくらしい。もうそんな時間?




「行きましょう、バカは考えても仕方ないって緑間くんが言ってたじゃないですか」
「…だよね、結局答えが出なかった」



頭を抱えて席を立てば黒子がふ、と頬を緩めた。何笑ってるんだ、眉間にしわを寄せて黒子を見れば「すみません」といつものポーカーフェイスに戻った。
腹が立ったから頭をぐしゃぐしゃにしてやろうと手を伸ばせば後ろから腕を掴まれたと同時に背中に重いものがのしかかる。頭の上でシャクシャクという音がするあたり、これは紫原だろう。





「ちょっと、頭の上で食べないでよ」
「しばちんがちっさいからじゃね」
「きみからしたら誰でも小さいでしょ」




うしろを確認せずともやっぱり紫原だった。
引き剥がした巨人を黒子の方にやれば「そういう趣味はないけど〜」と紫原。「ボクもないです」という黒子は相変わらずの無表情。

そんな彼らと並んで体育館へと向かう。












歩くたびにキュッと靴が摩擦で擦れる音が静かな体育館に響く。
黒子と紫原は部室に向かっていたし、まだ誰もいないところを見るとおそらくみんな着替えているんだろう。
新しいトレーニングメニューも作成できたことだし、監督に許可を取りに行こうか。みんなが着替えている間ならいいだろう。


踵を返して体育館を出れば、今日1日わたしの頭を悩ませた赤色の髪をした彼と出くわす形となってしまった。おおう、急だな。





「…こんにちは赤司くん」
「ああ、こんにちは柴田」
「言われてたトレーニングメニュー、考えたから赤司くんにも渡しておくね」
「…まだ開始まで時間があるな。いま確認してしまおうか、お疲れ様」




ばくばくと暴れてた鼓動が落ち着きを取り戻す。目の前の彼に資料を差し出せば彼の細いけどしっかりした指がそれを受け取った。
ああ、綺麗な指だな。
そんな事を考えていたら綺麗な赤色の瞳にわたしが写り込んだ。





「そんな見られていると落ち着かないな」




ただ一言わたしにそう伝えた赤司くんの瞳は再び資料に向けられた。
ちりちりと胸が焼けるような感覚にわたしはどうすることも出来ずにいる。




「ごめんなさい赤司くん」



そう一言告げれば、資料をめくる彼の指は動きを止めた。下を向いている赤司くんの頭を見ていたわたしの瞳は、彼が静かに顔を上げたことで真っ赤に染まった彼の瞳と視線を交わらせる事になった。
一瞬、目を見開いたかと思えばすぐにいつもの彼に戻る。
…結局何を言ったらいいのか考えていない。





「何に対して謝っているのか、オレにはわからないな」
「えっと、「赤司さん!おはようございます!!」……」




考えても仕方がない。
言葉を発しようと口を開いたところを活発な女の子の声にかき消された。え、驚いて目を向ければわたしと赤司くんの元に駆け寄ってくる坂本さん。…よりにもよってこの子か。

赤司くんの元に来た彼女は可愛らしい笑顔で手元のプリントを見せる。





「赤司さん、ちょっと伺いたいことがあるんですけどいいですか?」
「…柴田」
「…あ、わたしは監督のところに行こうかな。ごめんね赤司くん」





赤司くんと話す彼女の姿をぼっと眺めていたわたしの耳に赤司くんの声が低く響く。
あ、フリーズしてたな今。いやあ、恋する乙女は強い。笑顔を浮かべて彼に告げれば「わかった」と言葉をこぼし、坂本さんに向き直った。
彼女の隣を通り過ぎれば、香水だろうか、ほのかに香った甘い匂いに頭がクラクラとした。


別に彼女のことを嫌いなわけじゃないし、赤司くんに特別な思いを抱いているわけでもない。
ただ赤司くんには誰よりも幸せを感じて欲しい。そう思ってしまうのは何故なのだろうか。













監督室へ向かったわたしに彼、白金耕造が言い放った言葉は合宿をする、という非常に嬉しくないお知らせだった。
まじかよ…思わず小さく呟いたわたしに監督は目もくれず作成したトレーニングメニューに目を通す。ふむ、と小さく呟いた監督が死んだ目をしたわたしに親指を立てる。
…もう何も言うことがない。「よろしくお願いします」と小さく呟きのろのろと監督室から出てやった。


そういえば。廊下を歩きながら手元に抱えたファイルに挟まれた資料に目をやる。お昼放課に悲しくも赤司くんによって机に放り出された資料だ。


小さく並べらた文字を眺めれば『強化合宿開催のお知らせ』と書かれている。
……完全に見忘れていた。しかし開催日は二年に上がってだ。溜め息を一つこぼし、体育館に入った。










練習風景を眺めれば青峰がかるーくダンクを決める姿が目に入った。
すごいなあ、中学生でダンクとかできるものなの?なんであんなでかいんだろう。親御さんがすごいでかいのかな?
もうすでにドリンクを作り終えたわたしとさつきちゃんはただただ部員を眺めての情報収集を行う。


ふあ、ついついあくびを漏らせば隣にいたさつきちゃんが眉を下げて笑った。
ここまできてわたしの眠気は最高潮まで達してしまった。なんて地獄の時間。
青峰から視線を緑間に移せば彼は誰よりも真剣に練習に打ち込んでいた。
思ったことをサラサラとノートに書き込んでいけば隣でキュッ、とバッシュの擦れる音。





「ずいぶん眠そうだな」



びく、思わず肩を震わせればノートに一直線の線が引かれてしまった。
うわああこれボールペンなのに。聞き覚えのある低い声の主に目を向ければそこにいたのはやはり赤司くん。
腕を組んでわたしを見ている彼は、やっぱり中学生には思えないくらい威圧感たっぷり。





「大丈夫なのか」
「あ、情報収集はできてるのでご安心を」
「おまえの身体の事を聞いている」
「…大丈夫だよ、眠たいだけだから。どこかえらいとか全然ないし」




そうか、赤司くんはわたしから目を逸らして頷く。ちらりと横目で盗み見れば、彼の視線は仲間の元に。
さつきちゃんを見ようとすればもう彼女はそこにはいなかった。
…いつの間に消えたのさつきちゃん。




「赤司くん」
「…どうした」
「その顔は怒ってますね」
「いつもと変わらないだろう」
「いや、何かが違う」
「何がだ」
「わからないけど」
「……」




お互い視線を交わす事なく言葉を紡ぐ。
わたしの曖昧な答えに彼は溜め息をひとつこぼし、再び口を開いた。





「おまえはすぐわからないと言うな」
「…たしかにそうだね」
「なんでそこまで自分に関心がないんだ」




ああ、みんな感じていたのか。わたしはそんなに自分の事を大切にしていないように見えてたのだろうか。
それこそわたしにはわからないのだが。
やっぱり、言葉で伝えるのはわたしには難しすぎるんだ。自分の中途半端さに嘲笑すれば、赤司くんがわたしを一瞥した。





「おまえはオレに、心の拠り所になるといったな。」
「うん」
「家に行った時も、柴田がマネージャーとして来た日も」
「うん」
「その結果が、今のおまえの態度なのか?」



そういう赤司くんの視線の先では、黒子がシュート練習をしている。ことごとく外しているところを見ると相変わらず成功率は低いままらしい。それをみて青峰が笑い、そんな青峰を黒子が無表情で見つめる。
ここ最近で知った、部活の中でよく見る光景だ。





「…あの時だって今だって赤司くんに何ができるかなって考えてる。…まあ、赤司くんのためだけじゃなくて、みんなに何ができるかって考えたら空回りしてたけど」





わたしの言葉に赤司くんの瞳が揺れた気がした。……この人はこんな顔をする人だっただろうか。




「悪かった。今の質問は適切ではないな」





そもそも、なんでわたしはそんなことを思ったのだろうか。この人は名家のご子息で頭脳明晰成績優秀だ。おまけにスポーツもこなせてバスケ部では副主将まで任されている。
先生や監督、部員からも信頼され。
関わる人は全て、彼の欠点のないその強さに信頼を抱き、憧れを抱き、惹かれていく。……だからこそか。





「赤司くんには幸せになってほしいなあ」
「…わからないな。お前にとってオレはそんなに不幸にみえるのか?」
「いや、まさかそんな」
「オレには柴田がわからないよ」




はは、ついつい乾いた笑いが漏れてしまう。
…そりゃそうだ、わたしにだってわからないのだから。赤司くんにもわかるはずがない。

まっすぐに彼らをみていた赤司くんの瞳がわたしを捉えた。その瞳にはしっかりとわたしが映っている。さっきまでとは考えられないくらい、落ち着いて会話をしている自分に驚きを覚えてしまった。
キュッ、と足音が耳を震わせる。
隣を見ればすぐそばに彼がいた。





「おまえはオレを完璧だと思うか」




彼は何を思ってそんなことを言うのだろうか。まっすぐにわたしを見下ろすその瞳には、何かに縋るような微かな期待を感じた。

彼の気持ちはきっとわたしにはわからないだろう。これからもずっと。






「赤司くんほど完璧で不完全な人間はいないと思う」





みんなの憧れの赤司くんはきっとギリギリで保っているような人だ。亀裂が入ればすぐに崩れる。
彼は数回瞬きを繰り返し、わたしの隣に並ぶ。肩がぶつかるんじゃないかという距離に不思議と胸が苦しくなる。





「理由は聞かないほうがいいかな」
「……そうですね」




ふ、と彼の口から息が漏れるのを感じる。
横目で彼の横顔を伺えば、口角を上げて目を細めて微笑んでいる。
その表情にわたしの胸のつっかえもびっくりするくらいキレイに無くなっていた。





「おまえは訳がわからないな」
「赤司くんもね」
「柴田ほどではないよ」
「そうかな」



2人で目を合わせて笑えば、空気が柔らかくなるのを身体で感じた。正直何がそうさせたのかまったくわからないけども。






「それが柴田の良さなんだろうな」
「…うーん」
「青峰や緑間、黒子に紫原に、桃井もだな。きっとおまえのその性格に人を惹きつける力があるんだろう」
「……自分ではわからないものですな」



「もちろんオレもだ」そう付け加える赤司くんに思わず目を瞬かせてしまう。

やけに気恥ずかしくなってふと前方を見れば黒子と青峰がいつものように拳をコツンと合わせていた。
…あの姿を見てるとなんともいえないくらい胸がこそばゆくなるんだよなあ。思わず頬を緩めれば、その光景を見ていた赤司くんが同じように口角を上げた。





「柴田」
「ん?」
「オレはたい焼きが食べたい」
「いいよ、かえりによろうか」
「またカスタードか?」
「甘いね赤司くん、いま期間限定の味が出てるの。いちごレアチーズ」
「…甘そうだな」
「多分かなり甘い」
「柴田」
「…赤司くん?」
「随分羨ましそうに眺めていたからな」





名前を呼ばれて視線を向ければわたしに拳を向ける赤司くんの姿。
彼の言葉に、さっきの青峰と黒子の姿が頭をよぎった。…赤司くんの拳を?
赤司くんは本当に不思議な人だ。
おかしな光景だと、ついつい笑ってしまう。






「赤司くんとするとは思わなかった」
「オレもだ」







腕を伸ばし、拳を合わせた。コツン。





あきゅろす。
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