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無くしたもの
26 泣きはしない





「うっす」
「うっす」







今朝の朝練は珍しいことにおやすみ。
前日から嬉しくて嬉しくてたまらなかったが考えごとをしているうちに朝を迎えた。
アーメン。
昼放課、はっきりとしない意識のまま購買に向かえば隣を歩いてきた青峰に声をかけられた。






「なんか今日顔おかしくねーか?」
「寝不足。考え事してたら寝れなかった」
「へえ、珍しいこともあるもんだな」
「わたしもこんな日が来るとは思わなかったよ。バスケ部こわい」
「オレだってお前が考えたトレーニングメニューが怖いわ」
「大丈夫だよ、死にゃせんから」
「監督と同じこと言うなよ」
「……同じか」
「てかなんかあった訳?」
「?なにが」
「赤司と」




急に出てきた名前に心臓が跳ねる。
一瞬の戸惑いを青峰は見逃してくれないらしい。え、と小さく声を上げるとわたしの前に立ちはだかる。




「どいてくれませんか」
「はっ、どかしてみな」



ふん、全身の力を込めて青峰の身体を押すがびくともしない。流石だよ、ただでさえでかいくせにバスケ部とかどかせられるわけない。諦めて青峰を見上げればもう終わりか?と口角を上げた。殴らせろ。






「なかったとは言えない」
「ほれみろ」
「けどあったとも言えない」
「わけわかんねーよ」
「なんでそう思った?」
「おまえら最近部活中しか喋んねーじゃん」
「元からこんな感じだよ」
「いやいや、一緒に帰ったり顔見合わせてニヤニヤしてたじゃねーか」
「…ニヤニヤはしてないから」
「ってことで」
「え」
「食堂いこーぜ」
「こら離せ」












「柴田、その顔はなんなのだよ」
「隈がひどいねゆうちゃん…」
「考え事してたら眠れなくなりまして」
「しばちんらしくないじゃーん」
「柴田さんでも悩みがあるなら聞きますよ」





抵抗の末虚しく青峰に強制連行された。わたしの目の前にはいつもの彼らの姿。
君たちのことだよ、なんて言えまい。
適当に流してイスに座る。




「緑間何食べてるの」
「今日は唐揚げ定食なのだよ。そんなに欲しそうにするなら持っていけ」
「ありがと真ちゃん」
「その呼び方はやめろ」
「わたし今日南蛮だよ。ひとついる?」
「いいのか?」
「どーぞ」
「オレのみぞれ唐揚げとも交換しよーぜ」
「なにそれおいしそう」
「ほらよ」
「はい、持ってっていいよ」
「さんきゅ」





「柴田」



ばさり、テーブルの上を見れば置かれていたのはなんらかの資料。「あとから確認しておけ」と言う言葉からして部活関連のもの。そんなことよりも、どうやら彼は機嫌が悪いらしい。
普段彼はしっかりと手で物を渡すため、こんな投げ出されたのは初めてだ。驚いたのは私だけではないらしい、さつきちゃんや緑間も目を丸くしている。




「ありがとう」
「…ああ。それじゃあ、オレは用があるから先にいくよ。授業に遅れるなよ」



彼の機嫌を損ねるのも無理はない。
あの坂本さんの告白以来、どうにも彼と上手く関わることができていない。業務連絡や部活での会話はもちろんするが、日常ではなかなかスムーズにいかないのだ。
わたしは普通に接しているつもりだが、青峰に言われた通り他から見たらそうには見えないらしい。と、言うことは、だ。
あの鋭い赤司くんが気づかないわけもなく。




「…柴田さん、赤司くんと何かあったんですか?」
「…あったのかな。普通に接してるつもりなんだけど」



黒子の問いかけに眉を下げれば彼も不思議そうにわたしを眺めた。
赤司くんの心の拠り所になるなんて宣言をしたものの、こうとなってしまったのは完全に誤算だ。彼の負担になってどうする。




「しばちんそーゆーとこあるよねー」



無造作に机に置かれた資料を手に取りぼやっと考えていれば隣にいた紫の巨人がぽつりと呟く。かり、とポテチを口の中で咀嚼し飲み込む彼をじっと見つめれば、いつもの気だるげな表情でわたしを見やる。




「自分のことはどーでもいいですみたいな顔しちゃってさ〜。オレしばちんのそー言うとこ、まじ嫌いなんだけど」
「ちょ、ちょっとムッくん!」
「黙っていろ桃井」
「ミドリンまで!」
「…ま、たしかにだよな」
「大ちゃん…!」



立ち上がって抗議の意を示すさつきちゃんを緑間が制する。…いつわたしが自分のことを蔑ろにしていただろうか。
自分がかわいいからこそ、今迄マネージャーなんて微塵もやりたくなかった訳だし。
ぱっとしない表情をするわたしをみて青峰がテーブルに肩肘をつく。



「…おまえがマネージャーになって、確かにオレたちはいろんな面で助かってるぜ。さつきの負担だって減っただろうしな」
「……そう、かな」
「オレはただバスケが好きだからやってるだけだからよ、マネージャーがどんだけ大変かとか、ましてや作戦立案とかするおまえの苦労もあんまわかんねーけど」
「……うん」
「あんまり考えすぎんなよ、バカは悩みすぎるとロクなことしねーから。おまえは何も考えずにオレたちとバカやってりゃいーだろ」





ふと、青峰の言葉に目を瞬かせれば眉をひそめて目を逸らされてしまった。…青峰少年、顔が赤いぞ。思わず頬を緩めてしまえばなんだよ、と額を小突かれた。いたい。




「そうだ、バカはバカなりにどんとかまえていればいいのだよ」
「…わたしバカじゃないし」
「勉強の話ではないのだよ」



はあ。わけがわからないと肩をすくめれば緑間が横目でわたしを一瞥。「そう言うとこだ」と言葉を続ける。



「お前が他人を思いやれる人間なのはよく知っているのだよ。それはオレだけじゃなく、ここにいる全員が、だ。だがな、限度がある。自分の事を蔑ろにすれば、お前の事を大切に思う人間が傷付くことだってあるのだよ。」




うんうんと相槌をうつ青峰にさつきちゃんも笑顔を浮かべる。ぐしゃ、袋を潰す音が耳に響けばポテチのゴミを丸める紫原。
「そーそー」指をぺろりと舐める紫原はゴミをいつものようにゴミ箱に投げ捨て、その大きな手をわたしの頭に置いた。




「しばちんの嫌いなとこもあるけどさ〜それ以上に好きだから一緒にいるんだからね〜。嫌いだったらお菓子あげたり一緒に帰ったりしないし」
「……あ、ありがと」
「紫原くんも良いこと言いますね」
「ムッくんかっこいい…!」
「さっちんも黒ちんもからかわないでよね」




紫原のストレートな物言いに目を瞬かせれば「ぶさいく」と頭をいつも以上にかき乱された。
ここまで言ってくれるなんて思いもしなかった。彼らは自分が思っていたよりもわたしを見てくれていたらしい。
みんなの言葉に視界に膜が張ったような感覚に陥って眉間に力を込めて思いっきり耐える。こんなところで泣きたくはない。







「……泣くのか?」
「えっ、ゆうちゃん泣くの?」
「泣けばいいじゃないですか」
「オレたちがいじめたみたいになるのだよ」
「どうしよう泣いたらしばちん余計ブスになっちゃうけどいいのかな〜」
「ぶふっ!たしかに!」
「ムッくん!大ちゃん!!」
「ありがとう涙引っ込んだ」





仲間の背中押しを受け、放課後に赤司くんのところへ行こうと決めた。






あきゅろす。
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