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無くしたもの
25 親子談




部活に入ってからというものの早朝の朝練から午後の部活までこなしてくると、1日がとんでもなくあっという間に感じる。


そんな今日も部活を終えて家に帰れば玄関に父の靴を見つける。今日は珍しく家にいるらしく、リビングを除けばキッチンに立つガタイのいい男。
ただいま、と声をかければ笑顔で返事をくれた。部屋に戻り部屋着に着替えてリビングに戻ればわたしを一瞥して会話を始めた。






「ゆうちゃーん、明日さあ、また遠方まで行かないといけないのよ〜。ジム頼んでもいいかなあ?」
「あー…ごめん、わたし部活あるから無理なの。終わってからなら大丈夫だけど」
「そっか…いつのまに部活なんて入ってたの…言ってよ…なんの部活?」
「バスケ部のマネージャー」
「そうなの……………え?」



成り行きでね、そう言葉を続ければ家が静寂に包まれる。え、なに?
急に静かになったことに違和感を覚えて父を見れば口をぽっかりと開けて目を丸くしている。なにその反応。




「……どうしたの?」
「え、どうしたってなにが?」



作り終えた料理をテーブルに運ぶ父を見てわたしもキッチンに向かう。おお、今日はカルボナーラか。父さんの言葉にうーん、と声を漏らしながらテーブルに向かうともう既に椅子に座りお茶を注いでいた。





「だってさ、ゆうちゃんそういうのめんどくさがるでしょ?オレが何か部活やらないのーって聞いても適当にはぐらかしてたし」
「そうだっけ?」
「ほら!またはぐらかす!」


プンプンとでも聞こえそうなくらい頬を膨らませた父の姿はなんというか、もちろんかわいくなんかない。
いただきます、と手を合わせれば彼も同じように手を合わせ二人で食事をつつき始めた。




「…父さんさ、いつかこうなることわかってたでしょ」
「え、なんでよ」
「……帝光中のバスケ部の監督の白金耕造って人、知り合いだったの?」
「あー…言ってなかったっけ?いやね、地方飛んだりしてる時に知り合ってさ。ゆうちゃんも小さい時に会ってたよ」
「……知ってる」




監督室で彼が言っていたのは事実らしい。元全日本選手としてアスレティックトレーナーとして働く父と親しいならば、わたしの情報も監督に筒抜けなわけだ。そりゃあ変に期待をかけられるに決まってる。
ジト目で父を睨めばなんのそのあっけらかんとパスタをフォークに巻きつける。…この。




「まあ、困ったときにはうちの娘をどうぞとは言ってあるからね」
「…それだよそれ、おかげさまで朝から晩までバスケ一色。中学生に作戦立案までやらせる?トレーニングメニューからマッサージまで任されちゃってるよわたし」
「まーオレの娘だから仕方ないよね」
「仕方ないって…」





にこにこと言葉を続ける彼にわたしはついつい眉を寄せてしまう。

強豪校のバスケ部でぽっと出の自分がそんな重要なことまで任さられるなんて荷が重いどころの話ではない。いくらこの人の娘だからといってそれで良いのだろうか。

止めていた手を動かしてパスタを口まで運べば口に入れたものを咀嚼した彼はお茶を一口飲み込むと、手を止め険しい顔をするわたしをじっと見つめてくる。
わたしを見てふ、と笑顔を浮かべた彼は椅子を引いて席を立つ。
どこいくんだ、まだ食べ終わってないだろ。





「バスケ部にキセキの世代ってのがいるんでしょ?」
「え、知ってるの?」
「まー最近話題だからね。ほら」




ばさり、とあるページが開かれた雑誌を机の上に置く。自然に視線を向ければそこに写っていたのはよく知るカラフルな頭達。
ちらりと表紙を除けば立ち上がった父が持ってきたものは月刊バスケ雑誌。
わたしがよく知らない間から、彼らは活躍していたらしい。





「八月、全中優勝したときのだよ。…恐ろしい才能だよなあ、まさにバスケの神に愛された子たちだ」
「…こんなの、読者や記者が勝手に盛り上がって書いてるだけだよ。キセキの世代なんて言葉で一括りにするものじゃないでしょ」
「あらら、お気に召さない感じ?」
「…最近マネージャーになって、初めは彼らのプレイに感動っていうか、鳥肌までたった。だけどしばらく見てたら胸に変なつっかえができるんだよ」




彼らは強い。そりゃあバスケなんて強ければ強いほどいいに決まってる。だけど強者にはそれなりの責任やその人にしかわからない悩みや苦しみも伴ってくるだろう。
青峰や赤司くん、その他の一軍をみてて何時も感じてしまう。ほかの部員とは明らかに突出したその才能とやらを嫌悪する感情が。


テーブルに肩肘をつく彼が小さく息を吐いたことでわたしの意識は現実世界へと戻された。





「きっと彼らには作戦立案よりも身体のケアよりももっと、必要になってくるものがあるよね。ゆうちゃん、どんなに恵まれた才能があったってその人が道を逸れてしまえばそれ以上に悲しいことはないよ」
「……そうだね」

「何か一つのきっかけで、彼らはすぐにバラバラになれる。キセキの世代は最も最強のプレイヤーだけど、それは束になってればの話。いくら才能があろうと一人ひとりはただの中学生、子供だからね」
「……わたしが思ってたよりもシビアな世界に足を踏み入れちゃったみたい」

「えーでも耕ちゃんから聞いてたんじゃないの?」




父が言う耕ちゃん、とはきっと白金監督のことだろう。そんな呼び方してるのかよ。方頬をひきつらせる形になったが、深くは踏み入れないことにしよう。

しかしさすが親子というべきか、考えていたことはどうやら同じらしい。


わたしが入部して任せられていることは作戦立案、部員の身体のケア、トレーニングメニューの作成。
だけどそれ以上の彼らにはメンタル面の支えが必要なんだろう。遅かれ早かれ、きっといずれかは何かが起こる気がする。


空になった食器を持ち上げると皿の中で揺れるフォークがキィ、と小さく音をたてる。
ジムにいってくる、とリビングを後にした父を見送りキッチンに立てば以前青峰が食器を片してくれた日のことが頭に浮かぶ。






蛇口をひねれば手を濡らす冷たい水に
わたしの胸のもやもやはずっと消えぬまま布団に入った。









あきゅろす。
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