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無くしたもの
24 早朝の恋話








冷えた部屋で布団にくるまるわたしの頭に賑やかな携帯のアラーム音楽が響く。
携帯を見れば午前5時過ぎ、あたりはもちろんまだ暗い。そのまま布団から身体を起こせばあまりの寒さに身震いをする。さむい。



晴れてマネージャーになったわたしに与えられた課題は毎朝6時半から始まる部活の朝練に寝坊をせずに行くこと。
毎朝部活に向けて準備のあるわたしたちマネージャーはそれよりも早く、6時には学校にいかなければならない。


欠伸をひとつこぼし伸びをする。ベットから降りてキッチンに立てば携帯が鳴る。
ん?画面をスライドさせればどうやらメールがきたらしい、送り主はさつきちゃんだ。

メッセージを開けば『ゆうちゃんおはよう!ちゃんと起きてるかな?♪( ´▽`)』という可愛らしい文章。メールひとつでもこの可愛さである。おきてる、と手短に返信を済ませ軽く朝ごはんを食べて制服に着替える。
時間は気づけば5時40分。もう行こうか。




「…これはさむい」



家を出て数秒後、その寒さに顔をしかめた。
はあ、小さく息を吐けば白い息が眼に映る。それが余計に身を震わせ首に巻いたマフラーに顔を埋めた。
前方に目をやればピンクの髪をした彼女が同じようにマフラーに顔を埋めている。




「さつきちゃん」
「わ、ゆうちゃん。おはよう!」



小走りで駆け寄って声をかければ驚いたように目を瞬かせ可愛らしい笑顔をみせる。
寒いね、なんてお互いありきたりな会話をしながら学校に向かい、部活に向けてわたしたちは動き出した。


体育館に入ってすでにいたマネージャー達にお互いに挨拶を済ませる。同学年のマネージャーの川口さんと坂本さんは、さつきちゃんとわたしにとっても話しやすいとても元気ないい子だ。みんなで役割を確認し、それぞれ持ち場に着く。

わたしは部室に向かい前日に洗濯をしたタオルを畳んだりドリンクを作ったり、なかなか朝も忙しいらしい。
広い体育館では川口さんと坂本さん、さつきちゃんがモップ掛けをしている。


一通り作業を済ませ体育館に戻れば彼女たちもモップ掛けが終わったらしい、それぞれの部員のアップ内容を確認していた。
わたしもそれに目を通し、さつきちゃんとああでもないこうでもないと意見を述べる。
なぜだかこの役割はわたし中心に回っているらしい、困ったものである。








「さて、まだ6時半まで少しあるね」


時計を眺めながら言うわたしにさつきちゃんは顎に手を当てて考える仕草をする。
「ね!それならさ!」ん?顔を向ければ坂本さんが目を輝かせながらわたしとさつきちゃんを見ている。…なんだか嫌な予感がする。












「ね、誰がかっこいいとおもう?」
「「え?」」



坂本さんの提案はとりあえず話そう、と言うものだった。たしかにわたしは坂本さんと川口さんのことをそんなに知らないからそれはもう断る理由なんて無い。
さつきちゃんも喜んでそうしよう!と賛同すれば坂本さんが開口一番発した言葉に、わたしもさつきちゃんも目を瞬かせ彼女を見やった。





「紫原くんかっこよくない?あ、普段はぼやーっとしててかわいいんだけどプレイするときはキリッてなるところ!」
「わかる!緑間くんもすごいよね!あの練習に対する姿勢もそうだけどさ、頭もすごいいいんだよね〜」
「………」
「………」




うん、中学生ならばこんな話をしたがるのも仕方ない。けれども彼らとよく話す私たちからしたら実に盛り上がりにくい話題だ。

さて、どうしようか。苦笑いを浮かべてさつきちゃんを見れば彼女も困っていたらしい、眉を下げて笑顔を浮かべていた。





「さつきちゃんはやっぱり青峰くん?仲良いもんね〜、もう手繋いだ?」
「えっ、ち、違うよ!大ちゃんはただの幼なじみだから!付き合ってないよ!」
「またまたあ〜」
「じゃあ誰か好きな人いるの?」
「…えっ!いや、えーっと……」



どうやら二人のターゲットはさつきちゃんになったらしい。青峰とさつきちゃん、確かにはたから見たらカップルだからなあ。
いつも一緒にいるし。
ただ単にさつきちゃんが青峰の保護者役をしてるとは思えまい。それに彼女にはもうすでに好きな人もいるし。顔を赤くしてはぐらかすさつきちゃんは本当に女から見ても可愛らしい。黒子よくこんな美女を…。

必死に否定をするさつきちゃんに思わず顔を綻ばせれば川口さんと目が合う。やべ、




「ゆうちゃんは?」
「え、」
「ゆうちゃんよくみんなと話してるからさ〜、誰が好きなの?」
「……いやあ…誰とかは…ないかな」



川口さんの目が私を捉える。どうやらターゲットは私に変わってしまったらしい。困ったように眉を下げてやんわりと否定すれば坂本さんが口を尖らせる。





「もしかして赤司様?」
「………様?」



坂本さんの言葉にわたしもさつきちゃんも再び目を丸くする。赤司様?…様?
わたしの反応に刹那、坂本の目が鋭くわたしを射抜いた気がした。




「よく話してるよね、この前一緒に帰ってるの見ちゃったし。……もしかして、付き合ってたりする?」
「……たまたま一緒になっただけでそういうのは一切ないよ」
「そっかー、よかったあ」




そう胸をなでおろす彼女を見ればこの質問の真意もさっきの彼女の表情にも説明がつながる。なるほど、彼女は赤司くんに恋をしているのか。あの赤司くんだ。
信頼、憧れ、もちろん好意を抱く女の子だってたくさんいるだろう。
そう考えるわたしをさつきちゃんが横目で見ていたことに、わたしは気付く事はない。




「川口ちゃんには言ってたんだけどね〜、わたしまだ主に2軍のマネージャーだし。最近赤司様とも少しづつ話せるようになってきてね、ゆうちゃんみてると不安で不安でさ!」
「そうなんだ、ごめんね」
「よかったねー、坂本ちゃん」



川口さんの言葉に笑顔を向ける坂本さんに、変な感情を抱いてしまう。
赤司くんの事を好きなわけではない。けど、なんだか、胸に何かがつっかえた感覚だ。



「ゆうちゃん?」
「あ、ごめんね」



顔を覗き込んできたさつきちゃんに笑顔で答えれば彼女も微笑みを返す。






「でね、赤司様「俺がどうかしたか?」え」
「おはよう、赤司くん」
「おはよう柴田、桃井。…と、川口さんと坂本さんだったか」
「あれ、もうそんな時間だったの?」




坂本さんの赤司くんトークに再び耳を傾けようとすれば扉からご本人が登場。
肩を揺らして驚いた坂本さんに「すまない、驚かせたな」と赤司くんが微笑めば首をふるふると降って顔を赤くする坂本さん。
これが恋する乙女の顔ってやつか。





「今日も朝はやくから悪かったな、毎日感謝しているよ。お前たちの支えがあってのオレたちだ」



並んだわたしたちに労わりの言葉をくれる彼に、なるほどこれは好きになってしまう理由もわかるなあと隣にいるさつきちゃんと顔を見合わせて密かに口角を上げてしまう。
彼はこういう心配りができるから。


一言言葉をくれた赤司くんが体育館に入っていくのを皮切りに、その他一軍の彼らも姿を現した。
欠伸をしながら歩く青峰に喝を飛ばすのはもちろんさつきちゃんの仕事である。



「しばちん、なにその顔」
「え?なに?」


通りすがりの紫原が振り返ってわたしの顔を見やる。首を傾げて見上げれば大きな手に頬をつままれる。





「はに?(なに?)」
「……なーんか変な顔してると思ったけど、元から変な顔だった〜」
「部活おわったら覚えとけよ」
「お〜こわ〜〜」





ぱん、紫原の手を叩いてそう告げれば笑いながら手をひらひらと揺らし赤司くんの後を歩いて行く。変な顔、してたかな。


顔に手を当てて考えればちらりと振り返った赤色の瞳に心臓が跳ねた。
そのわずかな瞬間にわたしの頭によぎったのは坂本さんの顔。気付いた時には無意識に赤司くんから目をそらしていた。
…やばい、自分不自然すぎる。



足を止めた赤司くんに変な汗がでる。
踵を返そうとした様子の赤司くんは、虹村主将の声かけにわたしのもとに来ることなく背を向けて歩き出した。
…何やってるんだわたし。


それからも上手く会話をできないまま朝練を終え、わたしと赤司くんの間にも謎の壁ができてしまった。








それから後片付けをするさつきちゃんに坂本さんがしつこく好きな人を問いただせば、諦めたさつきちゃんは「黒子テツヤくん…」顔を赤く染めて小さく呟く。


そんなさつきちゃんの告白は坂本さんと川口さんの「誰ソレ」と言う一言で終わりを告げた。さすが幻の6人目。










あきゅろす。
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