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無くしたもの
22 赤司征十郎という人間






「無断欠席遅刻は当たり前、おまけに素行も褒められたものではない。…灰崎、お前はどれだけ部に迷惑をかければ気がすむ?」
「面倒みてくださいなんて言った覚えはねーなァ。手、離せよ」




灰崎くんの返答に目を細める赤司くん。…人ってこんなに冷たい目ができるのか。
現れた赤司くんの発するオーラに体育館の空気が凍るのを全身で感じる。


「ゆうちゃん、」駆け寄ってきたさつきちゃんに腕を引かれたおかげで、彼等とは距離を取ることができた。
「またやってんのか」後ろに立ってた青峰の言葉にこれが珍しい事ではない事が伺える。

二人を見れば依然冷たい視線を向ける赤司くんに対して灰色の彼は口角を釣り上げている。……あの赤司くんの前でよく笑えるな。




「…ま、流石のオレでも灰崎は擁護しようがねーな」
「灰崎の素行の悪さは板付だ、まともに練習にくる日の方が少ない。人事を尽くさない人間と同じチームなど、反吐がでるのだよ」
「……灰崎くん?は、やめさせないの?」



そんなに素行が悪ければやれさせるのも一つの手ではないのか。
この状況を見てる限り、彼が周りの人間にいい影響を与えているとは到底思えないし、緑間の話を聞く限り敵は多いはず。




「やめさせれねぇんだよ、あいつ、バスケの腕は確かだからな。いなくなれば戦力ダウンだろ。だから赤司も主将も手ェ焼いてんだ」
「……灰崎くんてそんなすごいの」
「あいつ一軍だぜ」
「え」



…うそだろ、ただの不良にしか見えないけど。まあ一軍じゃなけりゃこの体育館にも来ないか…驚きに目を瞬かせれば小さくため息をついた緑間が口を開く。




「やめさせられないことを本人がわかっているから、余計タチが悪いのだよ」
「赤チンめ〜っちゃ怒ってない?こっちまで怒られてる気分なんだけど」
「…灰崎も凝りねーよな。…つか、いつもみたいに虹村主将がボコればいいんじゃね?赤司があんな手を焼かなくても」



ボコるって何?主将暴力振るうの?青峰の言葉に首をかしげれば「崎チンの扱いは主将のがうまいもんね〜」と紫原。

…それなら彼はどこにいるのか、辺りを見回せば腕を組み舞台に寄りかかって赤司くんと灰崎くんのやりとりを眺める1人の男の人。



「あの人が虹村主将です」その言葉に妙に納得する。佇まいやオーラは主将そのものだ。
ん?隣を見ればいつの間にか黒子までもが隣に並んでいた。心臓が跳ねた。





「…赤司は副主将だ、虹村主将が引退してしまえば赤司は主将となる。その時に灰崎を扱えなければ主将など務まらんだろう。虹村主将はその事を見越して口を出さないのだよ」




…なるほど、この男は本当によく見ている。
緑間の言葉に青峰は興味なさげにあくびを一つこぼし、ボールをドリブルさせる。




「ま、赤司に出来ないことはねーよ」
「そーそー、赤チンに任せとけばなんとかなるってー」
「当たり前なのだよ」
「赤司くんは間違った事は言いませんから」



そう笑う彼らを見れば、いかに強い絆で結ばれているかがわかる。
これほどまでに彼らから信頼される赤司くんは本当に何者なんだろうか。


ガン、音がした方に目を向ければ赤司くんの足元でコロコロと転がるドリンクボトルが目に入る。
同じように床にできた水たまりを目を細めて見る彼は小さく息を吸うと、冷ややかな視線を目の前にいる灰色の彼に向けていた。
その圧倒的な迫力に、私もなぜか息を呑んでしまう。




「わりーな、手、離さねェからよ。しびれちまったわ」
「……」
「珍しくガチ切れじゃねェか、赤司」
「…これ以上失望させるなよ。お前は何をそんなに思い上がっている?」
「………あァ?」
「お前が無駄にしたそのドリンクは誰が作ったものだ?…あぁ、練習に来ないお前にはわからないかな」
「……てめェ」
「そのドリンクはオレたちが全力でプレイ出来るようにと、日頃陰で支えてくれているマネージャーが作ったものだ。たかが他人の為に汗を流して、毎日ひたすら走り回る彼女たちが作ったものだ」
「……は、なんだよ赤司、やけに機嫌がわりィと思ったら、あのオンナはお前のか?」






彼が顎で示す先にはわたし。だから、そう言うわけではない。この変な空気の中、そんな事に巻き込まないでいただきたい。
眉を潜めて灰崎くんを見ればけろりとしたように口角を上げるだけ。
赤司くんは静かにわたしを一瞥したかと思えば再び口を開く。





「なんでも色恋沙汰に繋げるな、流石は思春期真っ盛りの中学生と言ったところだな」
「…ほぉ、そーかよ」
「とにかく、だ。お前のような人の気持ちを踏みにじる下衆に与えられるものはない。練習に来ないのは構わない、だが一生懸命働く者の邪魔をするな」
「…相変わらずおもしれぇな、赤司」
「でて行け」




冷たく刺すような鋭い視線を灰崎くんに向ける。その有無を言わせない様な眼差しに背筋が凍りそうになる。
入部して早々、彼のこんな顔を見ることになるとは本当についていない。

赤司くんの言葉を挑発された灰崎くんは床に転がったボトルの踏みつけ、体育館を後にした。
「な、どうにかなったろ?」わたしの肩に腕を回して笑う青峰にこれは解決したのか、と疑問が浮かぶ。まあ、それよりも。
青峰に練習に行くように促せばへいへい、と気怠そうに戻っていった。





「赤司くん」
「…柴田か、すまない。ドリンクを無駄にしてしまったな」
「え、いいよ。また作ればいいんだし」



赤司くんのあの表情が頭から離れず、少し緊張しながら声をかける。声は震えなかった。
そんなわたしに目を向ける彼もまた、いつもの赤司くんの穏やかな表情に戻っていた。
ほっ、っと息を吐き、床に転がった潰れたボトルを拾いあげる。
残念ながらボコボコになったそれは、もう使い物にはならなさそうだ。「ゆうちゃん!」名前を呼ばれて振り返ればどうやら雑巾を持ってきてくれたらしい、さつきちゃんが小走りでやってきた。


「すまない桃井、ありがとう。怖がらせてしまったかな」
「まさか!赤司くんかっこよかったよ!ね!ゆうちゃん!」
「そうだね、かっこよかった」



さつきちゃんから雑巾を受け取ろうとする赤司くんより先に雑巾を手に取る。
かっこよかった、と言うよりも奇妙な胸騒ぎと共に恐怖が勝ったのはわたしだけだろうか。「オレがやろう」眉を下げて言う赤司くんに「これもマネージャー業務の一つだよね?さつきちゃん」「うん!マネージャーがやるからいいんだよ!」と2人で微笑む。

「さっち〜ん、タイム測ってよー」という紫原の声かけにさつきちゃんはこの場からいなくなってしまったが。





「入部そうそう嫌なものを見せたね」
「いやあ、珍しい赤司くんがみれたよ。あ、靴濡れてない?大丈夫?」
「ああ、問題ない。…しかし、ボトルが潰れてしまったな」
「…そうだ、これなら家のジムに同じのあったから今日帰ったら買っておくよ」
「それなら頼もうか」
「かしこまりました」



床に膝をつけて溢れたドリンクを拭けば片膝をつけてその様子を見守る赤司くん。
…練習行ってもいいのになあ。

さりげなく横目で顔を見れば、彼も同じようにわたしの顔を見ていた。
うわ、途端に彼が家に泊まったあの時のことを思い出す。顔に熱が集まるのを感じ、なるべく自然に床に視線を戻せば彼も同じように目をそらした。




「…よく入部しようと思ったな。心底嫌そうにしていたように感じていたが」



この空気を破るように小さく口角を上げた赤司くんがわたしに言葉をかけた。心変わりしてね、そう立ち上がりながら言えば彼もわたしの後を追って腰を上げる。




「事の発端はどっかの誰かさんが勝手に入部届けだしたからだね」
「青峰の件はオレもついさっき知ったよ。止められなくてすまなかった」
「いいよ、断ろうと思えば断れたし。最終的にやるって決めたのはわたしだから」



まっすぐに私を見て言葉を紡ぐ彼に、そんなに改まらなくていいのに、と眉を下げてしまう。わたしの言葉に一瞬目を丸くした赤司くんは、普段の大人びた表情からは想像出来ないくらい反応を見せた。
…やっと中学生らしい表情がみれた。
目を瞬かせたわたしに赤司くんは「柴田?」と不思議そうに小首を傾げる。



「あ、ごめん」
「…大丈夫なのか?マネージャー業でも苦労するのに、柴田は作戦立案にも選手のケアにも関わらないといけないと聞いているが」
「作戦立案…?」



選手のケアは確かに引き受けたかもしれないけど、そこまでは聞いてないぞ。

…まあ、監督も中学生に任せるほど無責任ではないだろう。たとえ彼が両親と知り合いで、わたしのことをよく知っているとしても。げっそりとしそうになるのを堪えて「大丈夫だよ」と笑えば「そうか、」と赤司くんも笑った。




「…オレには、柴田があの日言ってたことが現実味を帯びてきたように思えるな」
「あの日?」
「家に行った時の事だ」




なるほど、彼はあの出来事を忘れてはくれないらしい。私としては非常に恥ずかしくてたまらない一場面なんだけど。
返事を濁せば赤司くんは目を細め口に半月を浮かばせる。




「……あの…あれはだね…」
「オレの心の拠り所になってくれるんだろう?」
「………なるよ」



…ただでさえ顔が整っているのにそんな綺麗に笑わないでもらえないかな、とても心臓に悪い。
黙ってわたしを見る赤司くんが余裕な表情なのが腑に落ちないわたしはタオルを手にとって彼の頭にかけてやる。彼はそんなことを気にとめる様子もなく「ありがとう」と一言添えてそのまま首筋にタオルを当てた。





「赤司くん」
「どうした?」
「…入部したからには赤司くんの支えになれるように努力するよ。赤司くんだけじゃなくて、青峰も緑間も紫原も黒子もさつきちゃんも。バスケ部のみんなの戦力になる」
「…随分はっきりと言い切るんだな、柴田らしい。期待してるぞ」
「お任せあれ、しごいてやります」











「しかし」
「?」
「みんなと同じ立ち位置にいるのにも、そろそろ飽きてきたな」
「ん?」
「いや、こっちの話だ」







灰崎くんと話していた時に抱いた奇妙な赤司くんはどこにもいなかった。


あきゅろす。
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