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無くしたもの
21はじめまして







一軍が使用する体育館に足を踏み入れれば、その場にいた部員のほとんどがこちらをみて目を丸くする。


一気に静まった体育館に居心地の悪さを感じながら足を進めていれば、足の長さに違いがありすぎるわたしと監督の間には距離が出来ていく。
普通に歩けば置いてかれてしまうため、わたしは自然と早足で彼の後ろをついていった。

どうやらこの監督は普段あまり姿を見せないらしく、いきなり彼が現れたことに対してこの場が緊張感で包まれているらしい。





「集合!」


監督の声にあっという間に部員が列を作り集まる。私はというといきなり声を荒げた監督にびっくりして肩を揺らした。
いきなり大声出さないでほしい。



集まってきた部員を見れば身長の高いカラフルな彼らの頭(赤司くんと黒子はいるのかいないのかわからない)が飛び出しているのを見つけた。
青峰を見つけてジト目で睨みつければ心底驚いたように口パクで何かを示してくる。
なんだ?
……なにしてるんだ、だと?




いや、お前のせいだよ。と心の中で悪態をついたがまさか本当に入部するとは彼も思わなかったのだろう。いつも通りの軽いいたずらだ。わたしだって実際、断ろうと思えば出来たわけだし。
そんなわたしと青峰のアイコンタクトには気付かず、監督が小さく息を吸う。





「今日から彼女には正式に一軍のマネージャーとして働いてもらうことになった。彼女のスキルは既に認識済みだ。身体に違和感があった場合等、速やかに彼女に報告をしろ。桃井、マネージャー業を彼女に教えてくれ」
「……あ、は、はい!」
「……お願いします」




監督が向けた視線の先にはスポドリが入ったカゴを抱えて立ち尽くすマイエンジェル、おっと、さつきちゃんである。

驚いた顔をした彼女はしばらくフリーズした後、かわいらしい声で返事をしわたしの隣に立った。
さすがのさつきちゃんも青峰のこの悪事は認識していなかったらしい、まあ彼女のことだから知っていたらまた結果は違ったと思うが。


「何かあったら遠慮なく言うように、解散」と簡単に挨拶を済ませた監督はわたしを一瞥すると扉へと足を進めた。
……行っちゃうんかい。


ぼーっと彼の後ろ姿を目で追いっていると頭に衝撃を受ける。
「もう!叩かないの!」わたしの後ろにいるであろう人物に頬を膨らませて怒るさつきちゃんを見れば、それが青峰であることは振り返らずともすぐにわかった。…こいつめ。

振り向きざまに腹に拳を食い込ませてやったが生憎たくましい腹筋のおかげでなんのダメージも無かったようだ。ほんと腹立つ。

ふと青峰の隣を見やればそこには紫色をした彼もいた。





「お前何してんだよ!」
「しばちんなんでいんのー?」
「………なにしてんだよだと?なんでいるのだと?」
「ほんとにゆうちゃんどうしたの…?!あんなにやらないって言ってたのに!」



青峰と紫原の発言に頬がひきつる。
誰のせいだと…!

わたしの肩に手を置いてゆさゆさするさつきちゃんは心底心配された。
頭がおかしくなったとでも思ってるのかな。




「青峰にはめられた」
「え…!大ちゃんなにしたの…!?」
「入部届け勝手に出されました」
「ちょ!無理強いはだめだよ!」
「ま、マジで入部するとは思わなかったんだって…!」
「…あー峰ちんが書いてたの入部届けかー」




さつきちゃんのお叱りを受ける青峰は焦ったように顔を引きつらせていた。
ほんとうにさつきちゃんには弱いなあ、さすが幼馴染み。

みっちりと説教を受け「悪かったな」と頬をぽりぽりと掻きながら言う彼に、もう怒る気はさらさらなかった。
どうやら反省はしたようだし、最終的にやるときめてしまったのはわたしだ。




「あ、わたしゆうちゃんに色々教えないといけないね!話は終わってからにしよ!」



さつきちゃんの言葉に今が部活中であったことを思い出した。雑談してる場合じゃない。



「そうだね、教えてさつきちゃん」
「ゆうちゃんがいるならこれから楽しく出来そうだなあ!なんでも聞いてね、わたしこれでも先輩なんだから!」


カゴを片手で持ちドヤ顔で胸を叩くさつきちゃんは可愛いこと可愛いこと。
ついつい顔を綻ばせせれば「あー」と青峰が指先でボールを回転させながら呟く。



「じゃあ帰り一緒にかえろーぜ。詫びに肉まんでも買ってやるよ」
「なんで上からなのか」
「んじゃ、オレもまいう棒買ってあげる〜。これから世話になるし」




…これからこの人たちの世話をするのか。
この先のことを考えてすでにげっそりとしてしまいそうなのを堪えれば「いこう!」とさつきちゃんに手を引かれその場を後にした。


一度体育館から抜けてさつきちゃんにドリンクの作り方を教わる。
料理のできない彼女がそんな事をして大丈夫だろうかと不安になったが無事(作り方が書いてあるため変なものは入れてないらしい、よかった)に完成。
それをカゴに放り込んで体育館に戻る。

「タオルと配ればいいんだよ!」というさつきちゃんの指示に従い、ドリンクを配ることにした。






「みーどーりーまー」
「……柴田」


まず初めに見つけたのはTシャツで汗を拭う緑間。驚いたように目を丸めている。
おへそでてるよ、と声をかければ顔をしかめる彼にタオルとドリンクを手渡す。




「…桃井から誘いを受けていた時はひどく嫌がっていたようだが。どうして入部したのだよ」
「君たちのお仲間がいろいろとね」
「……青峰か?」




どうしようもない馬鹿なのだよ、と緑間がドリンクに口をつける。

わたしが名前を出すよりも先に青峰の名前が出てくるあたり、彼が本当にバカ認定されてる事に顔を緩めずにはいられない。




「…断ろうと思えば断れたけど…なんか入部することになっちゃった」


ぽつり、静かに呟けば彼は小さく瞳を揺らした。珍しく同情されているらしい。



「お前が入部したことでいい方に向くことはきっとたくさんあるのだよ」
「そうですかね、例えば?」
「………」
「………なんか言おうか」
「………きっとな。頼りにしている」
「わ、えぇ…?」



相当覇気のない顔をしていたのか、慰める様にポンポン、と緑間の手が頭を叩いた。
…紫原や青峰に頭をかき乱されたことはあるけど、緑間がするのはなんとも珍しい。

またもや頬が緩んでしまいそうになるのをこらえながら緑間を見上げれば「早く行け」と横目で見られた。よっ、ツンデレ!







「柴田さん」
「うぉおう!!」
「………」
「……ごめんて」




緑間から背を向けて歩き出そうと思えばいつの間にか背後にいたらしい透明少年の声にわたしの身体は大きく揺れた。
あからさまに驚いた様子のわたしに普段無表情の彼がわずかに眉を下げたのを感じてとりあえず謝っておいた。
いや、背後にいられたら誰でもね。

大粒の汗を流して顔を青くする黒子を見れば一軍の練習がどれだけハードなのかがすぐに見てとれる。




「黒子顔色悪いけど」
「……練習がきついので。そんな事より柴田さんは大丈夫なんですか」
「え」
「…すみません、ちょっとしたいつもの軽い冗談のつもりだったんですが」



心配してるのか。久しぶりに見せた彼の紳士的な態度に素っ頓狂な声を出してしまう。
最近の彼はわたしに対して辛辣だったし(面白いからいいけど)いきなりこうも心配されると調子が狂う。
急に気恥ずかしくなって汗が流れる黒子の顔をタオルで拭けば「苦しいです」顔を歪めた彼に腕を掴まれた。




「…入部届けのわたしの名前書いたの、黒子だよね」
「…はい、よくわかりましたね」
「青峰があんな綺麗な字かけるわけない」
「なるほど」



かすかに口角を上げた彼にわたしも同じように微笑み返す。ドリンクを口へと運び嚥下する彼の顔色は、先ほどに比べれば落ち着いてきたようだ。
ごくん、ドリンクを口から離し「正直言うと」と口を開く彼を見れば、柔らかな眼差しをした彼と視線を交わす。
私の腕は握られたままだ。離せ。





「青峰くんの強引さには戸惑いました。柴田さんに対しても罪悪感もありますが」
「うん」
「すみません、それ以上に君がマネージャーとして入部してくれた事が嬉しいです」
「…なんで?」
「なんでですかね」
「わからんのかい」
「はい」




あっけらかんと言い放つ彼の顔はいつも通りの無表情に戻っていた。
緑間も黒子もそうだけど、わたしに何をそんなに期待しているのかと思ってしまう。言う本人に聞いてもわからない以上はわたしにも到底わからないだろう。追求したくなる気持ちを抑えてしっかり休憩しなよ、と声をかければ短く返事をして彼は再びドリンクを口にした。



わたしが無駄話をしている間にさつきちゃんが青峰と紫原のドリンクを渡してくれたらしい、申し訳ない。
どうせなら黒子に渡せれるようにすればよかった、彼女は黒子に好意を抱いているようだし。明日からはそうしよう、そう心に決めてカゴに目をやるれば、一本残っていることに気付く。……赤司くんがいない。


出払っているんだろうか、来た時に渡そう。カゴに入ってるドリンクを持とうと手を伸ばせば、先に伸びてきた手に阻まれた。






「これ余りだよな。じゃ、貰ってもいーよな」
「ちが………えっと」





降ってきた声に驚きながら視線を向ければそのにいたのは灰色の髪をしたなんとも目付きの悪いこれまた大きな男。
それは赤司くんの、続けようとしたその言葉もあまりの迫力に飲み込んでしまった。





「てか誰だっけ?またしらねぇ内にマネージャー増やしたのかよ」
「…今日からです。お願いします」
「…そいやあ、アンタよくダイキとかと一緒にいたな。どれかの女か?シンタローか?」
「………はあ?」




待て、なんでそうなる。彼の身長が高いせいか、眉を寄せて視線を向ければ自然と睨みつける形になってしまった。「随分威勢いいじゃねェか」口角を上げる彼は本当に中学生なのかと疑う。


てゆうか今来たならドリンクいらないだろ。そんなことを言えるわけもなく、ただ見てるしかないわたしを他所に彼はドリンクを口に運ぼうとする。

が、彼の腕は下から伸びてきた手に掴まれ、ドリンクが口に辿り着くことはなかった。
灰崎クンとやらの腕に掴むその人物は、まさにわたしが探していた人だった。





「…無断で遅刻をするような人間が口にしていい物はここにはない」
「…なんだァ?副主将様のお出ましか。」





灰崎クンの腕を掴み上げる赤司くんの眼は、
今まで見たことが無いような冷たく鋭いものだった。







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