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無くしたもの
20 支えるべき人





ボールが地面にぶつかる、シューズと床が摩擦でこすれる音、コーチの怒号に関係の無いわたしまで身を固め息を飲む。
体育館でわたしは練習を眺めていた。



なんでかと言われれば、それはわたしが監督に対して変な情を持ってしまったから。
いやいや、青峰がこんなことをしでかさなければこんな事にはならなかったのだろうけど。


監督室で話を終えた私が連れてこられた場所はなんとも汗だらけの男の園、体育館。
青峰を見つけて殴ってやろうとあたりを見回せば「第四体育館は主に三軍の練習場所になっている。一軍は別だ」と監督。
なぜわかった。




「あんな話をしていたが、ここは知っての通りバスケの強豪校だ。マネージャーに対してもそれなりのスキルが必要になる。わたしは君のスキルはよく知っているが、君にも入部の試験を受けてもらわなければならない」
「え」




試験あるのかよ。それこそやりたくない。


あからさまに嫌な顔をするわたしに
君なら大丈夫だ、と顔を綻ばせる監督。
…なぜそんな事が言えるのか。この人は父とどれだけの交流があるのだろうか。



ジト目で睨みつけていればそんなの御構い無しに彼はコートの中を指でさす。
ん?視線を向ければシュート練習をする選手の中の一人を指差していた。

なんだ?首を傾げれば監督は「彼には何が足りないと思う?」と私の顔をみる。



なるほど、そういうことか。
まったく気分が悪い。





「…力が入りすぎてるんじゃないでしょうか」
「つまりは何だ」




どうやら一言では終わらせてはくれないらしい。厄介な人に会ってしまった。
無意識にひとつ、ため息を零せば彼の瞳が私を捉える。やば、口を押さえて誤魔化すように口を開いた。




「…シュートは全身を使ってフルに使って投げるものではないですよね。基本は脱力ですから。脱力した状態でシュートが決まるのは、重要な筋肉が連動して動いているから」
「ああ」


「人間には同じ体の造りなんて存在しませんから、誰かの真似をしようとしても簡単にはできません。大事なことは、自分なりの効率的なポイントを把握して自分だけのシュート感覚を正確に把握することです。
彼は毎回フォームが違いますね。身体のわずかなズレを修正して固めれば、入るようになりますよ、きっと。個々の筋肉を連動して動かせれば成長できる気がします。ひたすら打ち込めばなんとかなりますよ」
「彼が修正すべき点は?」

「え、まだ言うんですか」
「テストだからな」



産まれてこんな喋ったことはないんじゃないか、それくらい話した気がするが。
どうやらまだ入部はできないらしい。いや、できればしたくはないけれども。
すう、息を吸って名前も知らない彼のシュートフォームを見つめる。



「…つま先がもっと内側に向けば腕の進展も楽になって余分な力も入らないんじゃないでしょうか。…あとは膝を曲げすぎですかね。膝を曲げるのはボールに力を適切に伝えるためであって、最大限に高く跳ぶためではない。空中で自分の体をコントロールできる範囲で、しっかりと飛べることが重要。
……だと父から聞きました」
「もう十分だ」



わたしの言葉を聞き終えやんわりと静止してきた監督を見上げれば満足、とでもいったように口角を上げていた。
どうやら入部することになったらしい。
どうにも憂鬱である。「柴田」言葉を発した監督に短く返事をする。





「早速いまから一軍の使用する体育館で、彼らのサポートをしてもらう。君にも、彼らを導く力になってもらおう」




くるりと踵をかえし、コツコツと足音を体育館に響かせながら体育館を出る。
そんな監督の背中を追いかけわたしも続けて体育館を出た。

…しかしこんな温厚そうな人が監督なのか。この人が、帝光中バスケ部を連覇に導いた人物。監督室で言っていたことが頭をよぎる。



監督は彼らがいつか壁にぶつかると言っていた。それはなんなのだろうか。
…彼等に何が訪れるのだろうか。




そしてなによりー…




『約束してほしい、何があっても彼らの気持ちに寄りそい、彼らの側にいると』




なぜこんな要求をしたのか。
まるで自分がいなくなる事を決めているかのように。




目の前を歩く背中を見つめれば、手を重ねたあの時の場面がフラッシュバックする。


あの表情はわたしが考えているよりももっと、「柴田、どうかしたのか」考えれば考えるほど疑問が溢れる。
監督に名を呼ばれ顔をあげれば、もうすでに体育館の扉の前にたどり着いていたらしい。



ダン、とボールを弾く音が外まで聞こえてくる。…ここで一軍の彼らが練習をしている。わたしがこれから支えなければならないらしい人達が。


ふう、なんでこんなことになったのか。一つため息を零せば「さあ、行こうか」と監督が扉に手をかける。







「青峰は一発殴ります。なんなら全員殴ります」
「赤司もか」
「それは無理です」







ふ、と監督の頬が緩んだのを見て、開かれた扉の先へと足を進めた。





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