無くしたもの 17黄瀬を招く 「ただいまー」 「あ!おかえりゆう!!ねえ!オレ太ったかな!?久しぶりに昔のチームメイトに会ったらデブって言われて!!!」 「げ、」 「お邪魔しまーす!!」 「えっ」 「え」 あれからやたら機嫌の良くなった黄瀬とともに我が家に帰ってきた。 鍵を差し込み扉を開いた途端父の声が聞こえてきた。ここまでは想定内。 しかし目に入ってきた父の姿にわたしも黄瀬も目を丸くして小さく声を発した。 なんで上半身裸なんだよ。 「父さん、なんで裸なの?」 「違うんだって!太ったかなって!鏡見てただけなの!てか誰?!ゆう彼氏!?」 「あ!お邪魔します!柴田さんとは熱くお付き合いさせていただいてます!帝光中学校1年C組黄瀬涼太っス!モデルやってます!」 「うん、友達ね」 慌てて服を着る父はなんと情けないことか。 予行練習通りの自己紹介を終えた黄瀬の脇腹を小さく小突けば「あれ?そうだったっけ?」とすっとぼける。 本気にするからやめて。服を着た父さんは顎に手を当て「ん〜」と小さく唸り声をあげながら黄瀬を見やる。 「イケメン引っ掛けたなあ!身長高いな!バスケやらないか!?」 「バスケっスか?うーん」 「父さんジムいかないとでしょ!夜ごはん作っとくからはやくいきなよ!黄瀬は彼氏じゃない!」 「そんな否定されると傷付くっス」 いつまでも黄瀬から離れようとしないお父さんの背中を押して外に出す。扉を閉めてやろうとドアノブに手をかければわたしをみていた父さんが口を開く「オレ、黄瀬くんならお婿さんに迎えてもいいぞ!」 だから彼氏じゃないんだって。 扉を閉め鍵をかける。厄介な父親だよほんと。わたしに引き換え楽しそうに笑う黄瀬をリビングに案内すれば「随分ガタイのいいお父さんなんスね」と言葉を漏らした。 「バスケやってたらしいからね。よくしらないけど」 「しかもジム持ってるなら相当金持ちっスね…柴田っちがお嬢様…似合わない…」 「おい、お嬢様じゃないし」 さて、ごはんを作りにかかるか。 座ってていいよ、と言葉をかけてキッチンに向かう。材料はあるようだ、玉ねぎを切ろうと手に取ればいつの間にか側にいた黄瀬に玉ねぎを奪われた。 「手伝うっスよ!ご馳走になるわけだし!」 「いいよ、座ってて」 「華麗に玉ねぎを切ってるオレを見て惚れ直すといいっスよ」 「今日全然わたしの話きかないな」 シャラ、と星が見えそうなほど華麗にウインクを決めてきた黄瀬に引きつつ卵を溶いていく。さりげなく手伝いに来てくれた黄瀬は流石というかなんというか。 ちゃらんぽらんに見えるけど意外としっかりとしてるのだ。こないだ泊まらせた紫の巨人はずっと寝てたよ。関心関心。 それから数分後、涙を流しながら「もう…ムリっス…」と小さくボヤいた彼に爆笑した。 「あ、おかえり父さん」 「おかえりなさいっス!」 「ただいま。ゆう、びっくりするくらい黄瀬くんが馴染んでるよ。」 「コミュ力高いからさ」 帰ってきた父を普通に迎え入れるこの金髪の男は当たり前の様にキッチンに立ってわたしと一緒に夕食の準備を行っている。 これには父もびっくりらしい。 出来上がった三人分のオムライスをテーブルに並べて席に着く。「いただきます」と三人で手を合わせて食べ始めれば黄瀬が目を輝かせて絶賛してくれた。 それを聞く父が「そうだろ?うまいだろ?昨日の夜ごはんはな…」とやかましく黄瀬に絡む。…なんだこの状況。 それにうんうんと相槌をうつ黄瀬も謎だ。 食事を取り終えても2人の話が途切れることはなく、ただただ仲を深めていく黄瀬と父に「洗い物してくる」と席を外した。 もう好きにしてくれ。 洗い物を終えてリビングに戻れば慌ててわたしを見る父と黄瀬。「…また変なこと話してた?」と聞けば「いや、なんでもないっス!」とカバンを手に立ち上がる黄瀬。 おい、何を吹き込んだんだ。 そんな気持ちを込めて父の顔をジト目で見ればあっけらかんとした様子で「送って行ってあげなよ〜」と笑う。 なにを話してたんだ。 「じゃあ、お邪魔しました」 「まって黄瀬、途中まで私もいく」 「え、いいっスよ!危ないし!」 「いーのいーの、じゃいってきまーす」 リビングにいる父に一声かければ「はーい」と声が聞こえた。 「柴田っち〜…」眉を下げて拒否をする黄瀬の手を引いて外に出れば冬の寒さが身体に触れた。はあーっと息を吐いて手を擦れば黄瀬が「だからいいって言ったのに」と鼻を赤くして微笑んだ。 「今日は楽しかったっス」 「お気に召しました?黄瀬おぼっちゃま」 「柴田っち意地悪っスね」 「はは、黄瀬おもしろいんだもん」 「なんていうか」 「うん?」 頬を書きながら笑う黄瀬を見れば彼も同じようにわたしを見ていた。 「柴田っちと一緒にいて落ち着く理由がわかったっス」 「え」 「いいお父さんっスね〜」 「ちょ、変な話してた?」 「いや、べつにっス!あ、ここでいいっスよ!もう近くなんで!」 え、教えてくれないんかい。眉を寄せて黄瀬を見上げれば髪を掻き乱される。「また明日っスね」と微笑む黄瀬がなんだかすごくカッコよく見えて顔に熱が集まるのを感じた。 周りが暗かったおかげで気付かれないで済んだけれども。 気恥ずかしさを隠そうと黄瀬の頭に一生懸命手を伸ばしてぐしゃぐしゃにしてやれば「かがんだほうがいいっスか?」と口角を上げる。馬鹿にしてるな。 「柴田っち」 「ん?」 「まだ彼氏は作ったらだめっスよ」 「なにそれ、できないよ」 「どーっスかね〜」 「黄瀬がいるからいいよ」 生憎告白されるほど美女ってわけでもないし、性格だってかわいくはない。 そんなものよりもバスケ部の彼らと過ごす毎日が楽しいし、黄瀬とのおしゃべりも楽しい。そんな彼らがいる限り彼氏という特定のものはできないだろう。 ふと黄瀬を見れば「う〜……」と顔を手で押さえながら唸る黄瀬がいた。 「なに、どうした」 「…そーゆーのズルいっスよ!」 「え、えぇ?」 「…オレも柴田っちと居る限りは、彼女できないっスわ」 「え、うわっ」 そう再びわたしの頭をかき乱して「気をつけて帰るんスよ!またメールするっス」と背を向けて歩き出した。結局父との会話も聞き出せなかったけど、まあ彼の様子を見ると変なことは言われてないだろう。 離れていく彼の背中をみていてふと、 しばらくは黄瀬に彼女が出来ないことを願ってしまうわたしがいた。 |