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無くしたもの
16 黄瀬が嫉妬






「もう無理っス」
「…」
「こんな生き地獄耐えられない、ひどいっス、信じてたのに」
「…黄瀬」
「もう終わりにしよう、このままだとオレも柴田っちもダメになる」
「…ねえ」
「何も言わないでいいっス、言わないで。柴田っちの気持ちもわかってるつもりっス。そんな悲しそうな顔をするのは卑怯っスよ…」
「……」
「でもこんな仕打ちってないっスよ!!」
「うわっ」
「なんで…!!!なんで!!」
「おいこら」





「なんでオレもお泊まり呼んでくれないんスかああぁぁあああ!!!!」








だめだこりゃ、わたしの両肩を掴んでうつむいたかと思えば泣きながら身体を抱きしめられる。やめてくれ、ファンに刺される。




事の発端は登校中に黄瀬と会ったことが始まり。カラフルな頭をした彼等を自宅に泊めた次の日の事。
水も凍るような寒さの中、3週間に一度あるかないかの頻度で黄瀬が無意味に早く目覚める日がある。それが今日であった。
いつものようにわたしを声をかけた黄瀬に「昨日メールしたのに返事来なかったから超寂しかったっスよ!」プンプン、とでも聞こえてきそうな表情をする彼にそういえば来てた気がするなあと静かに考える。
あれはちょうどみんなを布団に運んでた時だったし、赤司くんとの会話が濃すぎて後回しにして返事をするのを忘れてた。


メールの内容といえば『柴田っち〜!オレどの角度から見たときが一番決まってるっスか?(*゚ー゚)』真剣に考えたんだよ?考えたけど、いやどの角度もかっこいいじゃん!って思って返事忘れてた。
その事を黄瀬に伝えれば隣を歩いていた黄瀬が消えているのに気づく。え?後ろを振り返れば目が取れるぞ、と言うほど目を見開く黄瀬。
どうしたの、と声をかけるより先に「柴田っちの浮気者!!!」とわたしを置いて学校に駆けて行った。開いた口がふさがらない。
何キャラなの黄瀬くん。




それからはずっと黄瀬のターン。授業中には『何時に何をしたという日程表を送りなさい』『柴田っちが作ったご飯をみんながたべたってことっスか』『どんな風に寝たのか図面にして提出して』と山のような追求メールがきた。電源を切った。

それから放課後、携帯の電源を入れれば何件かメールが来てたがまあ歩きながら返信しようと教室を出たところ、奴が現れた。
はい黄瀬くんです。そして今に至るのです。
眉を潜めてやけに深刻な顔をする彼に詰め寄られ目を丸くすればさっきのセリフ。
1日引きずってたの?なんてこった。この子愛情に飢えてるのかな。
ぽかん、とするわたしの肩を掴んで抱きしめれば女子が小さく悲鳴をあげる。
みんなが想像してる黄瀬がモデルだかなんだか知らないけど彼は常人ではないと思うよ。ちょっと可笑しい。好きだけど。


抱きしめてくる黄瀬の髪が頬をかすってこそばゆい。いや、このままだと明日にはもう黄瀬の過激なファンによって私の命はなくなるだろう。君この前守るって言ってなかったっけ?火に油注いでるよ。
ふう、どうしようか。とりあえず視線が痛いから黄瀬の腕の中でぐるり、背を向けて歩き出す事にした。黄瀬はまだ離れない。
のろのろと足を動かし着いてくるが、ちょっと無様すぎやしないかモデルくんや。




「黄瀬」
「…」
「そろそろ苦しいな」
「……」
「わたしどうしたらいいですか」
「このまま柴田っちの家に着いてく」
「断る」
「ぐぇっ」




即答すれば黄瀬は「ほらそうやって突き放すぅううう」と腕に力を籠める。苦しい!殺す気か!手をポンポンと叩けば力を緩める。今家にくるって言った?





「黄瀬くんや、わたしは成り行きで泊めることになっただけだからね」
「それでもずるいっス!そんな簡単に男泊めるなんて何考えてんスか!!」
「いや、さすがに男だけだったらわたしも泊めないよ。女の子もいたし、大雪の中傘なしで帰れなんて言えないじゃん」
「う…まあ…そうっスね…うん…」
「それにあの人たちと何か起こるなんて考えてないから。何もなかったし、友達でしかないから」
「……絶対?」




後ろから聞こえてきた黄瀬の声に一瞬言葉をつまらせる。頭に浮かんだのは赤い髪をした彼とのあのワンシーン。
いや、なにもなかった。あれは違うよね。



「うん」
「………何もなかったんスね?誰とも?」
「…うん」



表情を見られないように顔をそむければ腕を解いて隣に並んでくる。顔を覗き込んでくる黄瀬をジト目で見れば「…怪しいっス」と眉を潜めていう。「え、なに?」心を無にして靴を履き替えれば黄瀬も同じように自分の下駄箱に向かい靴を履き替え校舎を後にした。

隣を見ればまるで犬のように耳を垂らしたしょんぼりとする様子の金髪男。こんなでかい身体してるわりには随分メンタル弱いな。







「今日お父さんいるよ」
「柴田さんと熱くお付き合いさせていただいております。帝光中学校1年4組の黄瀬涼太です。モデルをやらせていただいてます」
「友達ね」





さすがの黄瀬も父を出せば遠慮するだろう、そう考えた私が甘かったようだ。
キリッとわけのわからないシミュレーションをし始めた彼を適当にあしらって歩みを進める。まったく仕方ない。
もう彼は引かないだろう。



まあ、お父さんがいるといってもジムがあるし、そう顔をあわせる時間も多くないだろう。あの人も来るもの拒まずな性格だし、何を言われるということもない、筈。
横目で黄瀬を見やればそれはそれは嬉しそうに口角を上げていた。






夜ごはんはオムライスにしよう。






あきゅろす。
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