微睡み
眞王と仲直りをし、より関係を深めた二人――…。
眞王は元々だが、フィアリスは特に悪戯の度が過ぎて、大賢者も少々頭を抱えていた。
とはいえ、フィアリスの笑顔が絶えないならば、さほど悪戯というものは悪い気がしないのが不思議だった。
それほど、最近のフィアリスは元気がなかったのだ。
そんな様子で大賢者も二人を多目に見て、遠目から見守るという姿勢を保っていたある日のこと。
ドーン、という凄まじい爆発音がしたかと思えば、城内の一部が破損した。
勿論、その中心にいるのはフィアリスである。
雑務をこなしていた眞王はまたか、と肩を落として家臣達に目配せをしてその場をあとにした。
大賢者と連れだって歩く二人の前に、満面に勝ち誇ったような笑みを浮かべたフィアリスがいた。
城内の破損した場所はない――いや、確かに破損したはずなのだが。
「今度は何やった?」
「新技よ」
「は?」
「だから、最近ちょっと調子が良いから色々試してたんだけど、今成功したのよ!
城内の破損箇所、なおったわ」
これには二人とも驚いた。
ただの悪戯だとは思っていなかったが、まさかこの短期間で自らの力を更に高めるとは思ってもみなかった。
調子が良い、というのはおそらく眞王のおかげだろう。
さすがの大賢者も、フィアリスにとっての眞王の存在の大きさを感じさせられた。
(まさか……これほどまでとは)
感心する二人の前で、フィアリスの体が僅かに傾いた。
「大丈夫か?」
「うん、ちょっと成功したから気が抜けちゃって…」
曖昧に微笑を浮かべてはいるが、休息をとるべきだろう。
「陛下、今は彼女の側に居てあげてください」
「良いのか?」
「はい、フィアリスと同じく、最近の貴方の仕事もかなり『調子が良い』ですから、もう殆ど今日の雑務は終わっているでしょう?」
「そうだったな…」
「自覚なかったんですか?」
「いや、ただお前が仕事を終わらせないとフィアリスに逢わせないと言うから、ちょっと本気を…な」
「大賢者ってば、そんな威しかけたの!?」
「そのかわり、驚くべき速さで仕事を片付けておられましたけど。全く――お二人には敵いませんね」
大賢者は爽やかな顔でそう言いながら、内心ニヤリと眞王に目配せした。
眞王は少々恥ずかしげにコホンッと軽く咳払いをして、大賢者を軽く睨む。
「まぁそうだな。あそこにでも行くか?」
「え…えぇ、そうね」
眞王は、大賢者から早く離れたいらしく、ぐいと手を引いて歩き出した。
(からかい甲斐のある方になりましたね…)
クスクスと笑いながら、眞王達を見送る大賢者。
フィアリスはただ、いつも余裕綽々な眞王が見せるちょっと焦った表情が新鮮で、捕まれた手がいつもより少しだけ熱い体温が心地よかった。
二人が着いたのは、城内のある屋根の上。
見晴らしも良く、日当たりも良い二人だけが知る穴場であるが……此処は以前二人が仲直りをした場所でもある。
だから、あれからというもの、自然と二人はこの場所に足を運ぶようになったのだ。
『互いの愛を確かめあうように』
惹かれ合うように、待ち合わせもしておらずとも、二人は此処に何度でも来た。
何故だろう、どちらかがそこに行ったとき、風が鳴くのだ。
『あの人が、あの場所で待っている』
と。
「眠いのか?」
「――…ちょっと」
フィアリスは眞王の隣に腰かけて、目を擦った。
「ちょっとじゃないだろ?」
「えっ!?」
眞王は鋭い視線でフィアリスの瞳を捉えたかと思うと、自分の方に思いきり引き寄せた。
「何日寝てない?」
頭上から聞こえるいつもより低い眞王の声。
「3日ぐらい…かな」
「バカかお前は!」
(バカとか酷い)
とは思ったが、この場合は眞王の方が正論だろう。
だが、負けじとフィアリスも食い下がって返した。
「だってあともう少しって頑張ってると夜が明けちゃうし、仕事もあるし…」
「その集中力の高さには感心するが、少しは自分の体のことも考えろ。お前の体はお前だけのものじゃないんだからな」
「何それ」
「言葉通りだ」
「いや、意味わかんないし」
フィアリスは肩を竦めて、眞王を見上げた。
陽の光で輝く金色の髪が風に靡き、その隙間からちらつくビー玉のように澄んだ瞳。
「お前は、俺のものだ」
「何よ、急に」
「お前が俺の為に頑張っているのは嬉しい。だが、無理はしてほしくない。
俺は、お前が健康で、ただ笑顔を浮かべているだけで幸せになれる」
「またそんな…健康って爺さん婆さんじゃあるまいし」
相変わらず恥ずかしすぎる台詞をさらりという眞王に、言葉をごまかすように返して空を仰いだ。
「肩をかしてやる」
「は?」
「寝ろ」
またしても強引に眞王に更に引き寄せられた。
肩をかしてやるというより、胸をかしてやる……と言った方が適当だろう。
眞王の温かみにうつらうつらしながら、フィアリスは曖昧に頷いて欠伸をした。
「――…ん、じゃあちょっと寝る」
疲労が溜まっていたのか、そう言ってすぐ、規則正しい寝息が眞王の耳に聞こえてきた。
――…微睡みの中、切に願う。
『このまま二人、いつまでも共に在りたい』
と。
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