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強がり
何か気をまぎらわそうと、フィアリスは城内をふらついていた。

丁度、ある角を曲がった時に誰かとぶつかりそうになった。

「あ!ごめんなさい」

少しぼっーと考え込んでいたものの、慌てて我に返り表向きの表情を浮かべた。

「―…フィアリス、こんなところで何を?」

場が悪いことに、ぶつかりそうになった相手は大賢者だった。

しかも、いつのまにやら書斎近くに向かっていたらしい。

フィアリスには一番縁のない場所だ。

「大賢者こそ、何してるの?」

一気に声のトーンを落としたフィアリスは舌打ちしそうな勢いである。

「資料の整理をしていたのですよ。それより、こんなところに居て良いのですか?」

「なんで?」

「私が此処にいるということは、陛下は―…」

「知らないわ」

大賢者の言葉を遮って、フィアリスは顔をしかめた。

「フィアリス?」

「私のことは放っておいて」

自分が知らない眞王を知っている大賢者がイヤだった。

誰かに指図されるのがイヤだった。

――…手に取るようにわかっていた眞王の存在を、遠く感じてしまうから。

「何をそんなに拗ねているのですか?」

「大賢者には関係ないっ!」

これはフィアリスと眞王の問題なのだと瞳が訴えていた。

大賢者は優しい、だから眞王に対する不安が膨張してしまう。

「――…暫く、1人にさせて」

フィアリスは、大賢者の顔もみずにその場から逃げるように走っていった。

その後ろ姿を見つめたまま、大賢者は大きくため息をついた。

「私が何を言っても聞かないでしょうね」

知らぬ間に自分ばかりを追い詰めてしまうフィアリスを救える人物は、大賢者が知る限りただ一人。

「――…眞王陛下」

平和は愛を乱す。

「なかなか、うまくはいかないものですね」

書物も、自分の知識もあてにならない。

愛という二人の絆。

二人を信じるしかない。













「はぁ…。」

城の上に寝そべりながら、フィアリスはため息をついた。

いくら自分がイラついていたとはいえ、大賢者に八つ当たりしてしまった自分がつくづく嫌い。

空は青くすみわたり、雲が流れている。

心地よい風が髪を靡かせ、フィアリスは静かに目を閉じた。





『――…ねぇ、雲っておいしそうじゃない?』

『バカか、お前は』

唐突なフィアリスの問いに。眞王は笑った。

『貴方に言われたくないわよ』

『良く言う。お前も相当だろう』
『失礼ね!』

『だいたいお前がそんなに何でも出来たら、俺の立つ瀬がないだろう?』

『は?』

『だから、付き合っている者としては互いの出来ないものがあって、それを埋め合えるぐらいが丁度良いって話だ』

フィアリスはいつになく真面目な眞王にきょとんとした。

『――…なんだ?』

『いや、そんなこと思ってくれてたなんて思わなかった』

ただ自分の足りないばかりが目に入って、必死にそれを埋めようと必死だった。

毎日毎日、眞王の隣にあり続ける為に何もかもこなそうとしてきた。

そうでないと、不安だったから。

『――…意外か?』

眞王は苦笑いしたが、フィアリスは素直に頷いた。

『私…その言葉を待っていたような気がする』

――…今のありのままの自分を肯定してくれる言葉を。

『そうか。気づけなくて悪かった』

『え?いや、今私も気づいたの。必死に頑張っていたけど、それは違うんだって』

眞王の隣にあり続ける為に、それは結局自己満足だった。

自分が不安で仕方がないから逃げていただけ。

『貴方の為に、私に出来ることをしたい』

ただ眞王の笑顔が、声が、瞳が、全てが好きだから。

必死に自分にないものを埋めるんじゃない、眞王になくて自分にあるものを埋める。

共に支えあう。

『俺もお前の力になりたい』

『ふふっ…もう充分よ』

――…だってほら、今気づかせてくれたのは貴方だから。

フィアリスは今までと違う気持ちで眞王を見た。

確かに感じる、自分にない何かを埋めてくれる愛しい人。











なのに。









「――…私、こんなところで何してるんだろ」

虚しくなって、瞳に涙がたまった。

幸い上を向いているせいか、雫は落ちない。

「支えあうって言ったのに」

「――…本当だな」

「きゃあ!?」

急に目の前に眞王が現れた。

「待て!そっちは…」

自分が城の屋根の上にいることを忘れていた。

危機一髪、眞王が抱き止めていなかったら地上へまっ逆さまに落ちていただろう。

「寿命が縮んだ」

「――…ごめん」

「何かあるなら俺に言え」

「――…ごめん」

頭上から眞王のため息が聞こえた。

「謝って貰いたいわけじゃない。不安なんだ――お前が何処かへ行ってしまうようで――だから、言葉でちゃんと伝えてほしい」

眞王の顔は見えなくても、真剣だという思いが伝わってきた。

あの時と同じような確かな愛を感じる。

「――…うん」

「良し、じゃあ…俺を心配させた代償を」

「は?」

気づけば眞王はいつもの口調に戻っていて…おそらくろくなことを考えていない。

にやけている眞王の姿が目に浮かんだ。

「何すれば良いの?」

とはいえ、フィアリスにも否はある。

フィアリスはしょうがなく聞いてみた。

「そうだな…お前からキスとか?」

「なっ!?」

「それで全部許せる気がする」

――…眞王は卑怯だと思う。

断れないのを知っていて言っているに違いないからだ。

フィアリスは顔を真っ赤にして、眞王に手を貸してもらって城内に降り立った。

目の前にいる眞王の顔がまともに見れない。

「――…まだか?」

「いきなりハードル高くない?」

「俺がいつもやってるようにすれば良いだろ?」

眞王の言葉を聞いて、ますます無理じゃないかと懸念した。

「とりあえず、目を閉じなさい」

「あぁ」

気づけば緊張の為に、フィアリスの口調が変わっていた。

眞王はそんなフィアリスを見て微笑みながら、目を閉じた。

暫く、沈黙という名の二人だけの時間が続いた。

(今よ!)

幾度目かの試みで漸くフィアリスは背筋を伸ばして、眞王の唇に触れるだけのキスをした――はずだった。

「……んん!?」

しかし、残念ながら手慣れた眞王のペースに呑まれ、結局いつもと同じ状況になってしまった。

「―…っ!?」

「――…なかなか良いな」

唇を離した後で顔が真っ赤なフィアリスに、眞王はニヤリと笑う。

フィアリスは、わなわなと震えだし、

「眞王のバカ!」

バチーンという、凄まじい平手打ちの乾いた音が城内に反響した。








――…キス一つで全部許せる気がする。

『それは、愛する人のキスだから』






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