日常
「朝から仲が宜しいですね…。」
清々しいばかりの微笑をうかべ、本を抱えて佇む大賢者。
「……っ大賢者!?いつからそこに!?
ていうか、聞いてた?」
焦ったフィアリスが慌てて、眞王から離れた。
聞いてた?の響きには、半ば殺意が感じられた。
「いえ、さっき来たばかりですよ。
そうですね……『好き』あたりから。」
要するにかなり恥ずかしい台詞の辺りからいたらしい。笑顔が眩しい大賢者だが、腹の底は真っ黒だ。
「…この腹黒。」
「貴女も人のこと言えないでしょう?」
「あら心外ね?私は人を選ぶもの。」
瞳を睨ませ、続く冷戦。
やれやれと眞王は、フィアリスを引き寄せた。
「あまりコイツをからかうな。
俺の特権なんだからな。」
「いつ、そんな特権を私が貴方にあげたかしら?」
「ばかをいうな。
恋人の特権だろ?」
またしても二人の世界に片足突っ込んだのを、大賢者の咳払いが現実に引き戻した。
「良くも平気で言えますね。
一応私がいるんですけど。」
「―…何かあったのか?」
眞王も不本意ながら、大賢者に質問を投げ掛けた。
「いや、何かあったも何も…。」
大賢者は、フィアリスと眞王を一瞥して、肩をすくめた。
「あのような魔力の使い方は、控えて下さいとあれほど言っているというのに…。」
「お前、またやったのか?」
「…当たり前じゃない。
勿論、私だって疑ってるのは大賢者だけどね。
眞王と違って信用厚いから。」
イタズラっぽくフィアリスは笑う。
フィアリスは、眞王ともにいや、眞王よりもたちが悪いかもしれないイタズラ好きだ。
しかも、大衆の前では完璧な眞王の側近を演じている為か、全く疑われない。
むしろ、可哀想なほど大賢者が責められることもある。
「なかなかアレは、良かったと思うんだけど。」
「何やった?」
「ちょっと、訓練中の兵達でサボりがちな輩に小細工したの。」
しかも、フィアリスのイタズラは所謂制裁のようなものばかりなので、密かに賞賛の声も絶えない。
「おかげで、兵達が一部震え上がってますけどね。」
「士気が上がって良いんじゃない?」
またしてもフィアリスは、にっこりと大賢者に微笑む。
負けず劣らず、フィアリスも腹が真っ黒なのだ。
「まぁ、良いじゃないか。」
「貴方は甘過ぎですよ、眞王陛下。」
「だから三人でバランス取れてるんでしょ?
さてと、私は散歩でもしてくるわ。」
フィアリスは大きく伸びをする。
「とか言いながら、またちょっかい出すんだろ?」
「まぁね。」
「お前も俺と変わらないじゃないか。」
眞王が拗ねたように言った。
「は?」
「さっきのことだ。」
「私と貴方じゃ目的が違うじゃない!
だいたいね、誰彼構わず女の子口説いてる女好きに言われたくないわよ。」
「何を言う。お前にもいつも、特別な愛をささやいているではないか?」
「それとこれとは、話が別よ。」
「何が別なんだ?」
「―…お二人とも、痴話喧嘩は後でやって下さい。」
大賢者が呆れたように二人を見比べた。
「はっきり言ったらどうなんですか。
私だけ見てほ―…。」
「それ以上言ったら、シバくわよ?」
「すみません。」
フィアリスの声色の低さにさすがの大賢者も怯んだ。
「流石だな、フィアリス。」
眞王が感心したように、フィアリスを見た。
「誉めてるの?それ。」
「当たり前だ。
で、何だって?」
「聞かなくて結構。じゃ。
ぁ、大賢者。余計なこと言わないように。」
フィアリスは颯爽と身を翻し、部屋を去る。
「俺は何か言ったか?」
「いえ。」
「全く…。感情の起伏が激しいヤツだ。」
「そのわりに、嬉しそうですけどね。」
「愛しているからな。」
大賢者は、フィアリスの去った扉を見やる。
「それは本人に言ってあげて下さい。」
「お前もアイツの肩をもったり、言い合ったり、わけがわからないな。」
「そうですか…。まぁ、彼女と眞王ぐらいですからね。
私に向かってあれこれ言ったり、面倒事を持ってくるのは。」
そういう大賢者の笑顔は相変わらず真っ黒だったが、何処か嬉しげでもある。
「―…大切にしてあげて下さい。」
「言われなくてもわかっている。」
――俺にはアイツが必要で、アイツには俺が必要だ。
―――惹かれ合わずには、いられない。
――――何よりも大切な恋人。