壱 友雅殿の養女となった金髪碧眼の少女――詩紋殿の姉君である貴方。 帝に寵愛されているとも聞いていた。 どちらにしろ私にはあまり関わりはない、と思っていた。 しかし、先日の騒動で貴方に対する考えが変わった。 『―…私は鬼だから』 絞り出したようなか細い声が胸に残る。 貴方が癒した腕の傷に私は戸惑いを隠せずにいた。 そして今、貴方とシリンが私の目の前にいる。 伍、葛藤 「憔悴しきったいい顔してるじゃない。いい気味だわ、私をさんざん軽く見た罰よ」 ククッと愉しげにシリンが微笑んだ。 ――母上、養母上……申し訳ありません。 鷹通は静かに心の中で謝罪を述べた。 由岐はただ、今の状況をどうしたものかと頭を抱えていた。 病み上がりの上に、過剰に力を使ったせいか――むやみに動くことはできない。 鷹通はふっと、私は大丈夫です、と由岐に目配せをした。 (まさか…) 鷹通は母より京をとるのだろう。 最悪の場合、やはり力を使うしかないらしい。 由岐はぐっと手に力をこめつつ、事態を見守っていた。 「さぁ、四方の札を手に入れるんだよ」 シリンが指図すると目を閉じた鷹通の両手の内にポゥと暖かな光が生まれる。 「この光は……八葉である証。 龍神より与えられた神力。 示現を―――…」 鷹通の言葉に導かれるように眩しいばかりの光が辺りをみたした。 ―――いや、その力は…四神より与えられるもの。 ふいに鷹通と由岐の頭に響く声。 ――…そなたは白虎の力を得ている。この場所を知ることが出来たからには…そなたを天の白虎と認めよう。 (鷹通が天の白虎?) 由岐は首を傾げた。 ――私は大威徳明王、西の札を司る者。札に秘められた大威徳明王の力なり。 「―…大威徳…明…王」 鷹通は思わず呟いた。 「一体誰と話してるんだい!?」 シリンには声が聞こえていないらしく、鷹通に怒鳴るが――相も変わらず声はやまずに頭に響く。 ――西の札とは白虎を操る札。龍神の命により、四神は八葉に加護を与える。 ――龍神と神子が見えぬ理(コトワリ)でつながっているように、四神と八葉も天地の理でつながっている。 ――札を介せば、八葉の意思は四神は伝わり、意のままにもできよう。 「――――ちょっといつまで世間話するつもりだい?早く札を取りな」 しびれを切らしたシリンが鷹通を急かした。 「待って」 「姫?」 「今、大事な話してるの」 由岐にもシリンに聞こえない『声』が聞こえているのだと気づいた。 由岐の声は真剣そのもので、シリンはその威圧感に思わず押し黙った。 (なんて…瞳) その瞳の強さはシリンもよく知る輝きに似ていた。 (――…アクラム様) シリンは胸に刺した鋭い棘を振り払うように、鷹通を睨んだ。 「――…四神を守護に戻す為に札が必要なのです。私にその西の札を……」 鷹通は冷や汗を流しながら訴えた。 しかし、 ―――渡せぬ。 「!?」 大威徳明王はそれを受け入れない。 「何故です!?」 ――この場所への導き手は八葉の『天の四神』。そして、西の札をおさめた岩倉の祠への道の開き手は『地の四神』でなくてはならぬ。 (地の四神?) どうやら鷹通は駄目らしい。 由岐は難しい顔をしたまま、声を聞いている。 シリンはそれを見て、由岐が『鬼の姫』たる由縁をまざまざと見せつけられた。 ――これが天地の理。八葉はその属性を四神と天地に分ける。加護する神力の違い、それをまた天地にわかつことにより、天地――太極の力となる。 ――天の四神・地の四神が力を合わせることで、神の領域まで力を高められるよう仕組まれているのだ。 ―――天の青龍。 ―――地の青龍。 ―――天の朱雀。 ―――地の朱雀。 ―――天の白虎。 ―――地の白虎。 ―――天の玄武。 ―――地の玄武。 ――――…札が必要ならば、『地の白虎』を…。 「――…ふふ」 声が途切れてから、鷹通は突然微笑を浮かべた。 (鷹通……?) 由岐もハッとして我に返る。 「―――何がおかしいのさ?」 状況が全く理解できていないシリンは、先ほどと違う鷹通に焦りを感じた。 「残念ですが、私一人では札は手に入らぬようです」 「なっ!?」 「八葉が二人一組でないと、見つけられないみたいだわ」 由岐が落胆した声を出すと、二人は同時に驚愕の表情を浮かべた。 (由岐殿にも聞こえていた…?) 鷹通は益々由岐の存在が解らなくなり、味方か敵かすら疑った。 しかし、今鷹通が考えるべき問題――立ち向かうべき相手はシリンである。 冷静さを取り戻そうと躍起になりながら、シリンにいい放つ。 「拍子抜けですね。あなたの手持ちの駒は私の母だけだ」 シリンは鷹通の言葉に思わずカッとなり、アレを取り出した。 「ならば、札が手に入れられないようお前を殺すだけさっ。怨霊・古鏡!」 しかし対する鷹通もシリンに負けてはいない。 「もとより私がここへ来たのは札をあなたに渡す為ではない。その怨霊を滅する為です!」 「母親の霊魂を取り込まれていてできるのかい!?」 「無論、母もろとも!彼女から今日の為に尽くせと教えられたのです。これ以上、死者を冒涜するなど我慢なりません!!」 「ほざいてんじゃないよ!」 (鷹通……シリン……) 鷹通が理性で隠してきた身に沸き上がる情熱をふつふつと感じた。 『安心しました。鷹通殿にも貴女のような方がいて…』 鏡の中の鷹通の母の言葉を思い出すと、胸が苦しくなる。 少しだけ話しただけだったが、鷹通の母らしい人だった。 誠実で真っ直ぐな心を持っていて……『鬼』である由岐をも受け入れてくれた。 それなのに、親子共々辛い選択を強いられている。 シリンにしても必死なのは『純粋』なアクラムを想う気持ち故。 見向きもされない孤独さをシリンは何より怖れている…人と変わらぬ感情を持つ『女』なのだ。 (こんなの…哀しすぎる) ――…鬼と人はどうして相容れないのだろう。 (どうして私は――…『鬼の姫』なの?) 溢れ出した孤独感は、徐々に心を蝕んでいく。 気づけば由岐は二人の間に割り込もうと足を踏み出した。 しかし、その一歩は由岐の良く見知る人物達によって遮られた。 「お退り下さい。由岐殿」 ――頼久。 「病み上がりなのに無茶は良くないね…君らしくもない」 ――友雅。 「何かあったら言えって言っただろ!」 ――天真。 「無理はするな」 ――泰明。 「1人で抱え込まないで」 ―――そして、龍神の神子『あかね』。 (私はどちらも捨てられないの…きっと此れからも―――…ごめん) |