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「…ん……。」

由岐が目を開けて見た景色。

それは、ちょうど国語の資料集で見た

―京の都『平安京』そのものだった。

(時代劇の撮影会場…?)

そう思いながら首をひねるが、

それにしては規模が大きすぎるし、

何より目の前の『平安京』は紛れもないホンモノに見えた。

由岐は、ふと手元の鞄を手に取る。


いつの間に倒れ込んだのか、

由岐は、もっと景色が見えるように移動しようと立ち上がった。

しかし、此処は山の中。

しかも、道の整備など全くされていない、

落ち葉の積もった滑り放題の山だ。

「…っ!?」

立ったと思った瞬間、右足が滑り、

坂を転がり落ちかけ、慌てて近くの木にしがみついた。

鋭い痛みが右足を襲う。

どうやら切ったらしい。

そこからどうにか体勢を立て直し、

ようやく山のふもとにたどり着いた由岐。

「……え?」

思わず由岐は目を疑った。

往来を行く牛車、

狩衣や直衣姿の男たち…。

時代劇どころではない。

何故なら、

――誰も、洋服を来ていない。

由岐はふと自分を見た。

学校の制服である。

ひどく自分が異物に思えた。

「一体、何なの…?」

声を出さずにはいられなかった。

何か、自分で自分を感じていなければ、

自分の存在が消えてしまいそうな気がした。

「…今年の紅葉も見事だな。」


(誰か、来る!?)

由岐は慌てて、木の陰に隠れた。


いかにも身分の高そうな男が、

一人で悠々と歩いている。

もっとよく見ようかと思い、

勢い余って、男性に突っ込んだ。

男性はふらりと由岐を抱き止めた。

「…ぁ、すみません。」

「いえ、私も紅葉に見とれていたので…。

大事ないか?」

「…はい。ありがとうございます。」

やけに丁寧な相手に、戸惑いを感じながら、

由岐は礼を述べた。

「そうか…。

ならば、良かった。」

そして、彼の口調はどこか固くて、

より高貴さを感じた。

ふと視線が合う。

彼は驚いたように由岐を見た。

「…そなたは、鬼なのか?」

「…はい?」

(鬼…?)

由岐は耳を疑ったが、

彼の目を見る限り冗談で聞いているようではなさそうだ。

「なんで、私が鬼なんですか?」

「何故…と言われても、私も困ってしまうな。」

彼はそれきり黙ってしまった。


「…それに鬼なんて、この世にいるの?」

由岐が不審げに呟いた。

彼はきょとんとしながら、由岐を見た。

「そうか、そなたは知らないのだな。

服装も何処か異国のもののようであるし。

ならば、そなたは自国へ帰った方が良い。」

諭すような優しい口調だった。

しかし、今の由岐に変える場所などない。

「私、帰る所がないの。」

「…そうか。

だが、今この京でそなたは、

その姿では恐らく、差別を受けるかもしれない。 」

「どういうこと?」


「そなたのような金髪碧眼の者は、

鬼と間違われやすいからだろう。

実際、鬼は皆、そういう容姿であるからな。」

「鬼ってそんなに悪いの?」

「穢れを京に撒き散らし、

人々に厄災をもたらす恐ろしい種族とされている。

だが、私はそんな彼らとわかりあいたいと思うがね。」


そう言って決意の強い瞳で、細く笑った。

由岐も思わず魅せられていた。

「優しいのね、貴方。」

「何が?」

「だって、その、鬼と同じ容貌の私を助けてくれたし、

それに鬼ともちゃんと向き合おうとしてるから。」

きっと、この時代の人で

彼のような人はそうそういないと感じた。

「ん…足を切ったのか?」

「えぇと、さっきちょっとね。」

「ちょっと待っていろ。」

彼はそういうと、かなり綺麗な模様の布をとりだし、

由岐の右足の傷口に巻いた。

「応急措置だが…。」

「そんなっ。なんかごめんなさい。」

「何故、謝る?」

「私、さっきから貴方に助けて貰ってばかりだから。

ぁ、そうだわ。

これ、足に巻いてくれた布のお礼。」

由岐は自分の鞄から、小さな編みぐるみマスコットを差し出した。

昨日の夜、出来たてのそれは、

友人の誕生日にあげるはずだったものだ。

「ほぅ…これは…。」

彼は嬉しそうにそれを眺めた。

「大事にしよう。」

「気に入って貰えて嬉しいわ。」

それから、ふと彼は言った。


「…そなたは帰る所がないと言ったな?」

「ぇ?はい。」

「私でよければ力になろう。

そうだな、橘少将ならそなたを引き取ってくれるかもしれない。」

「橘少将?」


(人の名前だろうか…?)


由岐が考えていたのも束の間、


急に、草藪から束帯の男が現れた。


あきゅろす。
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