壱
「詩紋、早くしないと遅れるわよ。」
玄関から、リビングにいる詩紋に声をかける。
慌てた詩紋と心配げな両親の声がする。
少女は玄関に腰をおろして詩紋を待つ。
少女の名は、流山由岐。
二つ年上の詩紋の姉である。
現在、学校では会長もつとめる姉。
詩紋はそんな姉が時々重荷ではあったが、
それ以上に大好きだった。
詩紋と同じでお人好しな由岐は、よく詩紋を助けてくれた。
詩紋が料理好きなのは、由岐の影響もあるだろう。
「ごめん。お待たせ。」
「ん、良いわよ。じゃあ、行ってきます。」
「行ってきます!」
両親に見送られ、家を出る。
いつもと変わらない日常。
「昨日作ってくれたミルフィーユ美味しかったよ。」
中学三年の由岐は、受験勉強も忙しい。
昨日、そんな由岐の為に、詩紋はこっそり差し入れを置いておいたのだ。
「本当に!?」
「詩紋、また腕あげたんじゃない?」
「そう…?」
「ええ、自信持ちさいなって。
詩紋のお菓子はいつも美味しいもの。」
満面の笑顔で言うと、詩紋は照れたように頷いた。
控えめで心優しい詩紋、
由岐は詩紋が頼もしい反面、詩紋がいじめの標的にされていることを心配していた。
極力は詩紋を庇ったりしているが、詩紋自身が一人で抱え込むタイプなのでなるべく一緒に過ごしているのだ。
しかし、由岐が卒業してしまえば、もっと状況が悪化することは予測できた。
金髪碧眼の容姿…、昔は由岐もいじめを受けたが、
ある程度人としての馴れ合い方を身に付けてから、いじめは受けていない。
寧ろ容姿を逆手に、生徒会長までつとめているのだ。
(どうにか助けてあげたいけど…)
由岐はいつも詩紋のことばかり考えていた。
『我が姫よ……』
不意に風に乗って声が聞こえた。
「…?詩紋、何か言った?」
「うん?言ってないけど?」
「そう…。」
気のせいだろうと思い直す。
しかし、
『我が姫、鬼の姫よ…』
また声が聞こえた。
激しい頭痛が由岐を襲う。
『我がもとへ、京へ』
詩紋には聞こえていないらしい。
由岐は、だんだんと酷くなる頭痛を堪えながら、詩紋に言った。
「ごめん、忘れ物したから、家に戻るね。」
「え!?一緒に戻るよ。」
「大丈夫。
詩紋は今日、日直でしょう?
遅れたらまずいわ。」
詩紋が困惑していたが、由岐は、
じゃあねと言って、来た道を戻っていった。
詩紋は、仕方なく学校へそのまま向かった。
『――どうしてあの時、姉を一人にしてしまったのか。』
それから、由岐は消えてしまった、
何処かへ
―――詩紋に残るのは、後悔ばかり。
ぱったりと、途絶えた消息
原因不明の行方不明
――――――――詩紋は突然、一人になった
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