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残散華
12

夕陽が、じりじりと目の前の道を焼いている。
疲労困憊で帰ってきた旧幕府軍の兵たちが見たのは、絶望的ともいえる光景だった。
―――奉行所が、薩摩藩兵に囲まれている。
「おい、マジかよ……」
後ろで、永倉が呟く声がする。それを背に聞きながら、土方は唇を噛みしめた。隊士たちに一気に広がった諦めとも絶望ともいえるような視線が、背中を痛いほどに焦がす。
「いや……」
奉行所に薩摩の旗が上がっていないということは、おそらく奉行所はまだ落ちていないのだろう。
ここで、立ち止まっているわけにはいかない。
「…まだ終わったわけじゃねえ」
絞り出した声はまだ力を失っていなかった。ゆらり、と立ち昇らせた殺気に、全軍に緊張が走る。
「白けたツラしてんじゃねえよ。―――てめえらァ、刀を抜きやがれ!ここを突破する!」
「土方さん……」
はっきりと、漂う空気が変わった気がした。
緊張が、闘志に。闘志が、力に―――。
「何を……!今の自分たちの状況をわかっておるのか。これ以上被害を出すわけには――」
渋い顔をした会津藩の将の言葉を遮ったのは原田だった。
「それはこっちの台詞だぜ」
「なに…?」
「奉行所にいる奴らは僅かな人数であそこを守ってんだ。援護してやるのが俺らの仕事だろ?それに、どのみち奴らは俺らを潰すつもりだぜ。今の俺らに、薩摩の連中を挟み討ちする力はねえと思ってんだよ」
そう。大方、敗走してきてボロボロになった俺らを叩き、ついでに奉行所に押し入ろうってつもりだったんだろうが。
「お生憎様だ。新選組をなめんじゃねえ…!」
「そういうこと。さ、もうひと頑張りといきますか!」
からりと言って永倉が刀を担ぐ。だが、彼よりも先にスッと前に進み出たのは、途中で合流した斉藤だった。
「副長。被害が一番少ないのは三番組です。ここは、我々が…」
刀を構え、土方たちをかばうように立った後ろ姿に、自然と口角が上がる。
「はっ、言ってくれるじゃねえか。俺らがもう刀を握る力もねえくらいへとへとだってか?」
「!いえ、そう言うわけでは……」
少し慌てたような戸惑ったような表情で振り返った斉藤に、ニッと笑って刀を抜く。何の恐れも、不安も、怯みもなかった。やることは一つ。目の前の敵を叩きのめす。ただそれだけだ。
「行くぞ、俺に続けッ!!」
「うおーー!!」
地響きのような歓声とともに、巨大な牙となった新選組が薩摩藩兵の陣に襲いかかる。後には、先ほどの将を先頭に、会津藩の部隊が続いた。
「くそっ!出遅れるな、走れ!」
そんな声が聞こえるところを見ると、どうやら単なる弱腰でもないらしい。背後に背負う兵たちに、鋭気が漲るのを感じる。
―ここで……ここで終わるわけにはいかねえんだよ…っ!!
弾幕射撃の構えで並べられた銃口を、土方はギッと睨み据えた。
その時――。

ズドオオォォンッッ!!!

突然の轟音とともに、ぐらぐらと地面が揺れる。
土方の目には、それが、何か巨大な力によって目の前の銃口の壁が破壊されたかのように見えた。
銃を構えていた薩摩藩兵たちが、不思議なほどにゆっくりと倒れていく。
それが奉行所から放たれた砲丸によるものだと気づいたのは、土煙の向こうに、正門に据えられた大砲が見えた時だった。
道が開いている。
砲丸が通った軌跡が、そのまま奉行所へと続く道だった。
「今だ!突破しろ!!」
土方の声に、しばし呆然としていた兵たちが弾かれたように走り出す。
それを阻もうと再び薩摩藩兵の壁が作られるが、それを打ち崩したのは、美しく弧を描く白刃のきらめきだった。
「トシさん!早く!ここは私が支える!」
「道をふさがせるな!深入りせずに押しかえせ!銃撃がくるぞ!」
「怪我人を中へ!応戦できるものは戦え!」
井上、山崎、そして名。奉行所から繰り出した兵たちが、薩摩藩兵を押し返し、両側に分かれた兵には奉行所から雨霰と銃弾が浴びせられる。薩摩藩兵と切り結ぶ土方たちの背後を会津藩兵、そして新選組の隊士たちが駆け抜けていった。自然、土方たちが殿を受け持つ形となる。
「名!やってくれるじゃねえか」
怒号と剣戟の音がひしめき合う中、近くで銀を振るう名に声を張り上げる。
「いえ、こちらこそ土方さんたちが突破を図ってくれたので助かりました」
あれで背後が手薄になったんですよ、と笑う彼女の背後に迫った敵を、一刀のもとに斬り捨てる。「油断するな」と睨みつければ、まるで土方の行動がわかっていたかのように、にっこりとした笑みが返ってきた。
―ったく、図々しくなりやがって。
心中でそう呟きながらも、不思議と、悪い気は起こらなかった。




日が落ちた。
続々と入ってくる戦況はあまり芳しいとは言えない。
戦の発端となった銃声が響いた鳥羽街道では、総指揮官の竹中重固の不在や大阪からの兵を率いてきた滝川具挙の逃亡などで混乱し、旧幕府軍は優勢な兵力を生かしきれず敗北。
ここ伏見でも、旧幕府軍は敵の本陣・御香宮神社に踏みいることすらできなかった。薩摩藩の包囲網を突破してなんとか奉行所に帰還したものの、現状はとても凱旋と呼べるものではない。
ドオオオオンッッ!!
ドオオオオンッッ!!
「おい、千鶴、こっちだ」
「はい、ただいま!―――― ドオオオオンッッ!! ――――きゃあ!」
「おい、こっちも頼むぞ!」
夜になって再開された砲撃に、怪我人の治療に駆けまわる千鶴の声も掻き消されてしまいそうになる。名も怪我人の間を回りながら、神経を尖らせていた。
先程から不穏な予感がする。なにやら、砲撃の激しさが増したようなのだ。夜陰に乗じて羅刹隊が出動していったはずなのに……。
―山南さん…。平助…。
帰還の報せは、まだ来ない。
名の不安とともに、夜の闇の中で、奉行所は揺れ続けていた………。





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