残散華 3 「昨晩、京の都を巡回中に浮浪の浪士と遭遇。相手が刀を抜いたため斬り合いとなりました。隊士らは浪士を無力化しましたが、その折、彼らが『失敗』した様子を目撃されています」 「…私、何も見てません!」 少女が思い切ったように口を開く。土方の視線がわずかに和らいだ。 「ほんとに何も見てないのか?」 「見てません!」 「…ふーん。なら、いいんだけどさ」 「あれ?総司の話ではお前らが隊士を助けてくれたって話だったが…」 ん?と名は首を傾げた。この子、そんなことしてたかな…? ちらりと沖田の方を見ると、彼は薄く笑って黙っていろとでも言うように唇に指をあてた。 「ち、違います!…私はその浪士たちから逃げていて、そこに新選組の人たちが来て…。だから私が助けてもらったようなもの―」 「ちょっと!!」 「じゃ、隊士どもが浪士を斬り殺してる場面はしっかり見ちゃったってわけだな?」 「!!!」 「あんた、馬鹿か…」 ここで沈黙するなど肯定しているのと同じだ。名は思わず舌打ちをすると、沖田を睨みつけた。 「…仕掛けましたね」 彼は相変わらず感情の読めない笑みを浮かべている。 「つまり、最初から最後まで一部始終を見てたってことか…」 「っ……!」 「おまえ、根が素直なんだろうな。それ自体は悪いことじゃないんだろうが…」 原田はそこで言葉を切る。このままでは、残念だが殺すしかないということになりそうだ。 「隊士を殺したのは私です。この子はほとんど何も見ていない。殺すなら私を―「わ、私たち誰にも言いませんから!」…はあ」 ダメだ。純粋すぎる…。助け船を出そうとした名を遮って、なおも主張する少女に今度こそ頭を抱えたくなった。 「偶然浪士に絡まれていたという君が、敵側の人間だとまでは言いませんが…。君に言うつもりがなくとも、相手の誘導尋問に乗せられる可能性はある」 「う…」 案の定、山南に厳しい現実を突きつけられた彼女は何も言えなくなってしまう。 「話さないというのは簡単だが、こいつが新選組に義理立てする理由もない」 「約束を破らないという保証なんてないですし、やっぱり解放するのは難しいですよねえ。ほら…。殺しちゃいましょうよ。口封じするならそれが一番じゃないですか」 「そんな……!」 「…ふざけないでください!民を守るのが新選組でしょう?それにこの問題はそちらの管理が悪かったから発生したものではないんですか?」 だんだんと怒りがこみあげてくるのを、名は感じた。殺気のこもった目で幹部連中をねめつける。 部屋の温度が急激に下がっていった。 二度目の睨み合いで先に折れたのは、土方だった。 「俺たちは昨晩、士道にそむいた隊士を粛清した。…こいつはその現場に居合わせた」 「―それだけだ、と仰りたいんですか?」 からかうような山南の口調に土方は苦い顔をしながらも言った。 「実際このガキの認識なんざその程度のもんだとは思うんだが…」 「…オレは、逃がしてやってもいいと思う」 藤堂が困ったような顔をして言った。 「こいつは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」 …理由。まぁ、あんなものただではつくれないか。 今の発言の意味に気づいたのだろう。少女も不思議そうに目を瞬かせている。 土方が忌々しそうに舌打ちをした。 「平助。…余計な情報をくれてやるな」 失言に気づいた藤堂はあわてたように両手で口をふさぐが、もう遅い。 「あ〜あ。これでますます、君たちの無罪放免が難しくなっちゃったね」 やっぱり…。名は大仰にため息をつく。 「男子たるもの、死ぬ覚悟くらいできてんだろ?お前らもあきらめて腹くくっちまいな」 …男子…? …まさか、こいつ私の隣の女の子を男とでも言うつもりか。鈍いにもほどがあるだろう。 「永倉さん、この子、女の子ですよ…?」 「「「「!!!!」」」」 あら、今度はなんだか驚いた人たちが多いわね。 「お、女ぁぁ!?」 「う、嘘だろ…」 「…この近藤勇、一生の不覚!まさか、まさか君が女子だったとは!!」 「女の子を一晩縄で縛っておくとは、悪いことをしたねえ…」 あんたら、そんなことしてたのか…。 「あ、あの。どうしてわかったんですか?」 「ん?あぁ、そりゃあなた、こんな可愛い子を男にするなんてもったいないでしょう?」 名は縛られた両手で少女の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「しかし、本当に女だって言うなら、殺しちまうのも忍びねぇやな…」 「男だろうが女だろうが、性別の違いは生かす理由にならねえよ」 「ごもっともです。女性に限らず、そもそも人を殺すのは忍びないことです。京の治安を守るために組織された私たちが、無益な殺生をするわけにはまいりません」 「結局、女の子だろうが男の子だろうが、京の平安を乱しかねないなら話は別ですよね」 彼女を女だと気づいていたであろう方たちが、考え込むように腕を組んだ永倉に釘をさす。 「それを判断するためにも、まずは君の話を聞かせてくれるか」 「…私は、雪村千鶴といいます」 近藤が少女に視線をむけると、彼女は順序だてて説明しはじめた。 もともとの住まいは江戸にあること。 連絡の途絶えた父を探しに京に来たこと。 道中、面倒ごとに巻き込まれないように男装していること。 「そうか…、君も江戸の出身なのか!父上を探して遠路はるばる京にまで!」 近藤は感極まったのか、目を潤ませている。 「して、そのお父上は何をしに京へ?」 「父様は、雪村綱道という蘭方医で―」 「―なんだと!?」 千鶴が父の名前を口にした瞬間、その場の空気が一変した。 「これはこれは…。まさか綱道氏のご息女とはね」 「父様を、知っているんですか…?」 「…綱道氏の行方は、現在、新選組で調査している」 「新選組が、父様を…!」 「あ、勘違いしないでね。僕たちは綱道さんを狙ってるわけじゃないから」 「あ…、はい」 千鶴はほっとしたように息をつく。 「同じ幕府側の協力者なんだけど…。実は彼、ちょっと前から行方知れずでさ」 「幕府側を良く思わないものたちが、綱道氏に目をつけた可能性が高い」 「!!!」 「…生きている公算も高い。蘭方医は、利用価値がある存在だ」 「父様…」 「綱道氏が見つかる可能性は君のおかげで格段に上昇しましたよ」 「…え?」 「綱道氏がここを訪れたのは数回ほどでしてね。はっきり言えば、面識が薄い。ですが、綱道氏の娘である君ならば、身なりが変わっていようと看破できますね?」 「…はい」 「あの蘭方医の娘となりゃあ、殺しちまうわけにもいかねえよな」 土方が面倒くさそうな口調で千鶴をみる。 「…昨夜の件を忘れるっていうんなら、父親が見つかるまでお前を保護してやる」 「君の父上を見つけるためならば、我ら新選組は協力を惜しまんとも!」 「あ…ありがとうございます!」 近藤の言葉に、千鶴の顔がほころぶ。 「本来であればここのような男所帯より、所司代や会津藩に預けてやりたいんだが…」 近藤は困ったように頬をかく。 まるで、彼女をどうしてもここにおいておかなければならないような口ぶりだ、と名は思った。 「不便があれば言うといい。その都度、可能な範囲で対処してやる」 「ま、まぁ、女の子となりゃあ、手厚くもてなさんといかんよな」 おまえ、手のひら返すの早いな…。名は呆れた目を永倉にむけた。 「しかし、隊士として扱うのもまた問題ですし、彼女の処遇は少し考えなければなりませんね」 「なら、誰かの小姓にすりゃいいだろ?近藤さんとか、山南さんとか―」 面倒そうに顔をゆがめる土方に沖田がキラキラした笑顔を向ける。 「やだなあ、土方さん。そういうときは言いだしっぺが責任取らなくちゃ」 「ああ、トシのそばなら安心だ!」 「そういうことで土方君。彼女のこと、よろしくお願いしますね」 「…てめえら…」 さらに近藤や山南からもキラキラの笑顔をむけられ、土方は苦虫をかみつぶしたような表情になった。 ―まあ、近藤さんには悪気はないんだろうけど…。 とりあえずよかった。男所帯におくのは少々不安だが、殺されるよりはましだ。名は千鶴に笑顔を向ける。 「―と、いうことみたいだから、頑張るんだよ?」 「は、はい!」 かわいいなぁ。名が千鶴の頭を撫でていると、厳しい声がかかった。 「…おい、次はてめえの番だ」 それと同時に緩んでいた部屋の空気も瞬時に張り詰める。 そう…。私はまだ、生きられると決まったわけじゃない。 [*前へ][次へ#] |