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残散華


―――部屋に沈黙が落ちて……弾ける。
そんな時間まで、どこか冷静に数えている。

「総司…今なんて…」
「ほんとなのか、名!?」
一斉に向けられる驚きに満ちた視線が、体中を突き刺す。その痛みに、名はかすかに顔をしかめた。
「なにも…ここで言う必要などないのでは、沖田さん?」
「おい、名、答えろ。…総司の行ったことは本当か?」
「………」
―ああ、嫌だ。だから話したくなかったんだ。
「答えろ…!」
―こうなるって、この人たちはこういう人たちだって、わかってたから…。
「………ええ、事実ですよ」
「!!」
「名!」
土方の気配が一気に険しくなったのが視界の端でわかった。
「名、今すぐその力を仕舞え」
「………」
首をめぐらして、怒りに満ちたまなざしを受け止める。そして、かすかに眇めた目で紫紺の瞳を見つめ返した。
「……力を解放していない姓は、普通の人間と変わりありません。私は血を失い過ぎた。姓にとっては致命傷です。たとえ出血が止まっても、あのままでは、ゆっくりと死んでいくしかなかった。だから、力を解放したんです」
本当は風間に半ば強制的に解放させられたのだが、それを話すと、さらに幹部たちが目くじらを立ててややこしいことになりそうなので、黙っておくことにした。
「…それに、沖田さんにも言いましたが、力を解放したからといってすぐに死ぬわけではありません。たとえ後々の寿命が削れることになったとしても、今は傷を癒すことが先決です」
「名、だが―」
土方から視線を外し、立ち上がる。途端、ぐらりと揺れる世界に内心で舌打ちをした。
かすかに熱を持つ傷口は、まだそう簡単には名を落ち着かせてくれそうにないらしい。
幹部の制止が聞こえるが、それを無視して部屋の襖へと向かう。今は早く、一人になりたかった。
しかし――。
「!……離してください、斉藤さん」
「断る。そんなふらふらの体でどこへ行くつもりだ?」
「部屋に戻るだけです。離して」
「その前にその力とやらを何とかしろ。こうしている間にもあんたの命は削れていってるんだろ」
「………だから…っ」
―ダメだ。こんなんじゃ離してくれない。
彼の手を振り払おうと思うのに、眩暈はどんどんひどくなる。布団から出てきたのは、やはり時期尚早だったか…。
そして、崩れ落ちた体を抱きとめた斉藤を睨みつけた時。

ドクンッ―!

―……え…?
嫌な脈動が心臓の奥から聞こえた。
斉藤の腕を掴んでいた手が激しく痙攣し、それを抑えようとするもかなわない。全身の体液が沸騰するのを感じる。抑えきれない不思議な力が体中を駆け回る。
―なに、これ…?!
体中が熱くて、焼け焦げてしまいそうなのに、額に浮かんだ汗は、なぜかひんやりと冷たかった。
「……っあ……、く…っ!」
「おい、名!?」
突然苦しみだした名に驚いた幹部たちが駆け寄ってくるが、それにすら構う余裕はなくて。
「…はっ……離して……っ!!」
「名―――ぐはっ!」
軽く押しただけのはずの斉藤が壁に叩きつけられる。
自分でも力の制御がうまくできていない自覚はあった。それでも頭を支配していたのは、本能が告げるたった一つの命令。
―――早くこの部屋を抜け出せ。暴走する姓の力が、それこそ手をつけられなくなる前に。
これ以上ないというほど目を見開いた幹部たちの視線を振り切って、名は床を蹴った。
一瞬のうちに扉が近づき、部屋を飛び出す。凍えた冬の空気がざっと部屋に流れ込んで、名の銀色の髪を揺らした。
「名ちゃん!」
「ち――、総司、おめえは寝てろ!!」
背後にそんな会話が聞こえる。その声が急速に小さくなり、須臾にして、名の姿はかき消えた。


バンっという荒々しい音ともに、倒れこむようにして部屋に駆け込む。張りつめていた糸が切れて、がくんっと畳に膝をついた。
不規則な呼吸の狭間で、震える手は無意識に左肩の傷へとのびる。
激しい動きに自然と開く傷口と、それを抑え込もうとする姓の力。
不安定な傷口は熱を持ち、脈動しながら名を苛んだ。
―ま、無理矢理あの部屋まで行った私が悪いんだけどね…。
自らを嘲る間も、全身を支配しているのは荒れ狂う力の波で……。
「は、……ぁあ……っ!」
強制的に生みだされた熱は体中を荒らし、左肩の傷へと集中していく。心臓が乗り移ったように、そこは激しく脈動した。
―早く…、抑えなきゃっ…!
そう思うのに、波は激しさを増していくばかりで、熱に浮かされた脳はひたすら傷の疼きを伝え続ける。
そして……。
「ぁ……だ…め……っ――――!!」

バチッッ!!!

弾けた熱が、一瞬で傷を消し去った―――。


―――。
―――――。
「………はぁ……はぁ……」
じっとりと汗ばんだ着物の感触にゆっくりと目を開く。
荒い呼吸は部屋に響き続けていたが、傷の痛みも疼きも熱も、今は感じられなかった。
左肩に手を滑らせてみると、そこにあるのはただなめらかな素肌のみ。
―治ったんだ…よかった…。
そうほっと息をついたとき、さらり、とこぼれた髪の毛に名は呼吸を止めた。
闇の中に輝くそれはまぎれもなく銀色で、それはまだ花織の力がおさまっていないということを意味する。
そして、そこで初めて名は、額の違和感に気づいた。
かざした手は、額の皮膚に触れる前に、別の何か固いものにぶち当たる。
おそるおそるその形をなぞって、名は「あ…」と声を漏らした。
角、だ。
二本の長い角が名の額から生え出ていた。伝説通りの鬼の姿。名が鬼である、証……。

「おい、名?いるんだろ、返事しろ!」

部屋の外から声がかけられたのはその時だった。
びくり、と体を強張らせて、名は背後を振り返る。襖一枚を隔てた向こう側に複数の気配があった。
じっとり、と再び体が汗ばんでいくのがわかる。
―ダメ…。いまみんなにこの姿を見られたら……。
「おい、名!」
―早く…力を……。えっと…力ってどうやってしまうんだっけ……?
焦りと、恐怖と、緊張。必死に酸素を吸いこもうとする喉が冬の空気に乾いた音を立てた。
「名!いるのはわかってんだ、開けるぞ!」
―ダメ……。
「――やめてください!!」
「………」
襖の外側に沈黙が広がっていく。
「……やめて、ください……。私なら、大丈夫ですから…っ」
―力なら、一人でしまえるから、だから……!
「おい、名」
「入ってこないで!!ゃ…やめてって言ってるでしょ!」
敬語が崩れちゃってるとか、こんな失礼なこと仮にも上司である幹部たちに言っちゃ駄目だとか、そんなわかりすぎるくらいわかっていることがぐるぐると脳内を駆け回る。
なのに、口を衝いて出てくる言葉は抑えがきかなくて……。
「もう放っといて!!」
錯綜する脳が、名の瞳に涙を盛り上がらせ、ぱたり、ぱたりと雫が弾けていく。
「………」
「……見ない、でっ……!」
しばらく、部屋には名のすすり泣く声だけが響いていた。
やがて、外の気配が動いたかと思うと、静かに襖が開かれる。
思わず顔をあげると、そこには、月光を背に立つ幹部たちの姿があった。その目が驚愕に見開かれていくのが、逆光の中でもはっきりとわかった。

「や……」

また零れおちた涙が、視界をぐにゃりと歪ませた……。





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あきゅろす。
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