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残散華


今、私は問いたい。
なぜ、私がここにいるのかを。
―だって、普通男子の健康診断に女子はいないでしょ!?
心の中でくわっっと土方に噛み付きつつ、そんなことはおくびにも出さずに名は松本良順という医者の横で記録係をやっていた。
―だー!!あの鬼副長め〜!てめえも一度くらい目の前で男の裸見続けなくちゃいけないうらわかきかよわき乙女の身になってみやがれ、っつの!
目の前には上半身裸の男たちの羅列。
まさに逆ハーレム状態。
目の保養になるか、ときかれればなるのだろう。なにしろみんなイケメンだし。
名だってこの世界に来るまではアイドルにキャーキャー言ったり、恋の一つや二つくらいしたりしていたのだ。(まあ、生憎片思いで終わることのほうがずっと多かったのだが…。)
だが、はっきりいって今の状況は心臓に悪い。悪すぎる。
特に、伊藤のくねくねダンスや永倉のマッスルポーズなどもはや目の毒だ。
名はできるだけ隊士たちを視界にいれないように下を向いて無表情に仕事をこなしていたのだが―。
「おい、名?おまえ、どっか体調でも悪いのか?」
「うわっ!は、原田さん!?」
目の前に胸板のドアップ。ズザザザッと音がしそうな勢いで名は後ろへ飛び退った。
「い…、いえいえいえいえ。な、何でもありませんよ?体調なんて全っ然っ!バリバリ元気ですから!!」
「??」
原田は不思議そうな顔をしているが、この人には自分の行動が及ぼしている影響に自覚がないのだろうか?
名は激しく疑問を抱いたが、いつまでも仕事を放棄しているわけにはいかない。コホン、と一つ咳払いをして改まった口調で言った。
「えー、原田さん?健康診断を終わられたのでしたら、速やかに着替えて(ここ強調)自分の持ち場に戻るよう土方さんから窺っているはずですが?」
「ん?あぁ、そうだな。じゃ、俺は戻るわ。お前も仕事頑張れよ」
片手を挙げて、原田はあっさりと大広間を出て行く。その引き締まった後姿を見ながら、名は思った。
―あの胸板に鼻血を吹かなかった私を誰か褒めて…!


―。
―――。
――――バタリ…。
半刻後。名は大広間の床に伸びていた。
「いや〜。お疲れだったな。記録もつけているとな、手に墨がついてなかなか大変なのだよ。今日は助かった」
「いえ…。お役に立てて光栄です…」
「ははは、」
全ての隊士の診察をやっとこさ終えたのは昼下がりなんてとっくに過ぎたころ。いろいろな意味で満身創痍の名を良順はお茶でねぎらった。
「ところで―」
しばしのティータイムの静寂を破ったのは良順だった。
名を見た良順の顔に温和な医者の印象はない。
「君は…、『変若水』の秘密を知っていると窺ったのだが?」
「おちみず…?例の薬のことですか?」
「やはり、知っているようだな。西洋では『えりくさあ』、中国では『仙丹』と呼ばれるものにあたるのだが、つまるところ不老不死の霊薬みたいなものだ。羅刹とよばれる鬼神のごとき力と驚異的な治癒能力を持つ人間をうみだす薬なのだが…」
「鬼神…」
ふっと、名の脳裏を千姫の言葉がかすめる。
―『姓の力は私にもよく分からないの。でも、とにかく鬼の力は驚異的な身体的能力と治癒力。かすり傷なんて一瞬で直っちゃうし、力では人間は足元にも及ばないわ』
似てる。
ということは、変若水は鬼になるための薬?その副作用が血に狂ったり太陽に弱くなったりすることなの?
考え込む名に何を思ったのか、良順は苦しそうな声で言った。
「まったく、夢物語のような話だろう?だが、あれは危険すぎる薬だ。……千鶴君はこのことを知っているのだろうか?」
「千鶴…?」
「ああ、この後千鶴君に会うことになっているのだが、なにしろ実の父親のことであるし…。不用意なことは口走れないと思ってね」
千鶴は良順を頼りに京に来たのだが、生憎良順は入れ違いで江戸に戻ったところで、ずっと消息がつかめないままだったらしい。先の将軍上洛で近藤と知り合い、千鶴が新選組にいることを知ったのだという。
「…千鶴は、ほとんど知ってますよ」
「!!……そうか」
「千鶴は、綱道さんのことを一番心配しています。あの子は全て知るべきです。できるだけ、話してやってください」
実のところ、綱道は千鶴の実の父親ではない。これも千姫から聞いたことだ。しかし、彼女はずっと綱道を父親として慕ってきた。真実がどうであれ、綱道が千鶴にとって唯一の父親であることに変わりは無い。
良順はしばらく考え込んでいたが、やがて重い口調でうなずいた。
「わかった。彼女にはできるだけ話すことにしよう」
「よろしくお願いします」


千鶴が良順との再会を果たした後、「屯所が不潔すぎる!」という彼のお叱りを受けて大掃除が敢行された。
めんどくさいだの何だのつぶやく幹部たちや隊士たちを叱り飛ばしてひたすら西本願寺を磨きに磨きまくる。
まあ、怪我人・病人合わせて全隊士の三分の一近くといわれればやらないわけにはいかない。
「名ちゃ〜ん。もう終わろぉぜー。俺、もうへとへと…」
「あら、永倉さん。松本先生に自慢されていた筋肉は廊下往復37回が限度ですか?」
「う…。あー。もうわかったわかった。きれいにすればいいんだろぉ?やりますよ、やりますってば」
いつのまにか掃除奉行と化していた名からの合格が出たのは、もう日もとっぷり沈んだころだった。


「うん。まあまあきれいになったな」
「でしょ、先生?俺昨日は頑張ったんですよ。名ちゃんってばホント掃除の鬼のようで、もう鬼副長が二人できたんじゃないかと思うくらい―」
「永倉さん、早速ですがさっき見つかったゴミ、捨ててきていただけますか?―筋肉自慢なんてなさってないで」
「は、はい…」
翌日、掃除の成果を見るために屯所にやってきた良順に再び筋肉自慢を始めた永倉をゴミ捨てに追いやる。恨み言を言いつつも、ちゃんとやるべき事はやってくれるのだから感謝するべきなのかもしれない。
山南羅刹化の一件以来、彼とは普通にこういうやり取りができるようになった。やはり、今までは部外者としての壁が確かにあったのだろう。名も気を使っていたし、永倉の目にもどこか油断のない光があった。
名はふざけあっている永倉、原田、藤堂の凸凹トリオの声をぼんやり聞きながら、庭のほうを見るともなしに見やる。
穏やかな午後。ふっと気を抜けば、あっという間に夢の中へ引きずり込まれてしまいそうだった。
その世界を並んで外に出て行く二つの影が横切ったのを認めて、はっと名は顔を上げた。
―沖田さんと、良順さん…?






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