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残散華

走り続けるうちに、自分がだした結論が正しかったのだと思い知る。
土でできた碁盤目上の道。高さの低い木造建築の町屋。そして、着物や袴を着て、髪を結った人々。
間違いない。
ここは江戸時代の京都だ。
そう考えれば、今私が浴びている突き刺すような視線も納得できる。今の時代に洋装の人間などそういない。
異人への敵意や警戒感はまだ根強いだろう。
くっそー、視線が痛ぇよぅ…。


どれだけ走り続けただろうか。気がつくと私は川にかかる橋の上にいた。
さすがに疲れた、休もう。そう思って橋の欄干に体を預ける。うん、この際皆さんの痛い視線は無視、無視。
体を休めながら私はぼんやりと遠い世界へ思いをはせる。
―なんで、ここにいるのかな?
 普通に女子高生やって、普通に友達の家にいって、普通に狂い咲いた桜を美しいと思っただけなのに。
 いや、普通に女子高生やってたというのはあてはまらないかも…。だって―

「小僧めが!子どもとはいえ容赦はせんぞ!」

物思いにふける私の耳にはいってきたのは野太い男の声と、
「どうか、ご勘弁を。この子も悪気があってしたんとちゃうんです」
「ならん!武士の魂ともいえる刀に泥なんぞつけやがって。成敗してくれるわ!!」
因縁をつけられたらしい母子の姿。
うっわー、まさに時代劇的展開って感じ…。
呆れた私の耳に新たな声が入る。
「いやいや、落ち着け。よく見るとこの女なかなかの上玉だぜ?」
「刀の錆にするには惜しいのぉ」
「まったくだ」
声の方に目をやれば、いかにも人相の悪い4,5人の男たちがニヤニヤと笑いながらじろじろと母親を見ている。
下卑た笑い―。
私は心中でひそかに彼らをののしる。
「ふむ。おい、女。ここは勤王の志士様が情けをかけてやる。おれらの酌をしてくれるってんなら、この小僧のことは見逃してやる。どうだ、ありがたく思え」
「そんな!」
酌で済むとは思えないけどね。態度だけでかい不逞浪士が…!
案の定、母親は絶句していた。
しかし、浪士たちはその腕を無理矢理つかんで連れ去ろうとする。
町人は誰も止めない。ただ黙って遠巻きに見守っているだけだ。
これ以上好きにはさせておけないな―。と私が足を踏み出したとき、
「母ちゃんを離せ!」
「ちっ!この餓鬼が!もう我慢ならん!!」
足にとびかかってきた男の子に、ズラリと刀を抜いた浪士が大上段に構えた刀を一気に振り下ろした。

―ガシッ

「ほんと、大の大人がなにしてんの」
私は浪士の手をつかんだまま、くいっと手首をひねる。巨体がいとも簡単に地に落ちた。
突然のことに呆然とする男たちの腕から母親を奪い返す。
「早く逃げて!」
私は背に母子をかばいながら叫んだ。
ハッと我に帰った母親がわが子を抱き抱えて走り去っていく。完全に離れたのを確認して私は前を向いた。
―あ、やっぱり怒った?
「野郎、何をする!」
「何をするって、困ってた人を助けてあげただけなんだけど。てゆうか、あんたたち大人としても男としても恥ずかしくないわけ?」
「何だとっ。この野郎、我らを愚弄するか!」
「相手は優男だ、やっちまえ!」
え、優男?きょとんとする私に向かって浪士たちが刀を抜いて一斉に向かってくる。それをかわしながら私は自分の姿を思い出した。
短髪。ズボン。ついでに、パーカーで胸は見えない。
あ、ちょっと男の子っぽいかも。この時代女の人はみんな髪長いだろうし。
「がっ…!」
「うぐっ!」
そうしている間にも私は男たちに次々と手刀をたたき込んでゆく。時にはみぞおちを蹴り飛ばしたり、腕を掴んで投げ飛ばしたり。
何、驚いた顔してんだか。戦闘には何でもありでしょ。
五分も経たないうちにあっさりと決着はついた。あとにはしばらくは目を覚まさないであろう浪士たちが橋の上でのびているだけだ。
久しぶりの実戦だったが、体は思ったほど鈍っていない。物騒だろうこの世界から抜けられなくなったら、一番重要になってくるのは強さだ。幸い、不逞浪士相手に無手で怪我をしない程度の強さはあるらしい。よかった。私はほっと一息をつく。
おじいちゃんに武芸を教わっててよかった。普通の女子高生がすることではないだろうが、今は、とてもありがたい。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「ほんとに、何とお礼申し上げていいか…」
礼を言う親子に微笑みかけながら、私はそんなことを考えていた。


―そして、私がいま何をしているかというと、
全速力で京の町を走ってます…。
くそっ、今日は走ってばっかりだ!
いくら祖父からの修行で鍛えられていたとはいえ、こうも走り回っているとさすがにキツイ。
では、なぜ走っているのか?それは、新選組から逃げるためです!
あのあと、浪士たちをたおした私のところに新選組がやってきたのだ。
「壬生浪だ!」という言葉とともに、私の目に飛び込んできた浅葱色のだんだら羽織。あまりにも有名な新選組の象徴。
ヤバい!
直感的に感じた私は全速力でその場をあとにしたのだった。
新選組といえば、幕末期に京の治安維持部隊として活躍した武装集団だ。なにもやましいことはしていないはずなのだが、とりあえず私の頭にあったのは逃げることだけだった。
だって、これ以上面倒事に巻き込まれたくないじゃん!!
とはいっても洋装の人間が和装の人間の中にいると目立つ。本当に目立つ。とりあえず人目のないところへ、と私は家と家の間に体をすべりこませる。
大通りから見えないように体を落ち着かせると、安心したからなのか、急激な疲労がおそってきた。
抗えない眠気に私は静かに目を閉じる。
最後に見上げた、燃えるように赤い空が脳裏に焼きついていた。


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あきゅろす。
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