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残散華


「遅えよ」
広間についた名たちを原田と永倉が迎える。
「お前ら遅えんだよ。この俺の腹の高鳴りをどうしてくれんだ?」
「すいません。お待たせして」
「おう、名ちゃんようこそ」
「新八っつあん、それってただ腹が鳴ってるだけだろ?困るよねぇ、こういう単純な人」
「お前らが来るまで食い始めるのを待ってやった、オレの寛大な腹に感謝しやがれ!」
「新八。それ、寛大な心だろ…。まあ、いつものように自分の飯は自分で守れよ」
―え?自分で守る?
名が首をかしげていると、目の前ですさまじい争奪戦が始まった。
「今日も相変わらずせこい夕飯だな。というわけで…隣の晩御飯、突撃だ!弱肉強食の時代、俺様がいただくぜ!」
「ちょっと、新八っつあん!なんでオレのおかずばっか狙うかなあ!」
「ふははは!それは身体の大きさだあ!大きい奴にはそれなりの食う量が必要なんだよ」
「じゃあ、育ち盛りのオレはもっと食わないとねー」
……。
「名、驚いたろ?毎回毎回こんなんでな」
「…千鶴。この中を生き抜いてきたの?」
「う、うん。でも原田さんが守ってくれるし、もう慣れたよ」
「慣れとは怖ろしいものだな…。このおかず俺がいただく」
名が呆れていると、斉藤の箸が伸びてきた。とっさに自分の箸で受け止める。
「…斉藤さんもですか?」
「ふむ。なかなか鋭いな」
感心したようにいう斉藤に思わずため息をつく。
「そんなに欲しいならどうぞ。私、あんまりお腹すいてませんから」
「そうか。では遠慮なく…」
おかずを斉藤に差し出すと、無表情な彼の顔がわずかに輝いた。
うーん。これはかわいいところあるじゃない、というべきなのか?
いずれにしても、この場を千鶴が楽しんでいることは間違いなかった。いつも少し強張らせている顔も、今は柔らかい笑みを浮かべている。
―すっごいうるさいけど、これはこれでいいのかも。
ふふっ、と笑う二人を見て、原田が言う。
「名。千鶴。そうやって笑ってろ。俺らも、悪いようにはしないさ」
「原田さん…」
状況は何一つ変わっていない。それでも嬉しかった。
―今は、この平和な時に浸っていたい。
その時、広間に突然井上が入ってきた。
「ちょっといいかい?みんな」
いつもと同じような穏やかな声音だが、その目は真剣そのものだ。和やかだった広間の空気が瞬時に硬いものに変わる。
「大阪にいる土方さんから手紙が届いたんだが、山南さんが隊務中に重傷を負ったらしい」
「!!!」
全員が一斉に息を呑んだ。
どうやら、大阪のとある呉服屋に浪士たちが無理やり押し入ったらしい。駆け付けた山南たちはなんとか浪士を退けたが、その時に怪我をしてしまったようだ。
「…それで、山南さんは?」
「相当の深手だと手紙に書いてあるけど、傷は左手だということだ。剣を握るのは難しいが、命に別状はないらしい」
「よかった…!」
千鶴はほっと胸をなでおろすが、名を含め他の者たちの表情は厳しいままだった。
「数日中には屯所に帰り着くんじゃないかな。…それじゃ、私は近藤さんと話があるから」
井上はそう言って背を向ける。
広間に重苦しい沈黙がおりた。
それを破るように、名は口を開く。
「剣を片腕で扱ったら、鍔迫り合いで確実に負ける。山南さんは二度と真剣がふるえないかもしれないんだよ」
「あ…」
千鶴ははっとしたように口に手をあてた。
―人としての山南さんは生きている。でも。武士としての山南さんは死んでしまった。
「岩城升屋事件だ…」
気付かなかった。名は唇をかみしめる。
―全ては歴史通りだ。やはりここは私がいた世界の過去なのだろうか…?
しかし、そこに沖田の声がわりこむ。
「…薬でもなんでも使ってもらうしかないですね。山南さんも納得してくれるんじゃないかなあ」
「総司。滅多なこと言うもんじゃねえ。幹部が『新撰組』入りしてどうするんだよ?」
薬?シンセングミ?
嫌な予感がする響きだ。
「新選組は新選組ですよね?」
名の疑問を千鶴が口にする。
「普通の新選組はしんにょうだろ?『新撰組』は『せん』の字をてへんにして―」
「平助!!!」
ガッという音とともに、原田に殴り飛ばされた藤堂が板間に転がった。
「いってえ…」
「平助君、大丈夫!?」
千鶴が悲鳴をあげて駆け寄る。
ふうと永倉が疲れたように息を吐いた。
「やりすぎだぞ、左之。平助も、こいつらのこと考えてやってくれ」
「…悪かったな」
原田が短く謝ると、藤堂も苦笑を浮かべる。
「いや、いまのはオレも悪かったけど…。ったく、左之さんはすぐ手が出るんだからなあ」
かなり痛そうだが、幹部たちの反応は、それが日常茶飯事であるかのようだ。新選組という組織を実感する。
「千鶴ちゃん、名ちゃん。今のは聞かせられるギリギリのところだ。気になるだろうが、何もきかないでくれ」
「で、でも…」
「―『新撰組』っていうのは可哀そうな子たちのことだよ」
さとすように、だが冷たい声音で沖田が言った。
「忘れろ。深く踏み込めば、おまえたちの生き死ににもかかわりかねん」
斉藤の言葉は、まさに名と千鶴の立場を象徴していた。
彼らと名たちの間には大きな壁がある。普段、普通に話している中では決して見えないかもしれないが、それは確かに存在するのだ。
そして、ふとした瞬間に現れては、名たちの命をおびやかす。
―ほんと、どれだけ危ない橋を渡らせたら気が済むんだか…。
沈んでいく心を奮い立たせて、名は頭を働かせた。
―薬。新撰組と新選組。怪我。手がかりはそろっている。
 でも、だから何?新選組の秘密を知ったところで現実が変わるわけじゃない。
名と千鶴は砂を噛むような心地で夕食を終えた。



名と千鶴が去った広間で、幹部たちは酒を飲んでいた。
「…それにしても、山南さんが重傷を負うなんてな」
「負っちまったもんはしょうがねえよ…」
「薬はできれば使ってもらいたくねえんだが、山南さんが望む可能性もある」
「…名ちゃんは知ってたのかな?」
「名ちゃん?」
「あの子、未来から来たんでしょ。違う世界かもしれないって言ってたけど」
「そういえば岩城なんとかって言ってたよな」
「ほんとに知ってんのかな…」
「…たとえ彼女の語る未来がどうであれ、俺たちがすることに変わりはないだろう」
「はは、まあ確かに自分の未来知っちまってもな」
思い思いに語っては少しずつ銚子をかたむける。再び降りた静けさのなかに沖田の声が響いた。
「でも、少し喋りすぎちゃったな」
「…?」
「姓と、雪村か」
「うん。千鶴ちゃんはともかく、名ちゃんは頭がいいからね。僕たちの会話から、かなりのことを察しているはずだよ」
「そ、そうなのか!?」
一同が驚いた顔をする。沖田は底知れない笑みを浮かべた。
「多分ね。あくまで僕の勘だけど」
「…いや、おそらく正しいだろう。最初の夜からいつも考え込んでいることが多かった」
「間者じゃないにしても、かなり深いところまで踏み込んでる可能性はあるってことか」
「えー。女斬るなんて嫌だぜ、オレ」
「頭は切れる、腕は立つっていうんなら惜しい人材なんだけどな」
「それを判断するのが入隊試験でしょ?」
「おい、総司。まさか本当に副長に頼むつもりか」
「この手で実力を測れるなら、文句ないんだけどね」
沖田はそう言って刀の柄をなでた。




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あきゅろす。
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