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残散華


夕陽の差し込む部屋で、名はただぼんやりと過ごしていた。
いつまでこんな生活が続くのだろう?
一人きりになるとつい後ろ向きになってしまう。情けない、とため息をこぼした。
考えてもどうにもならないことばかり、山積みになっている。
いつ殺されてもおかしくない状況で平静を保つのは難しい。それでも、普通に生活できたのは隣に千鶴がいたからだ。
もし、ひとりでこの屯所にいたならとっくの昔に無茶な逃走を試みて殺されているだろう。
千鶴のように協力者探しの手がかりとなるわけではない。今のところ、剣の腕にしか名のここでの存在価値はないのだ。
―それに、私は本来この世界に存在してはいけないものだしな。
異世界人かもしれない未来人の名がいることで、この世界は少しずつだが変わり始めているはずだ。
これから先、歴史は大きく動いていく。その波に名も呑まれていくのだろうか?それとも歴史をなにかしら変えてしまうのだろうか?
「…未来人っていっても、自分の未来がわかってるわけじゃないしね」
ふと、気配に気づく。今の独り言をきかれただろうか。
気配を探るように息をつめると、部屋の外から声が投げかけられた。
「姓。夕食の準備ができているが、お前も広間で幹部と食べるようにと局長からお達しがあった。来てくれるか?」
もちろん選択権はないので素直に襖をあける。
そこには、少し不安げな顔をした斉藤がいた。
「広間でって…。いいんですか、斉藤さん?」
「かまわない。…それより、傷は大丈夫か?」
「んー。特に問題はないです」
「そうか。つらくなったら言え。では、行くぞ」
その顔が、こころなしか柔らかい。
彼らは時折こうして名を気遣ってくれる。自分を殺すかもしれない相手と普通にしゃべり、心配されるのは変な気分だった。
角を曲がろうとしたとき、急に斉藤が足を止めた。鼻の頭がぶつかりそうになるのを寸前で回避して、彼の顔を覗き込む。
「…どうかされました?」
「…」

「―いつまでこんな生活が続くのかな」
千鶴?
「父様が無事かどうかなんて、ここに閉じこもっている限りわからないし…。いつになれば外出許可が下りるのかも、出張中の土方さん頼みだし…」
なんとなく、彼女もおんなじことを考えていたのだと思う。不安なのはどちらも変わらないのだ。
それにしても、なぜ立ち止まったのだろう?
斉藤をじっと見つめても無表情な顔からは何も読み取れない。
仕方ない。自分で確かめようと、ひょこっと角から顔を出す。
そこには沖田と千鶴がいた。しかし、二人が話しているような感じではない。ひょっとして独り言…?
「でも…」
千鶴は続ける。
「みんな、良くしてくれるし」
うん、同意する。
正直、新選組を完全に信用したわけじゃない。彼らは簡単に人を殺せる。状況次第では千鶴も名も簡単に殺してしまう。
それでも、たとえ表面上であっても今の待遇はかなりいいもののはずだ。
「きっと、根はいい人たちなんだよね」
……。
名と斉藤は思わず顔を見合わせた。
「君さ、騙されやすい性格とか言われない?」
「!!?」
沖田の突っ込みに、千鶴があわてたように振り返る。
「ど、どど、どうして沖田さんが!?」
「あれ?もしかして気づいてなかったとか?この時間帯は僕が君の監視役なんだけどなー」
うーん。確かに千鶴は気付いてないかも。
「もしかして、私の独り言も全部…?」
「ん?」
もちろん、聞いてたなんて彼は言わない。ただ、キラキラの笑顔で千鶴を見つめている。
千鶴が声にならない悲鳴を上げた。
名は斉藤にそっと声をかける。
「…あの、斉藤さん。そろそろ出ません?このままだと延々つづきますよ」
「…そうだな」
障子の陰から斉藤と名はやっと姿をあらわした。
「斉藤さん!名ちゃんまで!?」
「総司、無駄話はそれくらいにしておけ」
「沖田さん、あんまり千鶴をからかわないでください」
……。
「あの。ひょっとして二人とも聞いていたんですか…?」
こ、これは聞いてないことにした方がいいよね…。目線で語り合って名と斉藤は口を開く。
「…つい先程、来たばかりだが」
「…うん、同じく」
「よかった…!」
あ、危なかった。名が胸をなでおろしたとき。
「あ、その、すいません。わたし、いきなり叫んだりして」
「気にするな。…そもそも今の独り言は聞かれて困るようなものでもないだろう」
「!!?」
斉藤、聞いていたことをあっさりばらす。
―なぜ!?なんかこの人時々抜けてるよね!?
とりあえず名は愕然としている千鶴に声をかける。
「あー。ごめんね、千鶴。ちょっと夕食の支度ができたらしいから呼びにきただけなんだけど」
「邪魔してしまったか?」
「い、いえ。全然そんなことないです!」
千鶴はあわてて首を振る。そして、ふと違和感に気づいたように尋ねた。
「あれ?じゃあ、今日から名ちゃんも一緒に食べるの?」
「うん。おかげさまで」
千鶴の顔が輝く。なにやら、ほっとしたような様子だ。
千鶴はこの一週間幹部と一緒に食事をとっていた。幹部に囲まれて一人食事するのはやはり緊張するのだろうか。
その時、藤堂がバタバタと駆け込んできた。
「あのさ、飯の時間なんだけどー」
「すまん、平助。今行く」
「はいはい。あ、名は今日からだったよな。早くしねえと食うもんなくなっちまうぜ」
「はい、よろしくお願いします、藤堂さん」
「おう、急ぐぞ」
と、行きかけていた藤堂が思い出したように立ち止って振り向いた。そして、困ったような顔で言う。
「あー。名も千鶴もさ、その藤堂さんってやめない?みんな『平助』って呼ぶからそれでいいよ」
「え!?で、でも…」
「幹部の方を呼び捨てというわけにも…」
「いいのいいの。歳も近いからその方がしっくりくるし」
「じゃ、じゃあ…平助君で」
「お言葉に甘えて、平助って呼ばせてもらいます」
「ああ!だめだめ!敬語も禁止!!」
「は、はいっ!」
「…くす。わかったよ、平助」
三人が笑い合っていると、そこに沖田と斉藤がわりこんできた。
「…ちょっと。何仲良く三人でおしゃべりしてるのさ」
「…行くぞ」
―あれ?なんか二人とも黒い…?





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