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TALES OF THE ABYSS〜凡愚の意地〜
A

「あ、眞樹君!」

「よ、どうしたんだ?こんな所で」

「あの……今日一緒に帰ろうかと思って」

ある高校の一角、体育館と武道館を繋ぐ渡り廊下で見てる人がいれば微笑ましくなるような、正に青春の一ページともいうべきものがそこでは展開されていた。

男の方はカバンと剣道部に所属しているのか竹刀袋を持っていて、薄く微笑みを湛えている。

対する女性の方は見てるこっちが恥ずかしくなるくらい顔が真っ赤っかでだれが見てもこの子は目の前の男に恋をしていることは明らかだ。

そんな女性からの帰りのお誘い、これは受けない選択肢はなかろうと他の人なら思うだろうが

「あ〜……わりぃ、俺これから部活なんだわ」

だがこの男、超がつくほどの鈍感であろうことか断りやがったのだ。

「そ、そうなんだ……」

「ごめんな!折角誘ってくれたのに」

目に見える程落ち込む女性の姿には流石に気付いたのか男の方は慌てて手を合わせて謝る。

「ううん、いいの、ごめんね急に誘っちゃって」

「わるい!……あれ?顔赤いぞ?」

「え!?あ、そのっ、こ、これはっ!」

自身の恋心を見透かされたような気がして慌てる彼女に男はズカズカと近寄り

「すまん、熱はかるぞ?」

女性のおでこに自らの手を当てた。もちろん熱を計るためだ。この男、顔が赤いのは熱のせいだと思ったらしい

なんとベタな……

「ふ、ふわぁ……っ」

当然そんなことをされては赤い顔は更に赤くなるばかりだ。

「ん〜熱はないけど、さっきより顔が赤くなってるな、風邪の引きはじめかもしれないから、今日は早めに帰って温かくした方がいいぞ」

「ううううううんっ!ありがとうっ!」

風邪なんて全然引いてないが恋い焦がれた相手に心配された事実で胸がいっぱいでそれどころではないようだ。

「お大事にな〜!また明日!」

「うんっ!またねっ!」

一緒に帰るという目的は果たせなかったがそれ以上に心配してくれたし何より……

(おでこに手……触れちゃった……)

顔は未だ赤いがニコニコと笑いつつ彼女は帰路につく。

体育館から校門に向かう時一人の男とすれ違ったが彼女の頭は眞樹のことで一杯ですれ違ったことすら気付かずそのまま行ってしまった。

すれ違った男は振り向き女性の後ろ姿を見送った後、

「はぁぁ〜〜」

とても大きな溜め息をついた。男の姿は先程の竹刀袋を持った男性と比べるとなんともパッとしない見た目をしていた。その男は鈍感な『親友』にヨッと声をかけると

天然パーマなのか癖の強い黒髪に手を突っ込みガリガリと掻きながら

「毎回思うが、ホント罪な男だよなお前」
とボヤくように言った。だがこれでわかるほど目の前の友人……眞樹は鋭くない

「よう峻、罪って何がだよ?」

ほらやっぱり、わかってはいたがなんとなく腹立たしいので

「お前……道場いったら筋肉バスターな」

「なんでだっ!?」

「胸に手を当ててよ〜く考えてみ?」

無茶振りしてみるがやっぱりキョトンとしている。

ちくしょう……リア充爆発しろ

もういっそこの場で筋肉バスターをかましてやろうかと考えていると

「ダメダメ、その程度で気付く奴じゃないでしょ?眞樹は」

女性の声が峻の後ろから聞こえてきた。眞樹が峻の肩越しから覗き込むように声のした方をみると

「ヤッホー」

「おぉ、純か」

「私もいるんだけどな」

「いや当然忘れてなんかないよ友里」

声をかけた純という女性が峻の肩に肘を置きながらカラカラと笑い

黒くストレートに伸ばした髪が艶やかな冷ややかな印象を受ける美人……友里は純の隣に立っていた。

「ていうか眞樹なんで道場に行くの?今週はテスト前だから部活は休みの筈でしょ?」

金髪に染めた髪を今や絶滅危惧種と言ってもいいツインテールにしている純が尋ねると

「いや、一週間も剣道やらなかったら鈍っちまうからな〜だから素振りだけでもやっとこうかと思ってさ」

あっけらかんと眞樹は答えるが

「ん?てことはお前……」

「?」

「あの女の子の誘いより自主練を優先したの……?」

とんでもない奴だ。これは筋肉バスターだけじゃ足りない……!筋肉ドライバーも追加しなければ!峻が着々と眞樹を道場の染みにする計画を練っていると

「いや、それが俺に声をかけた時から彼女の顔が赤くてさ、風邪だと思ったから早めに帰した方がいいと思ったんだ。ついて行っても良かったけど俺みたいのについて行かれても彼女も困るだろ?」

「…………」

「オーケイ、落ち着け峻、まず落ち着いてその固めた拳を下ろしな」

「ええぃ!何故だ純!コイツには天罰が下るべきなのだ!てか俺が下す!」

「無駄だって、そんぐらいで気付く奴じゃないし、その前にそげぶされておしまいだよ」

「ちくしょう!その上条属性が憎いっ!」

握り拳を固めてジタバタしてたかと思うと急に地面に手をつきうなだれる峻を見て眞樹は首を傾げる

「属性ってなんだし……」

「気にしなくていいと思うわ」

さっきから何がなにやらわからない眞樹に声をかけたのは、墨のように黒い髪を腰辺りまで伸ばしている少女だ

香山 友里

それが彼女の名前、非常に整った顔立ちをしており当然モテる。告白だって月一でされている超絶美少女だ

だが肝心の彼女はまだ一度も誰かと付き合ったことはない。もったいないと割と本気で思う

「まぁ、こいつが時々おかしくなるのはいつものことか」

「そ、おかしくなるのはいつものことだから気にしなくていいの。それより……」

薄く微笑みを浮かべながら友里は本来眞樹に伝えたかったのであろう内容を話す。それは周りに見せる笑顔とは明らかに違う笑顔だった。

「や〜れやれ、ここにも青春してる方がおりましたか〜」

「全くだな、暑苦しいったらねぇ」

ニヤニヤと笑いながら純がいつの間にか復活していた峻の隣に立ちながら言う。
峻は彼女の言葉に乗っかる形でニヤニヤしていたが

(あ〜、やっぱキツいな、これ)

ズキリと痛む心にはいつまでも慣れそうにない。




あの日……俺は……真島 峻は想い焦がれている少女に想いを伝えることなく失恋した。

(あんなん見せられたらさ……そりゃ諦めるしかねぇだろ)

目の前で繰り広げられる『親友』と『初恋の相手』の会話を見て峻は心の中で自嘲するように笑う。

二人とも笑顔で会話しているがその笑顔は微妙に違う。眞樹の方はわからないが、彼女の……友里の笑顔は少なくとも『ただの友人』に向けるモノじゃない。

その証拠に友里は眞樹の顔を真正面から見るのが照れくさいのかしょっちゅうチラチラと視線を逃げるように外している。

その際かなりの頻度で俺と目が合うが、あれだってただ近くにいた人が俺だったからなだけで特別な意図は何一つないのだろう。

「あ〜、やってられんなぁ」

峻は今日一番の大きなため息を吐いた。

一緒に彼女への未練も抜けてしまえと思いながら



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