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FINAL GAME
4
 思い出すのは、いつもあの日の光景。
 俺が、俺たちが終わらないゲームを始めたあの日の事だ。

※※※

「聖王、待ってよ」

 いつも俺の後を着いてきた同級生の少年、蓮華。母親譲りの金髪くせ毛に、吸い込まれそうな青い瞳。
 その姿と名前故に初対面の人からは必ず女の子と間違えられる彼は、言葉とは裏腹に大して急ぐ事もなく俺の後を追って来た。

 理由は聞かなくても分かる。
 俺が、どうせ立ち止まると分かっているからだ。
 そして彼の思惑通り、学校内にある池の傍で立ち止まった俺は軽くため息をつく。
 安城学園は、小学生の足には広すぎる敷地だった。俺が立ち止まると、綺麗な水を湛えた池で錦鯉が泳いでいるのが見えた。

「家で待っていれば良いじゃないか」
「やだよ。どうせ聖王は香月(かつき)と遊ぶつもりなんだろ」

 俺の言葉に蓮華はぷうっと頬を膨らませた。小学5年生になってそのふてくされ方は如何なものかと、同い年代表として言ってやりたくなる。 香月、というのは蓮華の兄で、当時中学1年生だった。2才しか年は変わらないのだが、小学生と中学生の壁は高い。当時の俺には香月は頼れる大人に見えた。
 そんな香月と同等に遊ぶというのは俺にとって魅力的だったし、自慢でもあったのだ。 しかし。

「駄目だよ聖王。今日は僕と遊ぶんだからね」

 決定事項だとばかりに言い張る蓮華に俺は眉を潜めた。
 体の弱い蓮華と一緒に遊ぶとなると、家で本を読むとかいう感じの大人しい遊びしか出来ない。遊び盛りの俺にしてみれば物足りないのだ。

「別の奴と遊べばいいだろ」

 そう言ってみるものの、蓮華の答えは分かっている。

「だって僕は聖王と遊びたいんだもの」
「……」

 笑顔で答える彼に、俺はただ黙るしかない。
 それでも俺は最終的に頷くしかないのだ。

「分かったよ」

 と。






「よぉ」

 にやにやとした笑みを浮かべて、一人の少年が近づいてきた。同じクラスの一太だ。
 彼に声をかけられ、俺は眉を潜めた。
 一太は所謂問題児というやつだ。小学生だから、悪戯っ子だのガキ大将などと可愛い言い方も出来るが、やっていることは要するに不良である。
 一太はクラスの中で俺達と致命的に仲が悪かった。
 俺たち、というのはクラスの委員長と副委員長の3人組だ。その頃、俺は同じクラスの仲良し3人組で委員を独占していた。ちなみに俺は2人いる副委員長の内の一人だった。蓮華の双子の兄である吹雪(ふぶき)が委員長、その友人である俺と綾都が副委員長。俺らはいつも一太率いる問題児軍団と対立していた。蓮華は、当時別のクラスだったのだ。

「お前、またオトコオンナと遊んでんのか?」

 にやにやと、一太が笑う。一太はいつも蓮華の事をオトコオンナと呼んで馬鹿にしていた。そのせいか、蓮華は一太を毛嫌いしているようだった。もちろん、俺も一太を嫌っていたから蓮華が彼を嫌うのは一向に構わなかったのだが。
 彼が近づくと、蓮華は決まって俺の後ろに隠れてシャツを引っ張った。まるでリスのように隠れるその姿は確かに愛らしかったが、たまに煩わしくもあった。 少なくともこの時の俺は、蓮華をうっとおしいと感じていた。

「下らねー事言ってんじゃねえよ。いくぞ、蓮華」

 俺は一太を相手にせず足を進めた。今日、一緒に外で遊べなくなった事を香月に何といって謝ろうか。頭の中はその事しかなかった。

 だから、決してワザとではなかった。
 振り返った反動で、俺のシャツを握っていた蓮華がよろめいたことも。そして、俺の手に握られていた通学カバンが蓮華に当たったことも。

 それでも――蓮華は俺のせいで、池に落ちたのだ。



 学校の池だ。もちろん大した深さはない。
 けれど蓮華の体の弱さは俺が思っていたよりも酷いものだった。
 慌てて池から引き上げた時は寒いと震えだし、コレだけは奴に感謝しないといけないのだが、一太が走って先生を呼びに行ってくれている間には咳が止まらなくなり、先生が血相を変えて駆けつけてきた時には、熱を出していた。

 もともと、その日の蓮華は体調が良くなかったのだと後になって誰かが言っていた気がする。





 彼の心音を示す機械音だけが、刻一刻と寿命が終わりに近づいている事を示していた
 真っ白な病室の中で、俺はただ震えていた。
 取り返しのつかないことをしてしまったという恐怖が、ひたすら俺を震えさせていた。

 そんな俺の肩を力いっぱい抱きしめてくれたのは、あの後、俺を探しに学校に戻ってきて事故を知ることになった香月だった。
 俺と同じ、安城学園の中等部の制服に身を包んだ彼は何度も「聖王の所為じゃない」と言ってくれた。偶然、現場に居合わせることになり、大人から色々事情を聞かれていた一太も同じ病室にいた。彼は所在なさげに壁にもたれ掛かっていたが、時折弱々しく息をする蓮華と真っ青な顔の俺に視線を送っていたように思う。

「大丈夫だ、聖王。大丈夫だから」

 静かな病室で、香月の声だけが俺がすがれる唯一の物だった。
 香月はいつもそうだった。いつだって、自分の弟である吹雪や蓮華以上に俺の事も気遣ってくれていたんだ。

「ご家族は――」
「まだ、連絡が…お兄さんならいるのですが……」

 医者や看護士の声が、まるでスピーカーの向こうの世界の言葉のように聞こえてくる。

 そんな中、蓮華の瞼がゆっくりと動いた。
 ぼんやりと開いた目は、香月に支えられた俺を見ていて。
 彼は、一瞬怒りを含んだ目で俺を見た後、とてもいい事を思いついたように笑顔になった。

「……ね、 せい…王……」

 蓮華の小さな口がゆっくりと言葉を紡ぎ、一旦深く深呼吸をした。
 そして彼は一気に言い放ったのだ。
 俺との、ゲーム開始の合図を。


 ――僕がいいというまで、あなたが好きだと思う人すべてから嫌われて


 その瞳は確かに俺を見ていた。
 いや、俺と――香月を。


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