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FINAL GAME
5
 部屋に入って来た人物の姿に、綾都に害をなそうとしていた人物達は皆怯んだようだった。

――流石、更科家の権力は絶大だな

 険しい顔をしている吹雪を見て、思わず感心してしまう。家の力に尻尾を振る輩のなんて多い事だろう。
 吹雪は最初に綾都を見て、彼が無事だった事に安堵したようだった。それから鋭い視線で辺りを見回し、俺の存在に気付くと汚らわしい物を見るように眉をひそめる。

「――お前の仕業か」
「っ、吹雪、違う!」

 俺に対して吐かれた言葉に、綾都が反応する。濡れ衣もいい所だ。俺がこんなに人を動かせる程、友達がいると思ってるのかよ。全く自慢にならないけどな。
 けれど俺は敢えて挑発的な笑みを浮かべて吹雪を見返す。

「だったら、どうする?」
「っ!」

 俺の言葉に吹雪は歯を噛み締めた。歯に悪いよ、そんなに噛み締めたら。人間の歯は一生モノなんだからさ。

「吹雪、聖王は助けてくれようと……」
「行くぞ、綾都」

 必死にすがる綾都の手をとり、吹雪は立ち去った。そうそう、さっさと立ち去って欲しい。
 無理矢理引っ張られていきながらも、綾都が泣きそうな顔をしながら俺の方を向いて何かを言いかける。俺はわざと見たり聞いたりしないように視線を逸らした。いつも柔らかく微笑んでいた綾都の辛そうな顔を見るのは、苦手だ。

 二人のいない部屋に用はないので、俺もさっさと出ようと歩きだす。しかし、待てとばかりに制服のジャケットを引っ張られた。 一体誰だと振り返れば、先ほどふざけた事をぬかしていた制裁少年だ。すっかり忘れていた。

「待てよっ……なんで、助けたんだ? 今」
「助けた……?」

 暫く考えた後、ああ、と納得する。そうか、今のは綾都を制裁しようとしていたコイツを助けた事になるのか。

「お気遣いなく。助けたつもりは一切ないから」

 俺、全くお人好しじゃないし、と手を振るものの彼はジャケットを離してくれない。この制服高かったから、無理して破りたくはない。俺、料理できるけど裁縫は出来ないし。仕方ないので立ち止まって少年の方を向く。
 よく見れば見覚えのある顔だった。多分、同じクラスの奴だろう。 もう少しで肩までつくのではないかという位長めの茶色い髪。大きな瞳はつけまつげをしているのではないかと疑いたいほど睫毛が多い。
 まじまじと彼の顔を見つめていると、何故かソイツは顔を赤らめた。

「とにかくっ! 一応礼は言っておくよ」
「いや、いらない」
「はぁっ!?」

 何故驚く。お前のお礼とやらに一銭の価値も見いだせないんだが。
 今度こそ無視して理科室から出ようとする。落ちた扉が邪魔だな……俺がやったんだけど。

「ちょっ、柏木聖王!」

 いきなりのフルネーム呼びに面倒臭いと思いつつも振り返れば、相変わらず顔を赤くしたその男は震える手を握りしめていた。

「少しだけ見直してやったのに……なんだよアンタはっ!」
「いや、見直していらないし」

 そんな上から目線の評価いらないし。
 扉を跨いで一旦廊下に出る。それから、ふと思いたってもう一度中を覗きこんだ。

「おい、お前」
「川乃島(かわのしま) 真幸(まゆき)だよ……」
「乃はいるのか?」
「いるんだよ! 人の名前にケチつけんな!!」
「あっそ。川乃島、お前は俺を好きになってもいいぞ」

 そう言うと、川乃島は「は?」と呟いてその場に立ち尽くした。その表情が面白くて笑いそうになる。俺にギャンギャン喚く様はまるで遊来みたいだ。

「俺が嫌いな人間からは、どう思われようと関係ないからな」

 そう言うと、そいつは驚いたように俺を見ていた。何か言いたげに口を開閉させて俺を睨んでいるが、上手い言葉が出て来ないみたいだ。何もいう事がないならもういいかと、今度こそ俺は理科室から離れる。

――君が好きだと思う相手から、嫌われて

 それなら、俺が嫌いな人間なら好かれてもいい訳だ。誰であれ簡単に「死ね」なんていう人間、考えるだけでトリハダが立つくらい嫌いなんだけど。これも一種の「罰」なのかな。

……ああ、なんて単純で、面倒なゲームなんだろう。

 蓮華は今頃何をしているのかな、なんて思いながら俺は再び校舎内をうろついていた。


 否。うろつく予定だった。
 理科室を出た後すぐにある階段で突き落とされたりしなければ。

「痛って……」

 踊り場の所で、顔を顰める。
 突き落とされたからといって、階段を転げ落ちた訳ではない。ちゃんと身をよじって着地した。昔、香月から「ネコも顔負けだな」と笑われたほどの身体能力は健在だ。いや、むしろ遊来を相手にしている事もあって、俺の戦闘能力は格段に向上している。
 ただ、少し。押された瞬間段差で足首を捻っただけだ。

 俺を突き落としたのは、先ほど綾都の制裁に手助けをしようとしていたガタイのいい数人の男達だった。俺を見下ろしているそいつ等は、揃いも揃って柄が悪い。

「……っふ」
「あ”あ”? 何笑ってんだよ」

 彼らをみて思わず漏れそうになる笑いを堪えていると、コメカミに青筋を立てて奴等が俺を睨んできた。だってさ、

「皆さん、制服が似合ってないですね」

 いやいや、このお坊ちゃま学校の制服にソフトモヒカンってどうなんだよ。しかも顔がいいならなんとかなるけどさ。確実に似合ってないし。しかも髪が緑っていうのも微妙。カビみたい。もう一人なんか紫だし。紫にも色々あるけど、こいつの紫は白髪を染めているお婆さんを思い起こさせる。一言で言うと、全員ダサイ。
 俺の言葉に、不良達はますます怒りを膨らませたようだった。そうだな、こういう奴等って人の意見聞かないよな。同年代代表として言わせてもらうと、服装にあったオシャレをするのって大事だと思うんだが。
 緑色の髪をした奴が、俺の衿を掴んできた。

「ちっ、せっかく新入生を強姦できるっていうから行ったのによ」
「お前の所為で台無しじゃねーか」

 ……殴るのではなくて強姦するつもりだったのか。お前等、それで綾都がとんでもなく顔が悪かったらどうするつもりだったんだ。顔なんて気にしないのか、こういう場合は。

 それにしても川乃島だっけ? ますます嫌いになったな。そーゆー卑劣な手を使うなんてさ。俺、小学校の頃は所謂クラスの中心人物ポジションにいただけあって滅多に人を嫌いになる事はないんだけど、奴だけは許せないかも。

 まあ、今はそんな事考えている場合じゃないか。

「代わりに相手してもらおうか」
「俺、こっちの方が好みだなー」

 下品な笑い声を響かせる不良達に、足首を捻っている俺が勝てるわけもなく。
 男達に近くの教室に引きずられながら、俺はただ面倒くさいな、なんて考えていた。


 残りの階段を引きずるように連行されて、俺の背中と足が痛んだ。結構な痣ができたことだろう。
 階段を降りた先にあったのは図書室だった。まがりなりとも勉強時間中なのだから、こんな所人が沢山いるだろうと思ったのだが、俺の予想は半分外れていた。
 人は確かに沢山いたが、皆不良だったのだ。

「お前……」

 その部屋で一番権力を持っているのだろう、偉そうに奥のソファでタバコを吸っていた人間が投げ捨てられるように入ってきた俺を見るなりそう呟いた。
 おいおい、本なんてこれっぽっちも読まないくせにこんな所占領しているのかよ。真面目な文学青年の為に場所移ってやれよ、せっかくの本が無駄じゃねーか。

「……っは、一太」

 タバコを咥えたまま目を見開いて床に這いつくばっている俺を見ている一太に苦々しい思いが広がる。
 こんな所でこいつに会うなんて、本当最悪。


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