FINAL GAME
2
案内された部屋はなんとまあ、資料のだらけで汚い部屋だった。
「……ゴキブリでそうですね」
「ああ、この間でたな。1匹見たら30匹はいるっていうから、諦めているがな」
それを聞いた俺は回れ右して帰りそうになった。
なぜそこで諦める。いろいろ方法はあるだろう、部屋を綺麗にするとかバ〇サンたくとか。
因みに俺の部屋は高校生男子とは思えないほど片付いている。もともと無駄な物は置かない主義な上に、見える収納というものに異議を感じているからである。
そんな俺の持ち物はすべてクローゼットと机の引き出しに収まっている。机の上には鉛筆立てすら置いていない。
「えーっと、生徒会のメンバーはっと」
のんびりとパソコンを起動させる担任に舌打ちをしたくなるのを必死で堪えた。とにかく今は蓮華の情報が必要なのだ。
「よし、印刷ー」
ガタガタと不安定な音を鳴らしながらでてくるプリントアウトされた用紙――しかも端が折れ曲がっている――を俺は冷ややかな目で見つめた。
口を開けばともかく、外見だけなら俺は冷たい印象らしい。
よく分からないが、中学の時は綺麗な黒髪に鼻筋の通った顔、特に切れ長の目は黙っていると静かに怒っているように見えると陰でよく言われたものだ。
そんな俺の視線をものともせず、青井はその紙を渡してきた。
まず一枚目は、書記である人物のプロフィールが載っていた。
甲斐(かい)雄大(ゆうだい)。
3年生で、剣道部主将。
左上にある生徒写真は眼鏡を掛けた寡黙そうな人物が写っていた。なるほど、剣道部といわれれば納得の人物像である。
「……あいつまでいるのか…」
「あ? 何か言ったか?」
「いえ、何も」
思わず呟いた言葉を聞かれたが、俺はシラをきった。
甲斐 雄大。
更科家、つまり蓮華の一族に使えている甲斐家の長男で雄大自身は蓮華専属の付き人だった。
そもそもは更科家の長男である香月に仕える筈だったのだが、香月と雄大、双方がそれを望んだのだという。俺が気付いた時には、すでに蓮華に仕えていたから詳しいことは分からないが。
次は二枚目。
開いたところで、俺の動きは止まった。
生徒写真の所には、誰もが目を惹く美しい姿。
更科 蓮華。
住所も誕生日もすべて知っている蓮華そのものだった。
「……ほんとう、に」
正直、俺は今の今まで信じていなかった。
蓮華の姿を見たのはあくまでゲームの中だったし、一太の言葉だけだ。
自分と蓮華の関りは薄くは無い。だから、自分だけは偽物を見破れるのではないかと思っていた。いや、それは今も思っている。実物を見たら1発で本物との違いを言い当ててみせると。
けれど、ここに写っているのは紛れも無く蓮華だった。
緊張のあまり、息をするのも忘れて思わず唾を飲み込む。
「やっぱり生徒会目当てなんじゃねぇか」
ふいに掛けられた言葉に、俺は我に返った。
目の前には、にやにやしながら自分を見る青井の姿。
「そんなに必死になって見つめちゃって。何だ? 本命は副会長か?」
「……まあ、そんな所です」
面倒くさいので、それだけ言って次のページをめくる。
「ああ、3枚目は噂の生徒会長だな」
「噂、の?」
俺は首を傾げて青井を見た。それから、再び書類に目を落とす。
そこには、何故か生徒写真がなかった。
疑問に思っている所に、青井が説明を加える。
「我が校ダントツ人気の生徒会長、サマ。しかし高校に入ってからその姿を誰も見た事ないという曰くつき。特別室で受けているというテストは毎回満点、仕事も完璧。そして何より――」
青井の話を聞きながら俺は書類の一点をじっと見ていた。
というのも、他の所はすべて空欄だったからだ。
住所、生年月日、身長、体重、すべて空欄。
唯一埋まっているのは、彼の名前のみ。
そして、その名前は、
「何より、あの更科家の長男だからな」
更科 香月。
――このゲームは成立しないよ。僕は、聖王のことを嫌いになんかならないからね
浮ぶのは、柔らかそうな栗色の髪と優しい微笑み。
香月。
バサリと、俺は手に持っていた書類を落とした。生徒会の書類は他にもあったのだが、もう見る気はしなかった。
この学校に、香月が、いる。
そして、蓮華もいる。
死んだと思っていた人間が急に目の前に現れたのだ。
それは、歓喜か絶望か。
「おい、柏木?」
書類を落としたまま、固まっている俺を流石に変に思ったのだろう。青井は怪訝そうな声で話しかけた。
その声に答えるように、俺は顔を上げた。
「か、柏木……?」
「ねえ、先生」
くすり、とまるで遊女のように微笑んでやる。
その仕草に、青井が思わず唾を飲み込んだのが分かった。
「先生、言いましたよね? 風紀委員は誰もいないって」
「あ、ああ……」
「何故、いないんですか?」
生徒会と同じような部屋を与えられている、風紀室。
その場所からも、彼らの地位は明白だ。生徒会と同等の場所、そして反対の場所。
「そりゃ……生徒会と相反する所だからだよ。この学校の奴等が生徒会に憧れれば憧れるほど、反対の地位の風紀は煙たがられる」
つまり、嫌われる――
想像通りのその言葉が青井の口から出た時、俺は満足気に頷いていた。
「では、俺を風紀委員にしてください」
「え?」
突然の申し出に青井は目を見開く。
それは当然の反応だった。誰もが、あの生徒会に敵対する地位に就きたくないと風紀入りを嫌がったのだ。
「俺に、生徒会と敵対する地位を」
――そして、嫌われ者の地位を
――香月に……嫌がられる場所を
「いい、でしょう?」
俺はそう言うと、青井に擦り寄り耳元で囁く。
「――そうすれば、先生と二人きりになる機会も増えますよ?」
と。
『ねえ、聖王』
目を瞑れば、聞こえてくるのは蓮華の声。
『嫌われてね』
誰に? 自分が好きだと思うすべての人に。
自分が好きな人に。
大好きな、彼に。
――嫌われて、ね?
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