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沢井済工業高校物語

 宗志を見つめる2対の大きな瞳。
 まるで笑顔を浮かべているかのようなフレンドリーな舌を出した口元。
 丁寧にブラッシングされたことが伺える艶々とした茶色い毛並みの2匹は、まるでコピーしたかのようにそっくりだった。ただ、首輪の色だけが違い、一匹は青、もう一匹は赤である。
 本来なら室内サイズではないこの犬種も、広い中臣家では部屋で悠々と寝そべる事ができそうだ。

「かっ……かわいいっ」
「でしょでしょっ!? こっちの赤い首輪が『ラブ』ちゃんで、青いのが『ドル』ちゃんねっ!」

 堪えきれずに思わず口走った宗志の言葉を聞いた中臣母は満面の笑みを浮かべて2匹を紹介する。愛らしいラブラドールに視線を奪われている二人は、後ろで中臣がうな垂れながら、「せめて外で飼ってくれ……」などと呟いているのも気づいていない。

(うわぁぁぁ、いいなぁ……僕んちももう一匹飼えばハルとお友達になれるのかなぁ? ああ、でも家の庭じゃもう一匹なんて無理。家の中なんてもっと無理だし…)

 余談だが、ハルは近所の公園に行けば沢山の犬友達がいる。見かけに反してフレンドリーなハルは相手が自分より一回り以上小さい柴犬だろうがチワワだろうが楽しく遊んでいるのだ。宗志が散歩をさせる時は飼い主の方が近寄ってこないので、実はハルが自分より友達が多いことを知らないのは宗志だけである。

「……あれ? もう一匹の黒いのはどうした?」

 できるだけ犬の方を見ないように、まっすぐ前を向いていた中臣がふと疑問を漏らした。どうやら横目で2匹を確認したらしい。
 その言葉に、母親は青い首輪の犬、ドルの頭を撫でながら笑顔で振り返る。

「何言ってるの卓ちゃん。クロちゃんなら最初からいるじゃないの――――その机の下に」
「うわぁぁっぁぁっ!?」
「っ!?」

 中臣母がティーカップや花瓶の置いてある目の前の机を指差した途端、その下から黒い塊がぬっと顔を出した。ちょうどソファに座る中臣の足元に出現した黒のラブラドールの姿に中臣は悲鳴をあげながら足を上げ、ソファによじ登り――隣に座る宗志にしがみ付いた。当然、急にしがみ付かれた宗志は一体何事かと目を見開いて振り返り、やはりよく手入れされた黒ラブを発見して目を輝かせる。一方、中臣母は今度はラブの頭を撫でながら、「あらあら、仲がいいわねー」などとトンチンカンな事を口にしていた。

「なんだこの化物屋敷……冗談じゃねぇ」

 げっそりしながら中臣が漏らした言葉も、当然犬好き二人の耳には届いていなかった。


※※※

「えー、もう帰っちゃうの? 泊まっていけばいいのにー」
「……忙しいんだよ」

 中臣家の玄関にて。中臣の母、亜実ちゃんは大きな瞳を潤ませながらエプロンの裾を握りしめ、泣きそうな声で玄関に立つ二人に向かって訴えていた。

 あの後、宗志は気の済むまで犬達と遊んだ。リビングから外に出れば、広いウッドデッキとドッグランかと思うような広い芝生があり、そこでボール投げをしたり、フリスビーをしたりと今までにない充実な時間を過ごした。途中で亜実ちゃんの作ったケーキを食べ、生クリームを欲しがるクロに少しだけ分け与えてあげながら、宗志は笑顔を浮かべていた。
 その間、中臣は頑なに部屋から外に出ようとはせず、しかし宗志の浮かべる笑顔をひたすら凝視していた。

「宗志くんも絶対また遊びに来てねっ、今度はハルちゃんも連れてきて頂戴」
「はい。こちらこそお願いします」

 宗志と亜実ちゃんはすっかり打ち解けていた。犬飼い同士の心の友という奴だ。宗志も犬を飼っているというと、彼女は飛び跳ねて喜び、ぜひ家の庭でハルも含めた4匹で遊ばせましょうと提案していたのだ。都会ではめったにない広々とした庭で遊ばせるなら、ハルもさぞかし喜ぶだろうと宗志は2つ返事で頷いた。

 じゃーねっ、絶対すぐ遊びに来てね、といつまでも手を振り続ける中臣母に手を振り替えしながら車に乗り込もうとすると、ふと中臣に手を掴まれた。

「……おい、真野テメェ。ああいう女が好みか」
「ふぇ?」
「人の親を誑しこもうとしてんじゃねーよ」
「…………っ!?」

 中臣の言葉に、宗志は必死で首を横に振った。久々に人と犬トークが出来て嬉しかっただけで、当然そんなつもりは微塵もない。
 必死で否定しながら、宗志はとある一つの事を確信していた。

(やっぱり、卓は義母さんの事好きなんだ……だから仲良く話していた僕に怒ってるんだ……)

 しかし、中臣はめったに家に帰らないという。犬が怖い中臣を知っている宗志からすれば、彼が家に帰らない理由など明白なはずなのだが……何せ、宗志は馬鹿である。断言しよう。馬鹿である。

(僕には何もできないけど、せめてもっと会話する機会を作ってあげなきゃ…!)

「ま、またこの家に来よう!」
「……やっぱり、テメェ亜実さんに気があるんじゃねぇか」

 どうやら2人の間に、激しい誤解が生じたようである。


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