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沢井済工業高校物語
友人の定義は人それぞれ・1
 携帯が鳴ったのは朝の5時だった。
 幸せな眠りという、宗志にとっては唯一ともいえる至福の一時を邪魔されて、流石の彼もむっとした表情を浮かべる。

「何かな、朝早くから……」

 友人などいない宗志の携帯が鳴ることなど滅多にない。現に高校に入ってからというもの、この携帯が鳴ったのは、母親から用事を頼まれた2回を除き始めての事である。
 しかもディスプレイには見知らぬ番号。

(これは絶対出ない方がいい……)

 賢明な判断を下した宗志は、無視して布団に潜り直した。
 否、潜ろうとした。

『……ただ今、電話に出ることが出来ませ……ピッ、『そーしー!! 俺だよ、俺俺ー!!』』

 留守番電話に切り替わった途端聞こえてきた大音量の声に、宗志は慌てて起き上がり通話ボタンを押す。

「…………純平(じゅんぺい)?」
『正解!! やっぱりそーしは俺の事を愛してるんだね! 声だけで分かるなんて感激!』
「今、アメリカじゃなかったっけ?」

 まさか友達が他にいなかった、などとは言えない宗志は昔隣に住んでいた同じ歳の幼馴染に話しかけた。

『そうだよ! こんばんわ、宗志』
「いや、こっちは朝なんだけどね……」
『宗志の声を聞いてから眠りにつく、最高の夢が見れそうだ! 親同士が仲良くて良かったよ。こうして宗志の番号を知る事が出来たんだからね!』

 どんどん話しかけられる言葉で、宗志は何故彼が自分の携帯番号を知っているか理解した。

 安藤(あんどう) 純平(じゅんぺい)。

 生まれた時からお隣同士だった彼は、アメリカ人の祖母を持つ少年だ。そのためか、日本人離れした容姿をしていた。
 お互い一人っ子同士だったからか、純平は常に宗志の傍に居たがった。彼が習得した拳法も元はといえば純平が、宗志も一緒じゃないと稽古に行きたくないと駄々をこねたから習う羽目になったのだ。
 さらに言うと、彼は宗志がビビるのにも構わず、場所を問わず後ろから横から抱き着いてきた。おかげで、宗志は目に見えない所からの攻撃にすっかり免疫がついたのである。

 しかし、純平は親の仕事の都合で中学からアメリカに渡っていた筈なのだが。

『俺さ、日本の大学進学の為に今から帰国させてもらえる事になったんだ! 高校にも通うよ!!そーしは何処の高校に行ってるんだ!?』
「……う”」

 楽しそうな声で聞かれる質問に、宗志は言葉に詰まる。まさかあの悪名高いズミ工と聞けば純平はなんと言うのだろうか。
 まさか宗志が不良になっただなんて、彼の性格を良く知る純平は思わないはずだが。

 それでも黙っていても仕方がないと、宗志はしぶしぶ学校名を口にした。

「沢井済っていうんだけどさ、その」
『サワイズミだな? 分かった! じゃあ、会えるのを楽しみにしてるな!!』

 ツーツーツー……

 それだけ確認すると、電話は切れてしまった。どうやら純平は「沢井済工業高校」の事をよく知らなかったらしい。
 相変わらず嵐のような純平に宗志は苦笑してしまう。

「アメリカに行ってからもう4年か……変わったんだろうな、純平」

 通話の途絶えた携帯を見つめて、くすりと笑みを漏らす宗志。


 彼は気付いていない。

 この近所にはもう一つ、『サワイズミ』と呼ばれる高校がある事を。

 そしてその事に気付いた時は、もう手遅れだったという事を。


※※※


 いつもと変わらぬ重い足取りで学校に向かっていた宗志は、学校の正門前で立っている1人の人物に気がついた。
 制服は深緑のジャケットに左胸には金のエンブレム。いかにも金持ちそうなこの服は澤泉学院のものだ。
 しかしそれを身にまとっているのはバリバリの不良である。明るめの茶髪に、耳に光る合計3つのピアス。
 眉を剃ったり、スキンヘッドがいたりする沢井済工業の生徒と比べるとモデルのような姿をした彼はカッコ良すぎるが、どうみても不良であった。

 何せ、この地獄の入り口である正門にあろうことか堂々と立ち、次々睨み付けながら通り過ぎていく鬼にしか見えない生徒達の視線をものともしていないのだ。その度胸の10分の1でいいから宗志に分けて貰いたいものである。

「中臣(なかおみ)だ……」
「マジかよ。なんで直々に……」

 周りがひそひそと話している。どうやら眼前の度胸がある少年の名は中臣と言うらしい。

(触らぬ神に祟りなし)

 心の中でそう唱えながら、宗志は門を潜り抜けようとする。
 と、その中臣が宗志の前に立ちはだかった。

「てめぇが、真野だな?」

 まのサン、ヨンデマスヨ。僕トオナジ名前ナンデスネ、奇遇デスネ。

 普段の宗志ならそう考えただろう。しかし、今はそうやって現実逃避をする事は不可能だった。
 何故なら中臣という男は真っ直ぐ宗志の目を見つめ、彼の進行方向を塞ぐ形で立ちはだかったからである。

「テメェ……俺のツレを片っ端から殺リまくってくれてるらしーな?」
「……人違いでは?」

 宗志としては、真面目に答えたつもりだった。まさか彼が今までに逃げ惑いながらやり返していた攻撃が、相手に相当なダメージを与えていたなんて事を考えてもいないのだ。

 中臣のこめかみがピクリと動いた。

「シラ切る気かテメェ……」

 地を這うような声を出しながら宗志の胸ぐらを掴むその姿に、周りで見ていたズミ工の生徒達は震え上がった。
 喧嘩っ早いズミ工の生徒が何故敵地で一人立つ彼に絡んでいないのかがようやく宗志にも分かった。彼はどうみても今までの不良達とは格が違う。

「ツラ貸せよ」

 そう言う中臣は、言葉通り宗志の顔を引き剥がす気なのではないかと言うくらい手に力が篭っている。

(死ぬ死ぬ死ぬーっ!!)

 宗志は心の中で「すいません」を百万回くらい唱えた。ついでに地面に頭をこすり付ける勢いで土下座もした。
 それが実際に出来なかったのは、他でもない中臣が彼の首を絞めていたからなのだが。

「おい、そいつから離れろ」

 恐怖に宗志が気絶しそうになった時、不機嫌な声がその場に響いた。




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