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屋根裏部屋
変化3
「岸本、」

不意に後ろからドスの効いた低い声が俺の名を呼ぶ。
「ひっ!」
「大沢さん、」
俺は驚いて机に右足をぶつけた。
「…いた、」
「余計な詮索は止して欲しいところだが、」
大沢さんは俺と田代さんをほんの少しだけ見ると、興味をなくしたようにオフィスの奥の方に目を向けた。
視線の先は、霧里さんだ。

「岸本くん、頼みごとがある。」

貼り付けたような怖い微笑みを向けながら、大沢さんは俺の方に左手を置いた。すごく、すごく嫌な予感。
「霧里に私が帰ることを伝えてくれ。」
強めにぽんぽんと肩を二度叩かれ、唖然としている俺に彼はまた同じ言葉を繰り返した。
過去に霧里さんの機嫌を損ねて、辛い仕打ちに合った人達はたくさんいる。彼らが走馬灯みたいにぼんやりと脳裏に浮かんだ。

「いいかな?」
「……は、あの、じゃ、ひとつだけ質問、」
恐る恐る右手を挙げると、大沢さんは視線で先を促した。
「あの、大沢さんは、恋人とか…いるんですか…ね?」
質問していく途中、彼がだんだんと笑みを深くしていくのを見たせいか、語尾が不自然に弱くなった。
大沢さんの眼の色がわずかに変わる。色気のある、ある種恐ろしいとさえ思う瞳。

「仮に…いたとして、」
大沢さんは俺の肩から手を離すと、ドアノブの方に向かった。

「他の誰にも、見せるわけがないでしょう?」

ドアが閉まる。直前に見えた大沢千裕という男の眼は、鋭い光を放っていた気がした。背筋が凍るような冷たい光だった。
「……岸本君、がんばってね、」
他人事のように言われて、ようやく自分の使命を思い出す。
大沢さんには、どうやら質問してはいけないことを聞いてしまったようだ。隣にいた田代さんも凍りついた表情だった。
「……、」
お互い、何も言わなくても分かっていた。今日のことは、他言しないようにしなければならない、と。
はあ、と息を吐くと、俺は資料を読み漁っている霧里さんの元へ訃報を届けに行くのだった。


end?

BacK:

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あきゅろす。
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