東方時空録 『第四録…動かない大図書館』 「広っ!! ……明らかに中の方が広いよね?」 「この広さが毎度億劫だせ……ま、箒で行ってるから良いけどな」 紅魔館の中は広かった―― しかし、あまりにも広すぎる。秋葉は、外見よりも中の方が広いと思わざるを得なかった。 終わりが全く見えない廊下。それと明らかに天井までの距離が長い。 「ここを徒歩で行くとなると、気が滅入るなぁ……」 「秋葉、徒歩より箒で行こうぜ!」 「……マジで言ってんの?」 「真面目にこの廊下を歩く馬鹿はいないぞ。飛んで移動が基本さ」 何の基本だ。と問いたい秋葉だが、正直この長さの廊下は歩きたくないと思ってる。箒では移動したくないが、そうせざるを得ないだろう。 秋葉の“スキマ”はまだ未完成で、他者のイメージを媒体にしないと空間と空間を繋ぐスキマは作れない。今の魔理沙に頼んでも、断られるのは目に見えている。魔理沙がその事に気付いているかは分からないが…… 「分かったよ、今回は箒で移動してあげる」 「流石は秋葉。話の分かる奴だぜ♪」 「但し、安全を第一にしてよね?」 「おうよ」 意気揚々と箒に跨り、飛ぶ体勢に移る。どれ程、箒での移動をご希望だったのか。魔理沙の表情はとても楽しそうに見えた。それとは正反対に、秋葉はちょっとばかし鬱気味の様子。 秋葉は溜息を一つ吐き、魔理沙の後ろの箒に跨る。乗った事を確認し、フワッと宙へと舞う箒。 しかし、こう言う浮遊感に秋葉は弱かった。何時頃からだろう? 秋葉が乗り物酔いをし始めたのは…… 「……ごめん魔理沙。やっぱり下ろ――」 「しっかり捕まってろよ、一気に行くぜ!」 「ちょ――」 (嗚呼、私死んだな……) ガクンと秋葉の体が後ろへと仰け反る。同時に、真っ向からくる風圧。原因は言わずとも、魔理沙が急発進したからだ。 魔理沙は秋葉の言葉を悉く無視し、意気揚々と歓声を上げている。早くも、スピードは安全が保障されない程に達していた。最早、危険以外の何者でもない。誰かとぶつかりでもしようものなら、死人が出る可能性も否定は出来ん。誰も本棚の死角から出て来ない事を、切に願う秋葉であった。 「ま、魔理沙……お願いスピード落として」 「だが断る。ま、慣れれば良い話さ」 「慣れてたまるかっ!」 「だったら、辛抱するしかないぜ?」 「むぅ、分かったよ……」 半泣きの秋葉を余所に、クツクツと笑う魔理沙。後ろを振り替えれない状況だけあって、まさか半泣きしてるとは思ってもないのだろう。若干、飛行速度が上がった様に感じた…… みょんな浮遊感はまだまだ続き、秋葉はこの時間が倍以上に感じていた。実際はそんなに経ってはいないが。 秋葉はこれ以上酔わない様に、目を瞑っていた。それでも酔ってしまうのだから困りものだ。 (う……は、早く着かないか――!?) ゾクッと背筋が一瞬にして粟立った。酔いが一気に醒める程の物凄い殺気。明らかに秋葉に向かって当てられているのが分かる。――が、どこか可笑しな殺気だ。 瞑っていた目を見開き、殺気を感じる方向へ顔を向けた。 しかし―― (あれ? 殺気が無くなった……) 秋葉が顔を向けた途端、殺気が嘘の様に掻き消えていた。もうどこからも殺気は感じられない。 顔を真っ正面に向け、視線を落とす。もう酔いなどに構っていられなかった。何故、秋葉だけに殺気を放つ必要があったのか? (魔理沙は……うん、感じてない様だね。ん〜、やっぱりあれかな?) 秋葉には心当たりがあった。それは誰しも考える事かもしれない。 殺気は秋葉だけが感じた。しかし、魔理沙に対しては微塵も放ってはいない――いや、放つ必要は無いんだろう。秋葉にはして魔理沙にはしない。要するに、此処――紅魔館に来た事が有るか無いかの違い。それと、面識の問題でもあるだろう。 魔理沙は紅魔館に何度も来ている。此処の住人と面識ぐらいはあるだろう。それに比べて秋葉は初訪問だ。面識などありはしない。だから殺気を当てられたんだろう。 (でもこの殺気、何となく私を試してる様な感じだった……) 試す殺気――殺気を感じたのに、殺意が無いと言う表現は可笑しい。だが、現に殺意は無い様に感じた。 威嚇? 挑発? まぁ、よく分からないが、そんなところだろう。今、深く考えたところで、解決する事ではない。手っ取り早いのは、直接本人に聞く事だろう。 「――秋葉、もう着くぜ」 「……ん〜、長かったような短かったような」 ホッと肩をなで下ろす秋葉の目の前には、図書館へ続く扉が見えてきた。ゆっくりと減速し、扉の前に降り立つ。乱れた髪や衣服を整え、目の前にある扉を見上げる。 流石は館にある図書館ってところだな。扉の作りが豪華だし、それに高さと幅がそれなりにある。……しかし、扉の真ん中辺りだけが、妙に凹んでいるのは何故だろう? 疑問に思う秋葉を余所に、魔理沙は扉を開けて中に入っていった。それに続き多少出遅れたが、秋葉も中に入る。 ――部屋の中は本と本棚のオンパレードだった。どこを見渡せど、本、本、本。それに、本棚は何段重ねにしているのだろう? それなりに高く重ねられている。倒れてこないのが不思議なぐらいに…… 辺りをキョロキョロ見渡す秋葉を余所に、魔理沙は一直線に読書中の少女の方へと、歩を進めていた。歩く速度は遅いが、秋葉も少女へと向かう。無論、キョロキョロしながら…… 部屋の中央にはスペースがあり、そこにはテーブルと椅子に腰掛けてる少女が一人居た。紫色のロングヘアー、三日月の飾りのついたフリル付きの帽子――布製のニット帽に、フリルと飾りが付いたような帽子と例えれば分かるだろうか? 服は……秋葉側からは見えないので省略する。 「よっ、パチュリー」 「……貴女の探してた人、見つかったの?」 「まぁな。秋葉! 早くこっち来いよ!」 「あ、うん、分かった」 「……貴女、足下には気を付けなさい。そこには本があるか――」 「――うにゃ!?」 顔面強打とはまさにこの事だろう。ドスンッという痛々しい音からして、無抵抗で倒れたのは明らかだ。そんな秋葉を見て、呆れる魔理沙とパチュリー。設定上では、ドジッ子や天然じゃないのだが…… 「貴女、大丈夫?」 「あ、はい、大丈夫です」 立ち上がり、服に付いた埃を払う。服に付いた埃が尋常ではないが…… 「私はパチュリー・ノーレッジ。さんは付けなくて良いわ。で、貴女の名前は夜次秋葉で間違いないわね?」 「はい、間違いないですよ」 (何でパチュリーには敬語で、私の時はタメ口何だよ……) 「魔理沙からは貴女がここに来るって事しか聞いてなかったけど、何らかの本をお探しかしら?」 「そうです。空間操作系の本を見たいんですけど……」 ピクッとパチュリーの眉が少しばかり動いた。注意して見てなければ気付かない程度に。 「空間操作の本……確かにここにあるわ。でも、何の為に読むのかしら?」 (魔理沙本当に何も話してなかったんだ……) 「ん〜、簡単に言うと、元居た世界に帰る為にですね」 「……残念だけど、その本を見ても帰れる可能性は低いわ。それでも見る?」 「見ます。試せる事は全て試したいので」 「そう」と小さく呟いたパチュリーは、椅子に座ったまま体を後ろに向け、奥の方にある本棚の列を指差した。どうやらそこに司書が居るとの事だ。要するに、自分で頼んで本を持ってきてもらえ、と言う意味だろう。 「貸し借りがきちんと出来るなら、貸し出しも許可するわ。どこかの誰かさんは出来てないようだけど……」 「ん? その誰かさんって、明らかに魔理沙の事だよね?」 「何の話やら。さて、私も何か借りに行くか」 逃げた。誰からどう見ても逃げた様に見える。それに、魔理沙の場合は“借りる”ではなく“盗む”である。 「秋葉。言い忘れたけど、ここでは静かにして頂戴ね」 「分かりました」 言う事だけ言ったあと、パチュリーは手にしていた本を読み始めた。秋葉は先程指さされた方へ、歩を進める。今度は余所見せずに、足下にはしっかり気を付けながら。 司書を探すのは難しいと思っていたが、あっさりと見つかった。背中には黒き翼があり、頭にも同じ形だが、大きさは小さめの翼があった。赤毛のロングヘアーを翻しながら、黙々と本を整理している。……いや、掃除してるのかな? 「す、すみませーん」 「はい?」 「あの、空間操作についての本を探してるんですけど……」 「空間操作の本ですね? 少々お待ち下さい。あ、その前にお名前は……」 「夜次秋葉です」 「秋葉さんですね、分かりました」 司書は一度礼をし、目的の本を探しに向かう。その間に、秋葉は身近の本棚から一冊の本を取り出し、適当にページを捲った。 ー ー ー ー ー ー 一方、魔理沙はと言うと…… 「パチュリー、今回はこれぐらい借りていくぜ」 「はぁ、貴女の場合は借りていくじゃなくて、盗んでいくでしょ。それよりも、今まで盗っていった本返しなさい」 「それは誤解だぜ? 私は“死ぬまで借りてる”だけだ。じゃ、私は帰るぜ!」 「ちょ!? 待ちなさい、魔理沙!!」 パチュリーの制止の言葉も虚しく、魔理沙は颯爽と図書館から出て行った。大きく膨らんだ白い袋を担いで―― 「はぁ、そろそろ対策を練らないといけないわね。えっと、窃盗対策の方法は……鼠取り? 他の方法は無いのかしら?」 パチュリーは小さな溜息を吐き、これ以上魔理沙による窃盗を無くす方法を探す。ページをゆっくり捲る音に混じり、誰かが近付いて来る足音が聞こえてきた。その足音には気付いてるパチュリーだが、顔を上げる事はぜず、ひたすらページを捲り続けた。 足音はパチュリーの居るテーブル付近で止まる。おおかた予想出来るが、上目で近付いて来た者を確認する。フリル付きの青いメイド服を着ている人物だった。 「パチュリー様、少しよろしいですか?」 「……何? ――」 ー ー ー ー ー ー 「――時間と空間を操る人間……じゅ、じゅうろくや? あ、十六夜(いざよい)か。へぇ、私以外にも居るんだ」 時間を操る程度の能力を持つ人間“十六夜咲夜”。本にはこの人物名の他に、時間操作と空間について書かれていた。残念な事に空間の操作については、全くと言って良い程触れられていなかった。 しかし、時間操作についての知識は、豊富に得られそうな一冊。あとは空間操作の本も読む事が出来れば、“時間操作”と“空間操作”の両方の能力向上に繋がる筈。必然的に元居た世界に帰れると言う訳だ。 「良い本見つけたなぁ。パチュリーが言う程、帰る事は難しくないかもね」 「秋葉さん、お探しの本ってこれで良かったでしょうか?」 司書から手渡された本には、『空間について』と書かれていた。 「あ、はい、良かったですよ。ありがとうございました」 「いえいえ、仕事の一環みたいなものですので。では、私は仕事に戻りますね」 「また、何かあったらよろしくお願いします」 秋葉は司書に一礼し、探して貰った本と自分が見つけた本を持ち、パチュリーの下へと歩を進める。表情は満面な笑みを浮かべながら。 上機嫌で歩いていて、また本に躓いて転けたのは、ここだけの話だが。 「――秋葉にそう伝えれば良いのね?」 「はい、私はそうとしか言われていませんので」 「分かったわ。……レミィにしては珍しいわね。“運命を詳しく見たい”だなんて」 「何やら突っかかる点があるようですよ?」 「突っかかる点、ねぇ……」 「では、私はこれで」 青色のメイド服を着た者は、音をたてずにパチュリーの前から姿を消した。それも一瞬で。埃っぽいこの図書館で、塵一つ舞い上がらせずに。 「さてと……秋葉には何て言おうかしら?」 「私に何か用ですか?」 「わっ、貴女いつの間に」 「“秋葉には何て”からですよ。」 「そう……」 (うぅ、何かきっかけは無いかしら? 下手に切り出しても、怪しまれるだけだし) 「そだ、パチュリー。読みたい本が見つかったから、貸し出しの許可をもらいたいんだけど……」 「ここで読んでいかないの?」 「そ、それは……」 パチュリーの問いに、秋葉は顔を強張る。目を横に逸らし、仕舞には俯いてしまった。 秋葉の様子からして、即答出来ない理由がありそうなのは確かだ。それが何の理由かは、粗方予想がついたパチュリー。確かに、気軽に言える事ではない。秋葉は気を使って言わないのだろう。 「はぁ、素直に“埃っぽいから嫌”って言えば良いのに」 「う、ごめんなさい」 「貴女が謝る必要はないわ。事実なんだし……それよりも、本を借りたら何処で読む気なの?」 「まだ決めてませんけど、取り敢えず休めそうな所を探してそこで読む気です」 「外は真っ暗よ? 休めそうな所を探すなら、紅魔館に泊まる事にしない? 部屋は有り余る程あるわよ」 「え? 良いんですか?」 「えぇ、大丈夫だと思うわ。その前に、レミィに会わないといけないわね。付いて来て」 ガタッと椅子を後ろへ動かし、ゆっくりと立ち上がる。パチュリーは一冊の本を手に取り、出入り口である扉へと歩き始めた。秋葉は、手に持った二冊の本を置いて行くべきか迷ったが、取り敢えず持って行く事に決めた。 パチュリーは既に扉を開けており、二人の距離はかなり離れている。二冊の本を抱え、小走りで後を追う。 「本はテーブルに置いても良かったのに」 「えっと、何となく持って着ちゃいました」 「落として傷付けない様にしなさいよ」 「分かりました」 (移動中だから、服にスキマを作って入れるか) 上着の裾を引っ張り、上着にスキマを作り出す。雰囲気的には、四次元ポ〇ットだと思ってくれれば幸いだ。そこに丁重に本を置き、スキマを指手なぞり消す。 本を仕舞った後、秋葉はふと魔理沙の事を思い出した。図書室に置いてきぼりにした事が気になってるらしい。しかし、魔理沙はとっくに大量の本と共に、とんずらしている。そう、秋葉を置いて…… 「ねぇ、パチュリー。魔理沙置いてきて大丈夫だったかな?」 「あぁ、貴女は知らなかったわね。魔理沙ならとっくに逃げたわよ」 「え゛……もしかして大量の本と共に、ですか?」 「えぇ、その通りよ。貸し借りがきちんと出来てれば、私は何も言わないのだけれど……今度こそお仕置きが必要ね」 「アハハハ……」 最早苦笑いするしかない秋葉。魔理沙を庇ってやる事は、秋葉には出来ないからだ。全部、魔理沙に非があるのだから。同情すらしてやれない。一体、今までに何数十冊盗んでいったのだろうか? いや、パチュリーの態度や言動からして、数十冊程度じゃないのかもしれない。何百冊単位なのだろう。 パチュリーの苦労を想像しつつ、歩き続ける事約十分。思ったよりも早く、目的の部屋の前に着いた。 やはり、扉の作りや装飾は豪華だ。 「着いたわ。この扉の先がレミィ――紅魔館の主が居る部屋よ」 「……はい」 (凄い気配を感じる。うぅ、緊張してきた) 部屋の外に居ても十二分に分かる、凄まじい気配。主として相応しい程に。 パチュリーは一度、秋葉の顔色を伺った後、ゆっくりとその扉を開ける。そしてゆっくりと部屋の中に入って行った。 秋葉はゴクリと生唾を飲み込み、パチュリーの後に続いた―― ー ー ー ー ー ー 魔理沙が紅魔館から帰ってから、数分も経ってない頃の出来事だ。門番である美鈴と、とある人物が門先で激戦を繰り広げていた…… 地面には弾幕を張った痕跡や、深々と抉られた様な線が出来事上がっている。 「――寒符『リンガリングコールド』」 「ぐあっ!」 弾幕を受け、地に伏せる門番――紅美鈴。彼女の目の前には、“冬の忘れ物”などと呼ばれている冬の妖怪が笑みを浮かべて立っていた。 大剣を片手で操り、軽々と担いでいる。黒ずんだ髪に輝きを宿してない黒い瞳。黒一色の服装で両手には灰色のグローブを填めている。 「何だ……もう終わりかよ? 最近の門番は弱いのかねぇ?」 「っ! ……レティ・ホワイトロック――いや、貴女は一体……?」 「さぁね……それよりもさ、通っても良いよな? こん中に居んのは分かってんだよ」 「……目的は、お嬢様ですか?」 「いや、吸血鬼に用はねぇ。俺は、最近新しくここに入った人間に用があんだよ……正確にはそいつの持ってる物だがな」 (最近? 新しく? 何の事だ?) 「そう、ですか。でも、貴女を通すつもりは、満更ありません」 「そうかい……じゃあ、死ね」 「あっ――」 ――掲げられた大剣は、勢い良く美鈴の脳天に振り下ろされた…… ーあとがきー 完成遅くなって済みません(汗 思った以上に、書く量が増えてしまって(言い訳 えっと、次の展開が気になる様に書いたつもりですが、如何でしょうか? ……やっぱり、技量不足ですかね(汗 うぅ、精進します、はい。 では、今回はこの辺で切り上げますか。 長くなるのもなんですしね。 じゃ、次回のあとがきで、またお会いしましょう。ノシ ‡*綻びへ‡‡狭間へ#‡ [戻る] |