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東方時空録
『第零録…空間を穿つ一人の人間。迷い込むは幻想郷――』
「あれ? 此処、何処だろ? 移動先間違えたのかなぁ〜」


 木々が生い茂る薄暗い森の中で、額を押さえながら立ち尽くす女の子が居た。
 深海を連想させる様な青色の髪に、鮮血を連想させる様な紅眼。肌はきめ細かくて、雪の様な白さをしていた。彼女の白くて細い首には、チェーン付きの黒い首輪が一つ着用されている。
 彼女の名前は夜次秋葉と言う。着崩した紺色のYシャツと、裾が太股の半ば程の黒いスカートを身に着けていた。秋葉の問いは誰に向けられるのでもなく、この生き物の居ない森に虚しく響き、虚空へと掻き消えていった――


「ん〜……」
(可笑しいなぁ、私が行き先を間違えるなんて)


 秋葉は首を傾げて辺りを見渡すが、視界に映る物は木、木、木のオンパレードだ。流石は太陽からの日光を遮断し、薄暗くなる程の木を有している森だけはある。――が、豊かであるが故に成長し過ぎた木々のせいで、地表の植物は育ちにくくなっている。豊かと言うのも考えものである。
 そんな栄養満点な薄暗き森を一瞥し、秋葉は徐に空へ左手を伸ばす。すると、どんな手品をやって退けたのか、何時の間にやら一振りの太刀をその手にしていた。左手で鞘を持ち、柄を右手で持った後にゆっくりと太刀を抜刀する。
 青白い光沢を放つ太刀――その名を“氷影”と言う。秋葉の家に代々受け継がれてきた為、“家宝”とも言える品物だ。何故、秋葉がその品物を持っているのかは、追々語る事にしよう。


「さてと……取り敢えず、小屋に帰りましょうか」


 薄暗き森の中で秋葉は氷影を軽く上げた後に、木でも岩でもなく何も無い虚空へ、重力を加えた刃を振り下ろす。刹那、空を切り裂く金切り声が、この森にある木々に木霊した。
 ――するとどうゆう原理なのか虚空に一筋の“切れ目”が出来ていた。即ち、秋葉は虚空を氷影――幾ら腕の良い刀匠が打った刀だとしても、所詮鉄の塊に過ぎない得物――で“切り裂いた”のだ。
 秋葉は自らが作ったその切れ目に、氷影の切っ先を忍び込ませた後、小さな溜息を一つばかり吐いて氷影を鞘に仕舞った。以前、縦に裂かれ開かれた切れ目は、秋葉が指をパチンッと鳴らした瞬間に跡形もなく消えた。まるで陽炎の如く揺らめきながら――


「参ったなぁ、此処から出られなくなってる……何でだろ?」


 右の人差し指だけを唇に当てて、眉を八の字にする秋葉。更に首を右方向に傾げ「う〜ん」と唸る。その仕草はとてもじゃないが、年相応には見えない……
 秋葉は一通り思考を巡らせたが、結局脳内神経に負担を掛けるだけだった。二度目の溜息を吐き、右の人差し指で空をなぞる。秋葉のなぞった所に、また一筋の切れ目が出来た。切れ目の長さはおおよそ二十センチだろう。秋葉はそこに氷影をまるで、荷物を仕舞うかの様に押し込んだ。
 氷影の全てをその切れ目に入らせ、再度その上をなぞると切れ目は無くなっていた。物で例えるなら、“ファスナー”か“ジップロック”を閉じるみたいな感じだ。


「悩んでたって前に進まないし……取り敢えず、目的は無いけど歩こうかな?」


 そうは言ってみたものの、八方見渡す限り木々だらけ。此処から一方向を決めるのは、ほぼ運試しに等しい。――が、何時までも薄暗い森の真っ只中にいても、直に辺りは更に暗くなり暗黒の夜が訪れる。従って、日中である(薄暗いが)時間帯――つまり今動かないと、大変な事態になるのは目に見えている。
 そこで秋葉が不意に手にした物は、木がある所になら間違いなくある、何の変哲もない“木の枝”だ。葉は既に枯れ落ち、森の豊かな栄養と化している。この枝もその過程だったが、秋葉にたまたま拾われたが故に今後の役に立つ使命を、無理矢理なすりつけられるのだ。
 秋葉は木の枝を右手に持ち、宙へ投げる体勢を取る。そして今、ただの枝に植生最大の使命を無理矢理実行させる――


「そ〜れっ!」


 掛け声と共に高々と宙へ投げ出される木の枝――
 くるり、くるりと宙で、縦回転のトリプルアクセルを見事やり遂げ、プロ顔負けの着地を堂々と決めた。着地後の木の枝は何処となく輝きを見せた後に、その身を“地面”と言う名のリンクに沈めたのだった。仮に植物界にスケートと言う物があれば、審査員満場一致で満点の筈だろう。
 倒れた木の枝の先端は、木々の隙間から見え隠れしている、まるで赤い絵の具か鮮血を垂らした様な、真っ赤なお屋敷を指していた。遠目からでもその大きさがハッキリと解る。


「わ、大きくて真っ赤なお屋敷だねぇ」
(ん〜、少なくとも地元じゃない様だね……)


 お屋敷の大きさと赤さに関心すると同時に、地元じゃないと悟る秋葉。気分は嬉しいやら悲しいやら、あるお屋敷へ――















 さて、秋葉が十歩ほど歩いた時だっただろうか。悲劇は突如として、まさに疾風の如くスピードでやってきた。比喩ではなく、“言葉通り”の意味で――
 ふと、誰かが「避けろ」という叫び声が、秋葉の左側から聞こえてきた。キーの高い声質からして、女性であることだけは解った。しかし、何故にこの森の中ですぐさま回避運動をとらなければならないのか……


「こんな森の中に人が来るの――きゃ!?」


「……あー、だから避けろと何度も言ったんだぜ?」


「えっ!? ちょっ、何が起きたの!?」


 何者かは秋葉を疾風の如く連れ去りました……
 現在、秋葉は何かが入っているだろう袋に、しがみつきながら滑空している最中だ。袋は所々に凹凸が出来ていた為、何とか掴む事が出来ている様だ。――が、物凄い風圧が襲い掛かって来る為、振り落とされない様にするので精一杯である。とてもじゃないが会話出来る状態でないのは何処から見ても明らかだ。


「あぶぶ、目が、開けられないよー!」


「はぁ、やれやれだぜ。減速してやっても良いが、もう少しで家に着くしな……もうちょい、我慢してくれよっ!」


「ひゃあ!?」


 その瞬間、急激に速度が上がった。ただでさえ物凄い速さで飛んでいたのに、更に加速されてしまってはどうしようもない。振り落とされない様にするのにも限度がある。一歩間違えればあの世への片道切符が、もれなくタダでプレゼントされるだろう。死後の世界へさぁ逝こう!(ミッ〇ーマ〇ス風に)
 ……冗談は此処までにしよう。秋葉が振り落とされる前に。秋葉は今も尚、死ぬ気でしがみついていた。


「た、助けてぇぇぇ! 振り落とされちゃうよ〜!」
(し、死んじゃうよ! お願いだから、減速してぇぇぇ!)


 しかし、秋葉の必死の叫び声と願いは、この女性の前では無に等しかった。錯乱する秋葉だがしっかりと袋の凹凸を掴み、振り落とされない様にしている。
 片や秋葉を連れ去った張本人である女性は、このスピードとスリリングを十二分に堪能していた。挙げ句の果てに「いやっほうぅぅぅ!」とノリノリで叫んでいるではないか。
 そのせいか、秋葉の目尻にうっすらと涙が滲んでいた、というのは此処だけの話である――















「よっ、と。さて、着いたぜ」


「ふぇ? 天国に? ……そっか〜、私死んじゃったんだ〜」

「いや、私の家にだよ。お前、大丈夫か?」


 新幹線に匹敵する程のスピードが、あの時出ていたのだ。多少、気が動転するのも仕方がないと言える。秋葉は未だに大きな袋にしがみついたまま、地べたに俯けになっている。幽かにだが啜り泣く様な声が聞こえてくる。
 さて、何故この様な事態になったかを、ストーリー進行そっちのけで簡潔に説明しておこう……


 まず、叫び声に気付いた秋葉はその場で歩を止め、秋葉から見て左側に顔を向ける。
 ↓
 その瞬間には既に秋葉との距離は二メートルもなく、避ける前に秋葉は跳ねられる。
 ↓
 “たまたま”袋へ向かう様に飛ばされ、“たまたま”その袋の凹凸に手が掛かり、そのままくっ付いて行ったのだ。
 ↓
 そして、新幹線並みのスピードを生身で感じた後、現在に至るのだった。


「……天国って森の中にあったの――むぎゅ!」


「お前、何時まで私の荷物にしがみついてるんだ」


 袋を高々と持ち上げられた拍子に手を離してしまい、勢い良く顎を強打してしまった。秋葉は顎をさすりながら、のったりゆったり立ち上がる。その時に服に付着した土や草を払う。
 秋葉は身だしなみを整え、こうなる原因を作り出した女性を瞳に映した。少しウェーブ掛かった金髪に、黒と白のツートンカラーの特徴的な帽子と服装。見た目的に“少女”と言った方が良いだろうか。
 少女の外見を見る限り、魔法使いに見えてしまう様な服装と帽子だ。片手に箒を持っている為、秋葉は完全に魔法使いだと思っている。そんな要素があるだけだが……


「さて、まず先にお前は誰なんだ? 此処では見掛けない顔の様だしな」


「あ、えっと、私は秋葉、夜次秋葉。行き先を間違えたらしく、気付いたらこの森にいたんだよ。んで、出るに出られない状況の中、貴女に轢かれたの」


「……行き先を間違えた?」


「そうだよ」
(轢いたって所はスルーなんだ……)


 食いつきどころが秋葉の考えていた所と違い、少々苦笑を強いざれる。白黒少女(服装の色から抜萃)は顎に手をあてがい、何かを考えている様だ。


「行き先を間違ったって言ってたな。方向を間違えたのか?」


「ん〜、そうだと言えばそうだけど、なんか違うんだよねぇ〜……“出る場所”を間違えた、が正しいかな?」


「出る場所を? ……秋葉、もしかしてお前は“空間か何かを弄る能力”があるんじゃないか?」


「え? 確かに時空間を弄る事は出来るけど、どうして?」


「いや、どうしても何も、その能力を使えばすぐに目的地に行けるんじゃないか?」


 白黒少女の言う通りだが、その提案に苦笑する秋葉。何故ならば、既に冒頭で試していたからだ。秋葉は頬をポリポリと掻き、済まなそうな表情を作り出す。


「え〜っと、それが無理なんだよね。一度試したけど、元居た場所に繋がらなくって……入る事は出来たけど、出る事が出来ないんだよ」


「入る? 出る? ……成る程、秋葉は“外の世界”から来たのか」


「へ? 外の世界? じゃあ、此処は何処なの?」


「“幻想郷”って所だぜ。まぁ、もう少し簡単に言うと“異世界”ってとこだな」


「異世界って事は、私は……私は二つの世界を股に掛けた散歩を、しちゃったんだ」
(……墓参り、出来なかったな)


「……」
(言葉に張りがなくなったな……まぁ、無理もないぜ。元居た世界とは違うんだしな)


 表情には出していないが、何処か悲しげな雰囲気を醸し出している秋葉。だが、言動には多少なりとも出ていた様だ。白黒少女の眉がほんの少しだが、吊り上がっている。でも直ぐに、何かを悟ったのか、納得した様な表情を作り出した。それと同時に、何かを思い出し、手をポンと軽く叩く。


「そう言えば、私の名前言ってなかったな。霧雨魔理沙、一応、魔法使いなんだぜ」


「へぇ、魔法使いね……ふふ、そうだと思ったよ。元居た世界の魔法使いのイメージと大して変わってないからね。まぁ、“二百年程前”の話だけど」


 霧雨魔理沙――秋葉が“幻想郷”に来ての第一住人であり、“空飛ぶ箒”で轢かれると言う貴重な経験を齎した張本人でもある。
 この時、この瞬間から、秋葉の幻想郷生活が始まるのだった。





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