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東方時空録
『後日談…終わる異変と始まる異変』
 一緒に帰ろうと言うレティの申し出を断り、暫くこの場に止まる事にしてからどれくらい時間がたったのだろうか。未だに全身の痛みは和らいでないとなると、大して時間は経ってないようだ。もう暫くしないと動く事も辛いだろう。自力で動けないのは本当に不便である。


「……寒いな」


 やはり現在の姿では寒さに耐性がないようだ。それもそうだ、少し前までは冬の妖怪であるレティ・ホワイトロックの姿を借りていたのだから。
 今年の冬が終わるまでレティの姿を借りてれば良かったと後悔するレン。だが、禁書目録――リィルとの契約に反する事かもしれない。契約内容は“私のお姉ちゃんになって”だった。


(ま、精神が必ずしも年齢と比例するとは限らねぇからな)


 リィルは数千年生きてるが、精神面の成長に関わる出来事がなかった。つまり、精神は未だ十歳そこいらの少女。家族の温もりが恋しいのだろう。
 レンは禁書目録の力を得る代わりに、リィルの姉になる契約を交わし、姿を借りた。契約の期間はまだ決めてないらしい。


(しかし、この姿は動く時に不便だ……)


 レン自身は気に入ってないみたいだが、他の女性からしてみれば羨ましいスタイルだろう。一言で表すならば“グラマーな女性”がお似合いだ。しかし、激しく動く時には心底邪魔にしかならない。そして肩が凝る。ただでさえレティの姿ですら苦労してきた。そう考えると、小さな溜息が漏れた。
 肩への負担を考えるとレティの申し出断らなきゃ良かったなと思ってしまう。はぁ、と二度目の溜息を吐いた時、ふと右手がほんのりと暖かくなった。


「……暖かい?」


 視線を空から移すと、レンの右手をその小さな手で握るリィルの姿があった。寒いから溜息を吐いてると勘違いしてるようでもある。
 レンの事を気遣っての行為だが、リィル本人も十分寒い筈だ。着ている服も同じだから、その寒さは理解出来る。小刻みに体が震えているのが、握った手を介して伝わってくる。


「……あぁ、“暖かいよ”。ありがとな」


 まだ痛む体に鞭打ち、左手でリィルの頭を優しく撫でる。


「うん♪」


 ……本当は大して暖かくはなかった。だが、リィルの気持ちを考えると本音はとてもじゃないが言えなかったが、この笑顔を見れる事にも価値はあるだろう。それに、嘘を吐く事はレンにとってもマイナスな事ではない。寧ろプラスになるのだ。まぁ、無邪気な笑顔を見せてくれるリィルに嘘を吐くのは心苦しい事だが……。


「さて、もう少ししたら帰るぞ。風邪でも引かれると困るからな」


「……うん」


(おろ?)


 急に返事に元気がなくなり、しゅんとなるリィル。レンとしては風邪を引くかもしれないからと本気で心配して言ったつもりだったのだが……。


「すまん、言い方が悪かったか?」


 悩んでも解決しないと思い、リィルに直接確認する事にしたが、まず本音など言う筈がないだろう。


「ううん、平気」


「――そうか」


 果たしてそれがリィルの本音かはレンには分からない。再度リィルの頭を撫で、少しでも寒くならないようにぎゅっと抱き寄せる。
 それからレン達は十分程その場にいたが、流石に寒さに耐えきれなくなり、レティ達の待つログハウスへと帰る事にした。





ー ー ー ー ー ー





 ――次の日。
 紅魔館のとある空き部屋……そう、今は秋葉の住まいとなっている部屋。差ほど広くはないが居心地はそんなに悪くはない。寧ろ、前住んでいた小屋よりは遙かにマシだ。
 そんな部屋のベッドに寝ているのは部屋の主、夜次秋葉だ。その体のあちらこちらを包帯で巻かれている。寧ろ、生きてるのが不思議な程だ。


「……一週間、か」


 そう呟き、小さく溜息を吐く。
 結果的にレンとの戦いに勝つ事は出来たが、払った代償が大き過ぎた。


「でも、悔いはないよ……悔いは……うん」


 悔いはない。そう呟く秋葉だが、無理に納得しようとしているのがはっきりと伝わってくる。
 スキマから愛刀であり、家の家宝でもある氷影を取り出す。仰向けのまま氷影を鞘から抜き、眼前に翳す。


「一週間後には手放さなきゃいけないなぁ」


 朝日に照らされた刀身が淡い青色の光を放つ。二百年近く愛用してきた刀。手入れも怠らず、ずっと大切にしてきた。いざ手放さねばならないとなると悲しくもなってくる。


「……そうだ、氷影は――」


 ――コンコン。


「ん? どちら様?」


「咲夜です。今入っても大丈夫かしら?」


「うん、大丈夫だよ」


 咲夜に返事を返し、氷影を鞘に仕舞いベッドの脇に立て掛ける。


「どう? 体の具合は」


「今のところ大丈夫。明日には起き上がれると思うよ」


「なら安心ね。でも貴女が此処に運ばれてきた時は正直驚いたわ」


「下手すりゃ死んでたからね」


 秋葉はヘラヘラと笑いながら話すが、笑い事じゃないと心の中で思う咲夜。だが、そんな様子の秋葉を見てホッと胸を撫で下ろす。
 秋葉が此処に――紫のスキマで紅魔館に運ばれて来た時は目を疑ったものだ。全身血だらけで、服もボロボロ。当初は死んでるんじゃないかと思ってしまったぐらいだ。


「全く、笑い事じゃないでしょうに。私達は心底心配したのよ?」


「……うん、ごめんね」


「え? い、いや、別に責めたつもりじゃないのよ?」


 急にしゅんとなった秋葉に、咲夜は慌てて弁解する。


「ううん、そう言う事じゃないんだ」


「……? ならどんな事?」


「それは――いや、何でもないよ」


 本当は言いたかった――
 全てを話してしまいたかった――
 だが、それを今話すべきじゃないと悟る。ただでさえ既に心配させてしまっているのだ。なのに更に心配事を増やすのはよろしくない。


「何よそれ。話してくれても良いじゃない」


「んじゃ、もう少し日が経ったら話すよ」


「今話しなさい」


「ごめん、マジ無理」


「ちょっ……はぁ、分かったわよ。その代わり、いつかは話しなさいよね」


 うん、とだけ返事を返し、再び眠りにつく秋葉。
 他にも話そうとしていた事があったが、無理をさせるべきじゃないと引き下がる咲夜。レミリアからの伝言もあったが……まぁ寝てしまったのなら仕方ないだろう。
 静かにドアを開け、退室する。


「……何だか嫌な予感がするわ」


 しかし、確信は持てなかった。秋葉が何か隠してるのは分かる。だが、何を隠してるのかはさっぱりだ。
 今考えても仕方ないと思い、一度レミリアに報告しに向かった――






〜一週間後〜







「――ウフフ、何百年振りかしら? “外の空気を”吸うのは」


 純白のドレスを身に纏う彼女はそう呟いた。
 鮮血の如く紅いロングストレートの髪が風に煽られサラサラと靡く。
 天に瞬く紅い満月を同じく紅い瞳が見据える。
 彼女の背中から生えている漆黒の翼を大きく広げ、両腕もそれにあわせるように広げる。


「こんなに月も紅いのだから――今夜は楽しい夜になりそうねぇ。……ね、“秋葉”♪」


 甲高い笑い声と共に、無数の蝙蝠が漆黒の闇へと飛び去っていった。
 後に残されたのは、見るも無惨な姿になった紅魔館だった――





〜第二部・レン編へ〜







2011/5/22/23:00

‡*綻びへ‡
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あきゅろす。
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