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東方時空録
『第終録…粉雪舞う満月の夜に』
――禁弾『千の魔弾』


 宣言と同時に禁書目録から噴き出していた高密度の魔力が、握り拳程度の魔弾へと圧縮されていく。
 ――その数、名の通り千個。だが、隙間なく展開された魔弾はまるで巨大な壁の如く、秋葉の視界が紫色に埋め尽くされる。流石にこの弾幕密度に秋葉は顔を強ばらせるしかなかった……


「なぁ、避けれるか? ……ククッ、避けれないよなぁ」







--第終録--

〜粉雪舞う満月の夜に〜








 確かにレンの言う通り避ける事は疎か、防ぐ事もあの物量を考えるとほぼ不可能に近い。それに足下は雪、行動に制限が生まれている状況。どう足掻いても絶望しか見えない。
 だが、それでも秋葉は諦めはしなかった。どう動き、どう対処するかを考える。例え無駄足になったとしてもだ。やらないで後悔するよりは、やって後悔した方が遙かにマシである。


(仕方ない、一か八かやってみよう)


 氷影を素早く振り上げかまいたちを起こし、レンとの間に雪の積もってない道を作り出すが――


「――っ!」
(……やっぱり上手くいかないね)


 秋葉のちょっとした動作を瞬時に察知し、次の動作に移させないように魔弾を放つレン。まるでこの状況下を楽しむが如く、牽制だけしてくる。まぁ、今すぐにでもやられるって事はないだろう。
 だが、レンが飽きてしまっては話は別だ。早々に新たな展開を作らなければ、圧倒的に此方が不利になる。それでも秋葉はかまいたちを発生させ、降り積もった雪を移動しながら吹き飛ばしている。


「ちっ、んだよ。さっきっから何がしてぇんだよ!」


「……自分の手の内を軽々と教える馬鹿はいないんじゃなかったの?」


 苛々してきているレンに、二人が初めてあった時に言われた事を言い挑発する秋葉。流石にレンも自分の発言を覚えていたらしく、蟀谷に青筋を立てた。
 秋葉が何を思ってレンを挑発したかは分からない。だが、怒りに身を委ねてしまうと周りが見えなくなる事がある。故にレンは気付いてなかった。自分の周りに一切“雪が積もってない”と言う事に……


「ふざけやがって……もういい、遊びは終いだ!」


 レンが秋葉へ右手を翳すと、周りで待機していた魔弾が一斉に秋葉目掛けて放たれた。レンと秋葉の距離は十メートルも離れてはいない。もう、避ける事は不可能だった。
 しかし、秋葉の表情に絶望は無く、逆に希望がそこにあった。
 懐からスペルカードを取り出し、氷影を鞘に仕舞い居合いの構えを取る。


「――鬼神『直線上の狂気』」


 ドンッと地面の爆ぜる音と、弾幕をグレイズする音が辺りに響く。秋葉は千の魔弾の中をグレイズしながら、レンへ一直線に物凄い勢いで向かっていく。
 レンは凄まじいグレイズ音で、秋葉が何かしてきた事を知る。だが、時既に遅かったようだ。気付いた頃には目の前にまで迫っていた。
 すぐに側に突き刺していた大剣で防ぐものの、秋葉の勢いは止まらない。秋葉の一撃を直で受け止めた大剣に亀裂が入り、それが徐々に広がり始めていた。


「はあぁぁぁぁっ!!」


「ぐっ! これはヤバ――」


 ――文字通り一閃。
 大剣は粉々に砕け、レンは数メートル離れた木に直撃し、ピクリとも動かない。
 そして秋葉も、地面に膝を突いている。あの量の弾幕の中を突っ切ってきて、レンとの鍔迫り合いをしたのだ。体力の消費は思った以上の物だろう。
 氷影を地面に突き立て、体が倒れないようにバランスをとる。荒い呼吸を整え、再度レンに視線を移す。


「はぁ、はぁ……油断してるからやられるんだよ」


「…………」


 秋葉の言葉に一切反応する気配がない。一撃が入ったと言っても、厳密には“吹き飛ばしただけ”である。それでも、木に激突したダメージは大きいだろう。
 気絶してるのか、または激痛で動けないのか……。今のところ、確かめる術はない。何せ、秋葉自身も疲労の蓄積で動けそうにないからだ。無理に動いても余計に疲れるだけである。今は少しでも体を休めた方が良いだろう。


(これで終わりだと良いんだけど――っ!)


 やはり一筋縄で行くような相手ではなかった。決して甘く見てはいない。寧ろ、全力でぶつかっていたぐらいだ。
 秋葉が使ったのは、今出せる高火力のスペルカード……それを受けて尚立ち上がろとしている。だが、膝が笑い立っている事もままならない状態だ。やはり、木に激突したダメージが大きかったのだろう。
 レンは木に肘を突き、バランスを取りながら秋葉を睨み付ける。ギリッと歯を食いしばり、調子に乗っていた自分を恨んだ。


「ねぇ、もう止めにしない? そのレティさんだってこんな事望んでないと思うよ」


「くそっ……黙れよ。お前にレティの何が分かるってんだ! 知ったような口利くんじゃねぇ!!」


「わ、分からないけど本当にレティさんがそう望んでたんならもう実行してるんじゃ――」


 そこまで言い掛けた秋葉の左側の空間を何かが勢い良く突き抜けた。何が飛んできたかは分からないが、鋭利な物だって事は分かった。頬に一筋の切り傷が出来ており、そこから少量ではあるが血が流れ出ている。


「それ以上喋んじゃねぇよ……次は当てっぞ」


 余計な事をした――レンに止めるよう促そうとしたのだが、どうやら逆効果だったようだ。これ以上先程の話を続けたら、本当に命の保証はないだろう。
 これ以上の話し合いは最早無意味と化した。話を聞く気も無いに等しい。もう言葉での説得は、力ずくで止めるよりも難しいかもしれない。
 だが、その力ずくで止めるのも一筋縄でいくような相手じゃない。ほぼ互角ではあったが、今は得体の知れない禁書を使っている。どんな禁術があるのかも、どれ程の力を有してるのかも未知数なのだ。正直、秋葉に勝てる見込みは無かった……


「……やっぱり、力ずくで止めるしか方法はないみたいだね」


「やってみろよ」


 勝機は無いに等しいのだが、方法はこれだけになってしまった。秋葉も持てる力全て――とは言わないものの、あのスペルカードに全力を出したつもりである。つまり、もう打つ手無しと言う状況だ。


 ――禁書『第二の禁 -解放-』。


 そうこうしてる間に禁書目録の禁が解放されてしまった。第二の禁……次のスペルカードはどのような物だろうか。
 スペルカードの宣言に伴い、禁書目録の文字が今度は赤々と光り出す。澄んだ赤、濁った赤、その両方の赤に光る。


「――非天『阿修羅・全開』」


 レンの体が禁書目録の文字と同じ色のオーラに包まれる。目に見える弾幕は――ない。もしかしたら、目に見えない弾幕なのかもしれない。それとも、死角から飛んでくる弾幕と言う可能性もある。
 辺りに意識を集中させ、何処からでも対処出来るようにする。どのようなスペルカードか分からない今、下手に動く事は自殺行為だ。
 しかし、先程から秋葉は後手と言う不利な状態。今までは何とか凌げたが、次も上手く凌げるとは限らない……


(何か打開策は――)
「!?」


 ――突如、世界が反転した。天が地に、地が天に。一瞬の出来事だった為、すぐに理解が追い付かなかった。
 右側の頬に鈍く残る鈍痛。そして、口の中に瞬く間に広がる鉄の味をした、唾液とは異なる感じがする液体。……つまり、血液だ。


「……かはっ」
(な、殴られたの?)


 しかし、レンが動いたところなど見ていない。寧ろ、全神経を集中させていた筈だ。気付かない訳がないのだが、実際はご覧の有様だ。
 口の中に溜まった血を息を吐くと同時に吐き出す。思った以上に出血の量は多いみたいだ。ちょっと口の中を切ったにしては量が異常である。
 このまま地面に突っ伏している訳にもいかない。次の攻撃への対処をしなければならない。しかし、動きを捕らえられない状態で何が出来る? このまま立ち上がったとしても、先程と同じような展開になるのは目に見えている。
 それでも地面に肘を立て、立ち上がろうとするが――


「がっ!?」


 今度は横っ腹を蹴られ、立ち上がるどころか宙に浮いてしまった。最悪の事態である。まだ殴り倒された方がマシだったかもしれない。
 宙に浮き身動きが取れない中、ふと視界にレンが写ったが、顔面を鷲掴みにされ見えなくなる。ここから予想される未来は二つ。
 ――投げられるか。
 ――叩きつけられるか。
 前者は地面や木に激突する前に受け身をとればいい。だが、後者だとそうはいかない。何せ、掴まれてる部位に問題があった。
 そうはさせまいとレンの手を引き剥がそうと試みる。今の秋葉なら、引き剥がすのは容易な事だ。だが、掴まれた時点で抵抗は無意味だったようだ。秋葉の手がレンの手に触れた瞬間、秋葉の頭は勢いよく地面へと激突した……





ー ー ー ー ー ー





 ――黒い暗い漆黒の世界。以前にも見た覚えのある世界。思い出したくもない世界。
 そんな世界に一人佇む秋葉。表情は酷く暗く、見方によっては生気が感じられなかった。


「――悔しい?」


 そんな秋葉に声が掛かる。だが、姿は見えない。


「――悔しい?」


 同じ問いが秋葉に向けられる。先程と相変わらぬトーンで。


「――悔しい?」


 三度目の問いに対し、秋葉はギリッと歯を食いしばった。正直鬱陶しく思えてきた。無意識に握り拳に力が入る。


「――悔しい?」


 流石の秋葉も耐えきれない様子だ。肩を震わせ、今にも殴り掛かりそうな雰囲気を漂わせる。だが、相手は姿が見えない。殴りたくても殴れないのだ。行き場のない怒りだけが内で煮え返る。


「そりゃ悔しいよ! 手も足もてないんだし! でもさ、こんなところで悔しがって何の意味があるの!? 何か解決でもするとでも!?」


 怒鳴り声は虚しくこの世界に響き渡るだけで、一向に返答が返ってくる事はなかった。


「ねぇ、何とか言ってよ! 前みたいに助けてよ……」


 前……以前にもこんな世界に来た事がある。あの時は何者かの手引きで、漆黒の世界から出る事が出来たのだ。今回、問い掛けてくる者の声が、以前助けてくれた者と似ていた。はっきりとした確信はないが、今は藁にも縋る思いである。


「……フフ、助けて欲しいの?」


「! やっぱり貴女だったんだ」


「で? 助けて欲しいんでしょう?」


「自分で何とか出来ないのは悔しいけど……お願いします!」


 姿の見えない相手に、深々と頭を下げる。
 自分じゃ太刀打ち出来ないと言う事実に、内心穏やかではいられなかった。レンを止めると大口叩いといて現実はこの有様。
 正直、助けを借りたくはなかった。しかし、自分の力ではどうする事も出来なかった。
 秋葉の頬に一筋の雫が伝った……


「別に助けてもいいけど、一つ条件があるわね」


「……どんな条件ですか?」


「――たしなさい」


「な!?」


「フフ、貴女はこの条件を飲めるのかしら?」


「ぐっ」


 彼女の条件はあまりにも破格すぎた。軽々しく了承出来る事ではないと言う事は、秋葉にでも一目瞭然だった。
 だが、今の秋葉に選択の余地はない。断ればレンを止める事は不可能に近いのだから。


「わ、分か……りました……」


「ウフフ、素直でいい子ね。ますます気に入ったわ」


「で、でも、一ヶ月……いえ、一週間だけ期間を下さい!」


「ん〜、駄目って言いたいところだけど別に良いわよ。貴女の事気に入ったからね」


「ありがとう」
(……ごめんね、フランちゃん。紅魔館のみんな……)





ー ー ー ー ー ー






 地面に叩きつけられた秋葉は、ぴくりとも動く気配がなかった。後頭部からは今も尚、血が流れ出ている。このままだと秋葉の命の保証はない。
 そんな光景を目の当たりにした紫は、内心かなり焦っていた。遅すぎたんじゃないかと。だが、紫程の力のある者が何故直接手を出さないのか。――いや、迂闊に“手を出せない”のだ。紫はレンの能力を知っている。知っているからこそ、尚更手が出せない状態なのだ。
 レンの能力は『嘘を真に変える程度の能力』。つまり、嘘をついても本当の事になってしまうのだ。
 例えば、「博霊神社の賽銭箱に賽銭が入っていた」と言ったとする。当然、賽銭など入れる者は皆無な訳で、賽銭箱には一銭も入っていない。だが、能力で嘘は真実になり、スッカラカンだった賽銭箱に賽銭が入っている事になる。
 要するに下手に手を出して此方側が不利になる嘘を吐かれたら、そこで勝敗が決まってしまう恐れがあるのだ。


「――終わりだ」


 その言葉に紫のピクリと肩が動く。


「…………そのようね」


 悔しいが、認めざるを得なかった。


「次は紫か? 出来ればヤり合いたくない」


 ……何を白々しい事を。内心そう思う紫だが、はっきりと言葉には出来なかった。
 秋葉は負けた。それは紛れもない事実だった。現に秋葉は圧倒的な力の前に為す術もなく打ちのめされている。


「……っ!」


「物分かりの早いのは助かる」


 違う。そう口に出したかったが、言葉は喉でつっかえていた。例え言えたとしても、“嘘一つで”どうにかされてしまう。
 踵を返し、この場を立ち去ろうとするレン。嗚呼、終わった……そう考えた刹那だった。


「待て!」


 立ち去ろうとするレンを呼び止める声。凛とした態度のようだが、声が震えているようだった。


「……何のようだ、チルノ」


 呆れたように声の主に問い掛ける。レンに振り返る素振りはなかった。


「あ、あたいが相手をしてやる! だから、まだ……終わりじゃない!」


「ほう」


 紫もレンも明らかにチルノが無理をしている事は分かった。声は震え、膝は笑い、今にも泣きそうな表情をしている。


「でも良いのか? ……お前じゃ、俺に勝てない」


「そ、それは……」


 実力差は火を見るよりも明らかだった。口ごもるチルノが小さくなるのが分かった。所詮は少しばかり力のある妖精。生半可な力でどうこう出来る相手ではない。まぁ例え力があったとしても、迂闊には手を出せない相手ではあるが。


「すまん、これしか方法がなかっ「――嘘付け」……は?」


 次の瞬間には、レンは宙を舞っていた。行き先は木。油断していた事もあってか、無抵抗のまま木に激突した。
 一体何が起きたのか。紫とチルノは今までレンのいた場所に視線を移す。


「いたた……死ぬかと思った。いや、死んだのかな?」


「あ、秋葉!」


「貴女、生きてたのね」


「いや、勝手に殺さないでよ。まぁ、半殺しにはされかけたけど」


 ズキズキと痛む後頭部を抱えながら、ゆっくりと上半身を起こす。正直、まだ意識ははっきりとしていない。だが、今はそんな事気にしている暇はなかった。
 レンも秋葉が完全に回復するまで待つつもりはない様子。次こそは全力で殺す勢いで来るだろう。


「……負けられないんだ」


「奇遇だな、俺もだ」


 互いにスペルカードを手にする。これが最後の宣言だと言わんばかりの雰囲気だ。


 ――疑似『雷光一閃』!
 ――禁書『第三の禁 -解放-』!


 先に動いたのは秋葉だった。雷を纏わせた氷影を強く握りしめ、互いの距離をぐんぐん縮める。
 レンの弱点は此処――スペルカードを宣言する瞬間だ。面倒な事にいちいちスペルカードを解放する手順が必要なのだ。つまり、あらかじめ解放しておかなければ一手出遅れる事になる。確実に勝てる瞬間は此処しかない。
 秋葉の思い通り、レンは無防備だった。レンとの距離は一メートルもない。氷影を振るえば仕留められる位置だ。


「甘い!」


 まぁ、そう簡単に勝敗が決められたらこんなに苦労はしない。宣言が終わるまで棒立ちしてる馬鹿が何処にいるのか……。
 レンは迫り来る氷影を即席で作り上げた氷塊で弾き、上手く体への直撃を免れた。更に秋葉の懐を掻い潜り、再び距離を空ける。


「――魔剣『ティルヴィング』」


 秋葉が完全に振り向く前に、宣言が完了してしまった。


「なっ! 伸びた!?」


 振り向き様にかまいたちを放つつもりだったが、レンの手にしている濃い青色をした両刃剣がまるで鞭の如く眼前まで迫ってきた。とっさに氷影で防ごうかと思ったが、レンの得物は鞭の如くしなっている。例え防いだとしても、体に巻き付くのがオチだ。
 瞬時に体勢を低くし、薙ぎ払いの一撃をスレスレでかわす。この手の類の武器は隙が生まれやすい。攻撃が外れてしまうと、次の一撃までに時間が掛かる。


「はあぁぁっ!」


 一気にレンとの距離を詰め、再度接近戦へと持ち込む。
 切り上げからの袈裟切り。どちらも空を虚しく切るだけだが、それはあくまでも“刃の部分だけ”である。


「……ちっ、厄介だな」


「避けても“電気”は届くからね」


 そう、秋葉のスペルカードで氷影は電気を纏っている。まぁ殺傷力は低いものの、相手を気絶させる程度の威力はある。つまり、直に当たりでもしたらそこで勝敗が決まる。あくまでも“当たれば”の話だ。


(くそっ、ひとまず距離を――ちっ!)


 距離を離そうとするレンだが、それを許さんとしてピッタリとレンに張り付く秋葉。常に相手の出方が見れる位置で尚且つ、いつでも反撃または逃げられるように。
 このやりとりの間でも、電気によるダメージによりレンの体力は徐々に減っていく。しかし、長期戦だけはなんとしてでも避けたいところだ。


(こんなところで……こんなところで……!)
「……やられてたまるかぁ!」


「――っ!」


「うおぉぉぉぉぉぉっ!」


 腰を低くし、そこから繰り出される掌底。倒す為の一撃ではなく、距離を離す為の一撃。現に吹き飛ばされた秋葉に、目に見えたダメージはない。
 だが、一撃は一撃だ。例え外傷がなくとも油断は出来ない。内部的なダメージと言う事も考えられる。
 吹き飛ばされた秋葉は器用に空中で体勢を立て直し、両足で上手く着地する。しかし、今までの疲労やダメージが大きすぎた為、着地と同時に膝をついてしまった。この瞬間に追撃されてしまえば、避ける事は無理だろう。


(……攻撃してこない?)


 だが、一向に追撃される事はなかった。疑問に思った秋葉が顔を上げると、レンも秋葉同様に片膝をついていた。
 二人の間に静寂が訪れる。聞こえるのは荒い息遣いと風の音……。
 両者ともに体力の限界が近いし、スペルカードを宣言する気力もない状態だ。それに長期戦を望んでいる訳でもない。
 氷影を支えにし立ち上がるものの、無理のし過ぎで膝は笑っている。正直、立ち上がれるのが不思議なくらいだ。
 大きく深呼吸し、氷影の柄をギュッと握り替えす。


(次で決める……!)


 秋葉が地面を蹴るのとほぼ同時に、レンも走り始めた。距離が縮まるや否や、構えた得物を相手めがけて振り切る――だが、激しい金属音が辺りに響き渡った。
 交差する二本の刃。方や雷を纏う刀、方や魔力の粒子で出来ている両刃剣。
 鍔迫り合いは避けたかったが、なってしまったのはしょうがない。しかし、踏ん張るだけの力が残っているものの、押し返す力は残っていなかった。徐々に押されていく秋葉。このままだといずれは力尽きてしまう。


(っ……決めたんだ……これだけは……レンだけは……!)
「――私が止めるんだって!」


「ぐっ!」


 どこから力が湧いてきたかは分からない。無我夢中だったので、そんな事を気にしている暇はなかった。ただ今は全力を尽くすまでだ。


「くそっ! 俺はレティの為に、チルノの為に……畜生ぉぉぉ!」


「んな御託は……聞き飽きたっつーのっ!」


 渾身の力を込めて氷影を振り切る。だが、またもやレンを吹き飛ばすだけだった。
 レンは抵抗出来ないまま木に背中から激突する。魔力で出来た両刃剣はその瞬間に消え、木の根本に力無く倒れる。起き上がる気配はない。


「はぁ、はぁ……勝った、の――」


 秋葉もまた、事切れたかのように後ろへ倒れた――が、その体を抱いて倒れるのを防ぐ者がいた。
 白と青をメイン色とした服。青く澄み切ったその瞳で秋葉を覗き込む。冬の妖怪……幻想郷ではその者の事を“冬の忘れ物”――“レティ・ホワイトロック”と呼ぶ。


「お疲れ様」


 意識のない秋葉をゆっくりとその場に寝せ、レティはレンのもとへ歩み出した。
 誰かが近付いてくる足音に気付いたレンは、激痛の走る体を起こし、木にもたれ掛かった。


「…………」


「…………」


 両者の間に会話はなく、ただ睨み合うような状況が続いた。今にもレティがレンに掴み掛かりそうな雰囲気だ。


「俺は間違った事をしたとは思ってねぇ」


「そう」


「ふん……殴りたきゃ殴れよ」


「っ!」


 レティが右腕を掲げると同時に、レンも目を瞑り覚悟を決めた。だが、一向に殴られる事はなかった。不思議に思ったレンが目を開くと、レンとレティの間に一人の少女が立っていた。
 レンを幼くしたような容姿をしており、両腕を広げてレンを庇う体勢を取る。


「リィル……お前」


 ガタガタと震える小さな体。今にも泣きそうな表情をしているが、食い入るようにレティを睨み付けるリィル。
 レティは掲げていた右腕を下ろし、代わりにリィルの頭に優しく乗せた。ビクッとリィルの体が強張るが、頭を撫でられていると知ると、戸惑いながらもあどけない笑顔を作る。


「……全く、許すのは今回だけよ。この子に免じてね」


「……すまん」


「素直でよろしい。……さてと――」





ー ー ー ー ー ー





 こうしてレンの起こした異変は、博麗の巫女が動く前に解決となった。ホッと胸をなで下ろす紫だったが、まだ他にも気になる事があるようだが、今はまだ語る時ではない。だが、いずれ近い将来語る日が来るだろう。


「……アーク・グローリア――“愚かなる吸血姫”」


 ボソッと呟いた紫の言葉は、誰にも聞かれる事はなかった。
 その日は、満月の綺麗な粉雪舞う夜だった――






〜第一部・秋葉編〜

--完--




2011/4/27/12:23

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