回顧。
忌まわしくつきまとうその記憶は
その残像は
いつまでも消えることなど無いのか。
気の休まるときなど無かった。
戦場において たとえほんの僅かな油断でも、それが命取りになる。
己の身を守ることだけに必死で、殺さなければ殺される 世界。
立ち込める人の腐臭と火薬の匂い。 微かな音にさえ反応しなければならないほど、張り詰めた空気。
次々と仲間が死んでいき、 悲しむべきなのか、それとも哀れだと嘆くべきなのか。 何と 思うべきなのか。
もう、それすらも分からない。
「…夢、か」
重い瞼を開ければ そこには見慣れた天井があった。
一筋の汗が流れ、刹那は知った。
自分が魘されていたのだと。
あの頃の--クルジスにいた頃の 夢を見ていたから。
--最近は見る事も無かったのに。
刹那はゆっくりと上半身を起こす。 震えた手が酷く情けなく感じる。
原因は何となく分かっていた。 戦場に戻ってきたからだ。
ガンダムと、エクシアと共に。
「…」
すっかり目の覚めてしまった刹那は、おもむろに上着を羽織り 部屋を後にした。
部屋の外は、少し肌寒い。
何処へ向かうでもなく 艦内をふらふらと彷徨う。
歩を進める度 ふわりと体が浮く。 この感覚にも随分慣れた。
--そう、此処は地上では無い。
もう 彼処では無いのに。
「刹那?」
名を呼ばれ 視線を上げる。 目が慣れたのか、暗闇の中でもはっきりとロックオンの姿が見えた。
「やっぱり刹那」
ロックオンがどこか満足そうに軽く笑う。
改めて辺りを確認すると、彼の部屋の前に来ていたらしい。
「…何で分かったんだ」
「んー…感、かな?」
視線を逸らし、ロックオンは宙を見つめる。
「不意に目が覚めたのも、それで刹那が其処にいるんじゃないかって思ったのも、はっきりした理由なんてないさ」
「…」
「…どうしたんだ?」
再び、優しい眼差しが向けられる。 刹那は思わず目を伏せた。
「…眠れないのか」
ややあって 刹那が小さく頷く。 ロックオンにはそれだけで十分だった。
冷え切った刹那の手を掴み、そのまま自室へと誘う。
「…な…?」
「いいから」
戸惑いながらも、刹那はその手を振り切る事が出来なかった。
「どうだ?」
「…温い」
「はは、そうか」
整然とした部屋--そのベッドの上で、天井を仰ぐロックオンと それに背を向けて横になる刹那。
一つのベッドに二人、というのはさすがに狭かった。 こんなにも近くに他人(ひと)の温もりを感じる。
「…皮肉なもんだよな」
不意に、肩越しの声が固くなった。 刹那は少し身を捩ってロックオンを窺う。 表情は見えない。
「辛い記憶とか、思いとか 忘れようとすればするほど忘れられないんだ」
--それは 刹那に対してか、それとも自分に対しての言葉なのか。
きっと、両者に対して。
刹那は そっとその手を握り締め、掛かっていた毛布をより深く被った。
癒えること無い心の傷を、誰しもが背負って生きていく。
奥底に沈む痛みを、取り払う術など誰が知っているだろう。
…それでも今は、
ただ この温かさが酷く心地良く感じた。
無料HPエムペ!