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へたれな父
「きゃー、可愛い。お人形さんみたい。って抱きつかれると思う」

「ええ? 棒読みで言われると逆に怖いけど……」

「エレナさんは可愛いものと金髪に弱いんです」

 フィアナとマリウスの話では、フィアナの母は可愛いものと金髪に弱いらしい。お人形さんみたい、と言われたことがない訳ではないが、悶絶するほどの可愛さはないとアリアは思う。
 それよりもフィアナの棒読みの方が怖い。それほどまでに母が怖いのだろうか。まったくもって想像出来ない。フィアナがここまで怖がるとは相当なのだろう。

「でも、そんなに可愛く無いと思うけど」

「十分可愛いから大丈夫! だから、もしもの時はよろしく! アリア!」

 立ち上がったフィアナは一気に元気を取り戻すと、アリアの両肩を掴む。彼女の紫水晶を思わせる瞳は、剣呑な光を宿していた。
 もしもの時とはどういうことだろう。思わず顔がひきつる。マリウスは隣で苦笑しており、どうやら助けてくれる気はないらしい。正確には助ける気がない、と言うよりは助けられない、のかもしれないが。あまりの彼女の形相に。

「も、もしもの時?」

「そ、母さんが笑顔で迫ってきた時」

「え、笑顔で?」

「そう、笑顔で」

 後ろに下がろうとしても、フィアナが怖すぎて出来そうもない。彼女の母は怒る時こそ笑っているのだろうか。
 何だか会う前からエレナについてとんでもない事を聞かされた気がする。

「でも、フィアのお父さんは? 頭が上がらないって言ってたけど、クルスラー家の当主なんだよね?」

 先程、マリウスはフィアナの父――シオンも妻には頭が上がらないと言っていたが、助けを求めるのならそちらだろう。アリアよりずっと頼りになるはず。
 どんな人物かはあまり聞いたことはないが、フィアナが学園に通うことを反対したくらいだ。厳格な父なのだろうか。

「シオンさんもフィアくらいのお子さんがいるようには見えないですし、とても若々しくてお強いんですが……」

「普段は頼りになるんだけど、それは兎も角、母さんの前でだけへたれるから、駄目なの」

「そ、そうなんだ……」

 若々しくて、とてもフィアナくらいの歳の娘がいるようには見えない。クルスラー家の当主だけあって強く、そして頼りになる……のだが、所謂尻にしかれている状態なのだろう。
 会ってみたくはなったが、それと同じくらい会う事が怖い。会いたいような会いたくないような、複雑な気持ちである。



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