恐怖の母
「そんなこと言っちゃって。頭のいい人は違うよねえ」
「拗ねないの。フィアだってやれば出来るんだから、最初の頃の勢いはどうしたの?」
「入学式の時は凄くやる気だったのにね」
ぶーぶー、と唇を尖らせるフィアナに対し、マリウスは困ったように笑っている。勉強が苦手なのは、アリアが会った時からだが、最初はまだやる気があったのだ。ただ、理論となると途端に頭に入らなくなるらしい。
マリウスが根気よく教えても右から左へ抜けるとか。アリアが教えても同じである。今はどうにかついて行けてはいるものの、流石に毎回彼女の面倒を見ることは出来ないのだから大変だ。
「あの時はこんなに難しいって思わなかったし。うう……実技ならまだどうにか出来るのに」
「実技だけでも駄目だからね」
フィアナは魔力こそ平均よりやや下ではあるが、応用力という点では他の生徒達を上回る。その辺りは流石、武芸の名門――クルスラー家の出身だろう。
どこでどの魔術を使えば効率がいいか、フィアナは即座に判断できる。それは紛れも無いセンスだ。戦う、と言う一点においてはフィアナに勝る生徒など殆どいないはず。
しかし、実技だけ良くても駄目なのだ。実技は文句ない成績だが、如何せん筆記が問題だった。夏休みにも補習を受けるくらいである。
「母さんに怒られる……」
「フィアのお母さんって……怖いの?」
「物腰は凄く柔らかで、穏やかな人なんですが、怒ると怖いんです。シオンさん、フィアのお父さんもエレナさんには頭が上がらないんですよ」
フィアナは呻きながら、ばしばしと机を叩いている。あの彼女がこんなに嫌そうな顔をしているのだ。そんなに母が怖いのだろうか。
アリアが恐る恐る尋ねると、フィアナに代わってマリウスが教えてくれた。
エレナ・クルスラー。一見すると、柔らかな物腰でおっとりした美人らしいのだが、怒ると怖いとか。クルスラー家の当主でさえ頭が上がらないと言うのは相当だろう。
「笑顔が怖い。笑顔が。助けて、アリア〜」
「助けたいけど、太刀打ち出来ないと思うよ」
「いえ。エレナさんはきっとアリアさんを気に入ると思いますよ」
立ち上がったフィアナに抱きつかれるが、残念ながら、そんな最強母に敵うとは思えない。
苦笑しながら言うと、マリウスが真剣な表情で首を横に振った。見ればフィアナもうんうんと頷いている。
「えっと、それはどういう……」
「母さんは、金髪の可愛い子に弱いから」
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