祈る神はない
『その問いに答えられる存在(もの)などいない。分かっているだろう、アウローラ』
『……分かっているわ。ただ、言いたくなっただけよ。私たちは所詮、傍観者。どんな偉大な名を与えられたとしても、無力な幼子と同じ』
唸るように、どこか悲しげにアイオーンは言う。それはアウローラを宥めるようであり、だからこそ彼女も嘆息した。彼を責めた訳ではない。ただ、この苛立ちをどこかにぶつけたかっただけ。
アイオーンとアウローラ。混沌の支配者と秩序の調停者。どんな大層な名を与えられていたとしても、運命の前では自分たちも無力な幼子と同じ。
何も出来ない。ただ見ていることだけ。それがそれほど辛いか、言葉ではとても言い表すことが出来ない。
アウローラの唇から吐息が漏れる。言葉を交わしたところで意味は無い。分かっていも、自らの気持ちを言葉に出さずにはいられなかった。自嘲めいた笑みが零れた。
『運命。なんて陳腐で甘美なもの。その言葉に全てが覆い隠されてしまう。恐れるな、目を逸らすな。そう言うのは簡単ね。私たちは母なる混沌の海より生まれた。我らが王の対として。祈りが、願いが届くなら、どんなに良いか』
運命。その一言で全てが片付いてしまう。運命はいつだって彼女らにとって残酷で救いがない。アウローラが恐れているのは運命ではないのだ。
混沌と秩序。相容れないものでありながら、決して切り離せないもの。
『誰に祈るというのだ。我らに祈る神はいない。我らに出来ることと言えば、見届けることだけ。……否、本当は今度こそ我は失いたくない』
『確かに私たちに祈る神なんていない。だって……。本当はいつだって失いたくなかった。彼も彼女も。もう見たくはないのよ。あんな光景は』
そう、祈る神などいない。自分たちこそが神に等しき存在だから。いつだって願うのは彼女らの幸せ。本当は失いたくなかったのだ。何度同じ結末を目にして、何度身を引き裂かれるような痛みに襲われたことだろう。
今度こそ守ると決めた。自分という存在が消え失せようとも。それはアイオーンも同じだろう。
『今此処に誓おう。王とは非なる我が半身よ。二度と繰り返しはしないと』
『先に言われてしまったわね。貴方の想いは私の想いでもある。運命なんて言葉では終わらせない。諦めてしまえば、そこで終わりなのだから』
アウローラの手を取って厳かに夜色の青年は誓う。女王のように堂々とした佇まいの彼女は柔らかく笑い、歌うように告げる。
運命なんて言葉では終わらせない。例えこの身が滅びようとも。
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